第20話 俺の守護精霊がこんなに可愛いわけが……


『ほれ。喉の渇きを癒すと良いよ』


 目の前に差し出された、水の入った木のコップを受け取った。

 こくこくと喉をならして冷たい水を飲みながら、水が凍ったりはしないのか、とちょっと疑問に思う。

 炎王が触ると消し炭になるなら、氷王が触ると凍りつく……なんて思ったのは安易な考えだったかな。


『ふふっ、そこなわっぱが未熟なだけよの。我ほどの年月としつきを経た者であるならば、箱庭に与える影響くらい制御出来て当然』


 おっと、顔に出てたかな。

 考えが読まれたぞ。


『黙れジジィ』


「……炎王ってもしかして見た目より若いの?」


『…………』


『くくくっ。我が君の御下問ぞ、答えぃわっぱ


 俺の背中に張り付いていた炎王が、手の中のコップを奪っていく。

 クスクスと笑う氷王に向かってそれを投げつけ『制御くらい出来るわ!』と吐き捨てた。


 氷王はふいっと頭を傾けてコップを避ける。

 木のコップは壁にあたって床をころころと転がった。


 おお。確かに消し炭にはなっていないな。

 だったら椅子も運べたんじゃね?と思った直後、バチンと何かが弾ける音がして、床に転がったコップが炎に包まれた。


「………!!」


 じ、時間差ーーー!!

 ちょっ、不味い不味い、火事になっちゃうぅぅ!!?


『ほぅら、この体たらく……ほんに未熟よの』


 氷王が優雅に指を振ると、炎に包まれていたコップは氷に覆われて固まった。

 ああ……炭だね……。


『……ふん』


 後ろから抱えるように抱き付いてくる炎王は、拗ねたように俺の肩に顔を押し付ける。

 もしかして、コップが燃えてショックだった、とか?


 ぐるぐる巻きの毛布からは出られたけど、炎王の膝の上で拘束されてるから、身動き取れないことに変わりねぇーです。


「えーと、炎王」


『……』


「あのさ……ちょっと力が強くて、苦しい、かなー……なんて」


 言外に離してくれませんかね?という意味を込めてみたが、伝わらなかった。

 ちょっぴり腕の力は弱まったけど、着ている服をがっしりと握りしめられているので、やっぱり逃げられそうにありません。


「服が燃えたりして……」


 ぽつりと呟いたら、服を握る力が更に強くなった。なぜに?


『はははは。着ている服を燃やされたら困るよのぅ』


『っ……!』


 ああ……炎王が遊ばれてる。

 そしてついに、炎王は俺にくっついたまま微動だにしなくなりました。


『拗ねたかぇ?』


 うん、氷王は苛めっ子だな!

 そして炎王ぇ、マジで原作のクールキャラ設定、どこに捨ててきたんだよ、拾ってこい。

 俺が知ってる炎の王は、カッコいいキャラだったぞ。俺の守護精霊がこんなに可愛いわけがない。


「と、取り敢えず……こんな格好で申し訳ありません、アルバートさん。怪我とか、してませんか?」


 水でざばんと流してしまったので、一応確認しておく。

 ふわふわ浮かぶ氷王は『ぬかりないぞ』ところころ笑っています。


「王子、その、背にくっついている者は……」


「えっと……心配しなくても大丈夫です。彼は僕の守護精霊です。理由もなく人を傷つけたりしませんから」


 俺に何かした場合は、消し炭コースだけどな。


「精霊……。では、先程の水も、その方のお力ですか?」


「あ!いいえ。それは、こっちにいる……氷王の」


『ミソラ』


「えー、ミソラの能力です」


 俺が指差す先をアルバートさんの視線が追うが、ミソラがいる場所と若干ずれている。

 どうやら見えていないようだね。


 因みに、兵士さんたちの反応からすると、炎王の姿は皆にも見えているらしく、氷王の姿は殆ど見えていない。

 なにか違いがあるのかな。


『ふむ……これでどうかの?』


 炎王が頭がくっついてるのとは逆側の肩にミソラの手が触れた。

 ざわりっと兵士さんたちがどよめいた。

 あれ?もしかしてミソラの姿が見えてんの?


 そして……なんか、武器とか構えて向けられてるんだけど……これってもしかして深刻な事態、なんでしょうか?

 うん。だよね。

 窓壊れて、ドア壊れて、部屋の中が水浸しで、兵士さんたちをざばーんと流して……おおうっ。もしかして、反逆の意があり、なんて捉え方をされたりとか?

 やべ……。


『ふふ、このようにか弱きひなに武器を向けるかぇ?我が君に仇なす者は守護精霊なる我、ミソラが相手をしようかの』


『……主の守護精霊は俺だ。気安く触るなっ』


 俺の肩に触れていたミソラの手を、炎王が払い除けた。

 ミソラはひらひらとその手を振って、うっすらと唇を開いて笑った。


『ふふふ、聞き分けのないわっぱもついでに、どこぞへと流してしまおうか。そうすれば、我が君と二人きりよの』


『それよりも先に消し炭にしてやる』


『は、は、はっ!水の支配者である我をか?片手で数えるほどの年月しか知らぬ幼子おさなごには、どちらが格が上であるか理解できぬようだ。もはや憐れではなくいのぉ』


 俺の守護精霊共、こんな状況なのに言い争いとか始めないで。

 あとさ、いまさらりと衝撃の事実が発覚した気がするんだけど……いや、確かめるのは後にしよう。


「ふ、二人とも、落ち着いて!炎王はミソラに喧嘩を売らない。ミソラも炎王をからかわないで。人様に迷惑をかけるなら、二人とも追い出して守護も拒否るからね!」


『『それは困る(のぅ)』』


 困るんかい!

 何でそこだけ息がぴったりなんだよ。


 炎王はまだ俺を膝の上で抱っこしたままだし、ミソラも浮遊するのを止めて俺の隣にぴったりくっついている。

 うーむ……暑苦しくは無いが、ちょっとだけ鬱陶しい……離してくれない……ですよねー。


 仕方ない……それよりも目の前の問題を片付けようか。


「あの……」


 俺が言葉を発すると、兵士さんたちは目に見えてびくついた。

 アルバートさんの目が険しい……うぅっ、逆心なんて1ミクロンも抱いて無いんですよぉぉおおおぉ!!!!


「僕は……どうしたら良いですか、アルバートさん」


 もしかして此処で俺はジ・エンドなのか?


 恐る恐る見上げた先で、アルバートさんは眉間に皺を刻み、ふぅと息を吐き出した。




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