〇五二 剛 妖
「どうした? もう終わりか!?」
「冗談でしょ、これからよ!」
濡れ女の攻撃に、私たちは劣勢を強いられていた。
向こうは海の妖魅、海水を自在に操る。
濡れ女が海に手をかざすと。海水が
蛇体の妖魅が指揮者のように両腕を振ると、海水の弾が無数にできた。
「な……!」
「おおおっ!!」
気合いと共に、それを砲弾みたいに打ち込んできた。滝の属性を持つ
バシュッ ビシッ! ズシャン!
向こうの砲撃の弾数は無尽蔵。対しての私は、
「……ぐっ……!」
全身に力を込めて、刻一刻と重くなっている濡れ赤子を抱えているけど、それもいつまでもつか。
「どうした? 早く助けんとお前の男、潰されるぞ!」
言われなくてもそうするわよ(別に、私の男じゃないけど)!!
「はっ!!」
濡れ女の水弾攻撃が一瞬緩んだその刹那、私はクイックターンの要領で濡れ女に背を向けた。一気に駆ける。
「なっ! なんのつもりだ!?」
「岳臣君! 目 つむってて!!」
岳臣君が目を閉じると同時に、瀑布刀を振りかぶり唐竹割りを見舞う。
――――ザンッ!
「…………! あ、あれ? 斬れてない」
「おのれ、よくも濡れ赤子の
青白い赤ん坊は何事もなかったように、堤防を
当たり前だけど、岳臣君も濡れ赤子も斬るつもりはない(少年院に入りたくないし)。
濡れ赤子の特殊能力、重力場を発生させる粘液だけを切り裂いた。時間はかかったけど、岳臣君をなんとか開放できた。
「さ、仕切り直しね」
『涼子、奴とは
夜叉の浄眼を通じて、
「……わかったわ。でもくれぐれも無茶はしないでね」
私は瀑布刀の
代わりに蒼い宝珠から、虎の妖魅
首筋に
私たちから離れるため岩の多い浜に移った。濡れ女に対して低く
グルルルルル……!
「正気か、新参者! その小娘の力を借りず己のみの力で戦うだと?
「新参者、ではない。夜叉姫が随一の眷属、御滝水虎だ」
「それに、小娘じゃなく三滝涼子よ! いいわ御滝水虎、やってみて!」
「
ではいくぞ濡れ女! 妖魅、
虎の妖魅は前傾姿勢を取った。
『ガァァァァァァッ!!』
ダッ!!
が、太い尾の先が頭上から叩きつけられる。水虎は跳躍して
「はっ!!」
濡れ女が両手を水虎に向けた。着地点に海水を固めた水弾が、無数に撃ち込まれる。
「
ガガガガガガッ!!
そのうちのいくつかが頭や胴体に直撃する。
「ぐ……!」
御滝水虎が受けた衝撃は、夜叉の浄眼を通じて私にも伝わってきた。形のない鈍器で殴られたような痛みが走る。思わず後ずさった。
「涼子さん!」
「うん、大丈夫よ。御滝水虎も私も!」
岳臣君に、辛いのを悟られたくないから虚勢を張ったけど、ほんとはけっこう痛い。普段なら泣きそうなくらいだ。
濡れ女が
おまけに塩水だからか、御滝水虎の身体には
「案ずるな、涼子。奴の尾の動きはともかく、
濡れ女、戦いはこれからだ!」
「………………………………!」
ザァァァァァァァァ ザァァァァァァァァ ザァァァァァァァァ
二体の妖魅はしばらく沈黙していた。一方の御滝水虎は、いつでも動けるように前傾姿勢を取りながら低く喉を鳴らして。
もう一方の濡れ女は歯噛みしながら。
「
濡れ女は両手を海に向けてかざした。数十発の水弾が練り上げられる。両手を上に掲げると水弾は10mも高くに上がった。
「これを受けても同じことをほざけるか!!」
叫びながら水弾が水虎めがけて撃ち出された。清澄な水を司る虎は、さっきまでとは打って変わって俊敏に水の塊を回避していく。
バシャァッ!! ズシャン! ビシャァァッ!!
「――――! おのれ、なぜ
御滝水虎は濡れ女の顔めがけて飛びかかった。下半身が大蛇の妖魅は上体を横にそらして
「くっ!」
初めて濡れ女の声色に警戒の色が混じる。その一瞬の隙を逃さなかった。
「ウオオオオオオオッ!!!」
全身を前にスピンさせ御滝水虎が高速で回転した。
ドシッ!
鈍い音が海岸に響く。人間でいえば太腿部分に、御滝水虎の首筋から生えている岩杭が
すたっ
水虎は無事着地し、濡れ女の身体はゆっくりと岩の一つに落ちた。
ずさあっ
「勝負、あったな」
「……何故、だ? 何故我が『
「波、だ」
「……?」
「一見、不規則に広範囲に撃ち込むように見える貴様の水弾だが、法則があった。
波が浜に寄せるその時、威力が大きく跳ね上がる。ならばその時に合わせて撃ち込んで来るのは
波が寄せた瞬間にその場を離れればいい、それだけのことだ」
「……ふん、いいだろう。貴様らが望む妖魅は分かっている。この場に
濡れ女はそう言うと、蛇が鎌首を
シャァァァァァァァァァァ――――――!
上半身を左右にくねらせて、濡れ女は堤防に上がってきた。その場に寝転んでいた濡れ赤子を抱き抱える。
「―――――――っ!!」
つんざくような、声にならない悲鳴が夜の
これまでの圧迫感とは比べものにならない、ねっとりと重い空気が辺りに立ち込めた。
「涼子さん」
岳臣君は、今しがた濡れ赤子に潰されそうな時より脂汗をかいている。
普段妖魅を感知する能力が低い彼でも、このプレッシャーを肌で感じているみたい。
――――ォォ…………
ォォォォオオオオーーーーーー
ヴォオオオオーーーーーー!!!
遠くの海面が不自然に盛り上がり、牛が吠えるような声がどこからか響く。厚く立ち込めた黒い雲まで震えているようだ。
――――バシャァァァァアアアアッッッ!!!
水中で、魚雷が爆発したように水柱が吹き上がった。そこから現れたのは――――
「あれが……本物の――――!!」
辺りには
「ヴォォォォオオオオオオオーーーー!!!」
「……でかい、なんて大きさだ……!」
岳臣君が率直な感想を述べる。それについては私も同感だ。
端的に表現すれば巨大な牛と、蜘蛛の要素を掛け合わせた妖魅、なんだろうけど――――
頭は牛に酷似してるけど、目元や筋が寄った鼻、それに
胴体も雄牛のようだけど、足は肩からじゃなく、胴体の下、胸骨の辺りから、合計8本も太くて長いのが蜘蛛みたいに生えている。
足先は平たい
その威容が生物じゃないってはっきり解るのが、その下半身? だ。
正面から見ると、ごつごつした小山に黒い毛が生えているようだった。上には渦巻きにも似た白い筋が幾条も走っている。
――――ごふぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
その巨大さは圧巻の一言だった。
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