〇五四 火 箭

 すぐさま、ねこ妖魅ふたりと、岳臣たけおみ君に声をかける。


「聞いての通りよ、三人共、できる限りここを離れて!」


「はい! 涼子さま、火車様、お気をつけて!!」


「ほら、岳臣。足手まといはこっちに来なさい!!」


「…………」


 三人が退避したのを確認してから、牛鬼が私に顔を向けた。


「闘う前に問おう、夜叉姫。名は何と言う?」


「……? そういえばあなたには名乗ってなかったわね。涼子、三滝涼子よ」


「そうか、やはりな。

 少し前、濡れ女の試練を受けずに、我を直接顕現させて逢いに来た男がいたな……。

 『近いうちに、娘の涼子が逢いに来るだろうから、その時はよろしく頼む』とな」


「……な……!?」


「聞くに、手心を加えてほしいという話ではなかった。むしろ全力でぶつかってほしい、ということだった。なかなかつかみどころがない、変わった男よな。

 酒、それも大吟醸の一斗樽いっとだるとおも我に寄越したわ。

 まあいい、尋常に死合しあえ。手は抜かぬぞ、夜叉姫、それに火車」


「…………」


 私はゆっくり息を吐く。なんでお父さんが牛鬼に直接話を? 妖魅を調べるだけじゃなくて、顕現させて話もできるなんて……。

 それに普段はメールとか送っても、既読確認だけで返信なんてしてこないのに。

 そうは思っても、今はもう戦闘開始だ。気を引き締めないと。


 改めて妖具化ぐるかした火車、火葬弓かそうきゅうを握り直す。

 弓の持ち手の下部分、直径10cm程の木製の車輪が回りだした。

 黒塗りの車輪からほのおが噴き出す。

 弓の両端、末弭うらはず本弭もとはずにひとりでに深紅の弦が張られる。

 火葬弓をつがえると、車輪から弦に焔が移った。焔は形を変えて細く鋭く伸びる。焔そのものが矢になるんだ。


「はっ!!」


 気合いを込めて火の矢を放った。


   ヒュン ヒュヒュン!


 放たれた火の矢は、飛ぶ間分裂した。牛鬼の胴体や小山のような腹部に、何本も矢が刺さる。


 ザン ザシュッ ドスッ!


「やった!!」


 猫又が歓声を上げた。矢が刺さった部分の毛がめらめら燃え出す。


 だけど、牛鬼はそもそも矢が放たれた時から、微動だにしていない。矢が刺さっても動じた様子がなかった。


 ぶ ふぅぅぅぅっ!


 鼻を鳴らして、軽く身震いしただけで焔の矢はき消えた。悠然とこちらを見下ろす。


「こんなものではあるまい、火車? まさか、手を抜いているわけではあるまいな」


『……まさか、久しぶりに火を放つのだ。肩慣らしというか小手調べだ。

 これからが本番じゃ。涼子、これは私だけでなく、お前の鬼力もだいぶ使うがいいな?

 ……『ああ、時間を稼ぐのはいいが―――

 別に、アレを倒してしまってもかまわんのだろう?』』


「時間稼ぎ? 何のこと? もちろん滅ぼしちゃダメだけど、倒すのを躊躇ためらったりしないわよ!」


 そう返すと、妖具化ぐるかした火車はへんな風に黙る。


「…………涼子は、六花りっかと違ってこういう時の返しがな……。

 まあいい、これからが本番だ!」


 私は無言でうなずく。何か秘策というか奥の手があるみたい。


『では行くぞ!!

 妖魅顕現・・・・! 叢原火そうげんび! 釣瓶火つるべび! 不知火しらぬい! 松明丸たいまつまる!』


 火葬弓からこえが響くと、暗がりから突如焔の塊が三体顕れた。うち一体は蒼いアメーバみたいに不定形にうごめく焔だ。赤い焔の中には、ヒトに近い顔が見え隠れして揺らめいている。

 それに、松の木と皮でできた、燃え盛る烏天狗からすてんぐが現われた。


『我が眷属の一部、火の妖魅をんだ! これらを妖具化ぐるかしてつがえるがよいぞ』


「火の妖魅を矢に!? でもそんなことしたら――――!!」


『心配いらん! 矢として撃ったらしばらく此岸こちらには来れんが、数分したらまだ喚べる!

 言うなれば待機時間リロードタイムだ!!』


「………………わかった」


 火車の言うまま、浄眼の光で火の眷属たちを照らす。瞬時に火葬弓に集まり、長く鋭く伸びた。

 さっきより、太く長い焔で牛鬼に狙いを定める。


「――――むぅっ!」


 妖魅でできた火矢と黒い弓を前に、さしもの牛鬼も警戒しだした。その巨体に似合わない俊敏な動きで距離を置く。


 ザッ ズザザザザザザザ!


 蜘蛛のような八本肢、それに大きな腹部を芋虫のように蠕動ぜんどうさせて、波打ち際まで距離を取った。


「『弓術きゅうじゅつ、『送り火』!!』」


 私と火車が異口同音に叫ぶ。叢原火そうげんび釣瓶火つるべびの矢がそれぞれ放物線を描いて撃ち込まれる。


 ビュッ!!  ゴォオオッ!!


「――――ヴォォォォオオオオオオオーーーーン!!!」


 巨大な妖魅が、大型ダンプがドリフトするように海の中を移動する。波飛沫なみしぶきが高く上がった。

 いったんはかわされた妖具化ぐるかの矢は、弧を描いて軌道を変えた。牛鬼を追って海上を飛ぶ。


 ギュン! ギュァァァァァァン!!


 当たる! そう確信した時牛鬼は反撃に転じた。

 八本の足で牛の胴体、胸部分を持ち上げて、焔の妖魅の矢を二本、身体で圧し潰した。


 ドジュゥゥゥゥゥウウウウ!!!


 辺りに肉を焼くような、焦げ臭い匂いが広がる。

 だがその隙を逃さず、もう二本の矢を撃ち込む。松明丸が妖具化ぐるかした矢は牛鬼の頭上ではじけた。


   バァアアアアン!!!


「グゥォォォォオオオオッ!!!」


 松明丸の矢が中空で弾けた。大量の熾火おきびが牛鬼に降り注ぐ。巨躯の妖魅の背中は、山火事のように燃え出した。

 さしもの牛鬼も、火を嫌って海に逃げ込んだ。だけど、妖魅が妖具化ぐるかした焔は海水だけでは容易に消せない。


「オオオオオオオーーーーッッッッ!!! ぬ、濡れ女!!!」


「おう!!」


 下半身が蛇の女妖魅が海から現れた。

 腕を横にぐと、そこから大波が発生する。妖魅の焔は妖魅の放つ波で消されてしまった。牛鬼は荒い息を吐いた。


「……どうした? それだけか!!!」


『……無論、違う。……』


「……なんだと?」


 ごうっ!!!


「きゃあああああっ!!」「うぉぉおおおおおっ!!」


 いぶかる牛鬼と濡れ女に、アメーバのように不規則に形が変わる蒼白い焔が浴びせられる。

 二体とも海に沈んだけど、蒼い焔は海に潜っても消えずに、妖魅達を責めさいなんだ。


「ごあああっ! こ、これは『不知火しらぬい』!?

 何故だ!! こんな、我が歯牙にもかけないような妖魅に、なぜ我らが追いつめられる!!?」


『勿論、ただ顕現しただけでは、貴様は痛痒つうようすら感じまい。

 だが、その『不知火』は私がんで、夜叉姫涼子が妖具化ぐるかしたもの。鬼力の込め方が並と違う。

 さあ、おとなしく夜叉姫の軍門に下れ。そうすれば不知火の戒めから解放してやろう』


「ふん、そんな申し出、誰が乗るか!!」


 牛鬼は海中で大きくえた。海水が沸き立つような咆哮ほうこうは不知火をき消そうと四方に響き渡る。


 ――――バァ……ン!


 やがて、不知火は強制的に霧散された。牛鬼は再び波打ち際まで上がって来る。


「よかろう、ならば我の攻撃を喰らうがよい。『鬼術きじゅつ巌礫いわおつぶて』!!!」


 牛鬼が文言を唱えた瞬間、大地が律動するのが解った。足元がビリビリと震える。


「我を喚ぶには致し方がないのだろうが……戦いの場をここに選んだのは貴様らの手落ち、いや敗因になるやも知れぬな!!」


 ひょいっと。牛鬼からすれば路傍ろぼうの石をこつんと蹴る程度のことなんだろう。

 けど――――


 ゴッ!!


 軽自動車ほどもある岩が宙に舞った。そのまま私めがけて落ちてくる。


 ゴガン!!!


 大きな音を立てて、岩がぶつかり落ちてきた。岩同士が砕けて辺りに飛び散る。


「ぐっ!!」


 たかが割れた小石が、肩をかすめただけで相当の痛みだ。

 続けて、牛鬼は尖ったひづめで岩を弾いていく。と、お手玉かおはじきくらいの軽さのように中空に上がり、私めがけて降り注いでくる。

 もちろん、直撃すれば即死どころか、私の身体は原型すら留めないだろう。私は攻撃の契機きっかけつかめずただ逃げるばかりだ。


「どうした? 先ほどのように一撃喰らわせて見せよ!!」


 牛鬼の挑発に私は応じることもできない。せめて六花りっかがいて、足止めしてくれれば。

 そう思って頭を振る。再戦は無理、一回で鎮めて契約しないと。砕けて足場が悪くなった岩場を逃げつつ、どう反撃しようか考える。

 と、岩が猫又と五徳猫の頭上に来た。


「あっ!」「きゃあっ!」


 弓を両手で構えて二人に駆け寄る。


「斬術、『火取り虫』!!!」


 黒い弓の端が赤黒い焔を噴き出すと、落ちてくる岩はスローモーションになった。

 私に向けて軌道を変える。そこを紅く燃え上がる弓の上端で岩を両断にした。


 ズシャァァァァァァッ!!


「二人とも、大丈夫!?」二人ともその場にへたり込んだ。


「は、はい、なんとか……」


「涼子さま、あ、ありがとうございます」


『牛鬼!! 貴様、己に刃を向けぬ者まで、手にかけようというのか!!』


 火車の問いかけに、牛鬼は攻撃の手をいったん緩める。

 と、後ろから叫び声がした。


「あっ! なにやってるんですか!?」


「あのバカ、なに勝手に出てるの!!」


 砕けた岩場に躍り出る人影。そこには栄養ドリンクを飲み干しながら、駆け出す岳臣君の姿があった。

 私が叫ぶ間もなく、牛鬼の腹部の毛を摑んで駆けあがった。

 牛鬼は思わず自分の腹部を振り向く。腹部の頂上に上った岳臣君は、何を思ったか素手、拳で牛鬼の腹部の頂上部分を何度も殴りつけだした。

 食取じきとりやバイローンの効果で、強化されてはいるんだろうけど、それでも牛鬼相手ではなんの効果もないみたい。

 牛鬼は岩を弾くのをやめて、私に向かって言い放つ。


「五百年前は、どこの馬の骨とも知らん男を連れてきて、茶番を見せられた。それに比べればまだましだが。

 よもや、この小僧を使い捨てるわけではあるまいな?」


「そんなことするわけないじゃない!! 岳臣君は……(いちおう)ともだ、ち……? なんだから!!」




『………………』

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