〇三七 朋 友

「ふゎ……ぁーーーーあ」


「とうっ! ずびしっ!」


 あくびしてる最中に、後頭部にそこそこの衝撃を受けた僕は後ろを振り返る。そこには同級生兼悪友の岡崎がいた。

 なんだよ、と問う間もなく、岡崎はさらに僕の頭に何度もチョップをくれる。


     ぺしっ ぺしっ ぺしん


 岳 とぅぁーけぇー 臣 ぅぉーみぃーー、うまいことやりやがってーー!」


「なんの事だよ?」


「とぼけんな、こないだ三滝涼子を紹介してやった恩を忘れおって」


「紹介って、本人にじゃなくって、いつだか聞いてもないのに聞こえよがしにプロフィール言っただけだろ。

 それに図書室ででかい声出すなよ、怒られるぞ」


 ぬえとの契約が終わって、涼子さんの家に火車さんが来てから数日が過ぎた。

 授業が終わった放課後、六花りっかさんの『宿題』を手伝うため、学校の図書室で調べものをしている。

 図書カードを見せれば、司書の先生に学校の備品のノートパソコンを使う許可はもらえる。

 それに飲食は原則不可だけど、司書の先生の手伝いをこまめにするから、僕は大目に見てもらっている。

 それを年中手持ち無沙汰ぶさたの岡崎が手伝う、というか駄弁だべりついでに僕に絡んでいる。僕もたいがいそうだけど暇なやつだ。


「いいんだよ、俺らの他に誰もいないし。

 そんなことより、話を逸らすな。三滝涼子に飽き足らず、他の女子とも仲良くしやがって」


「女子? ああ、根子間ねこまなえさんと五徳ごとくまいさんか。あのひとたちは涼子さんの親戚ってだけだし」


「それだったら、なんでお前があの子らと同じおかずの弁当食ってるんだよ」


 内心ひやりとする。どうして? と聞く前に岡崎はスマホを僕に見せた。


「これが、お前が昼に食ってた弁当」


 そういや、昼に撮影してたな。おかずっていうか全体的に魚が多かったけど、ボリュームもあっておいしかった。


「そしてこれが、根子間さんが朝アップしたtwitterの画像だ。これを見て言い逃れできると思うなよ!」


 そこには根子間さんこと猫又さんが投稿した、学校に持っていくお弁当が四人分映っている。おかずが全く一緒だ(僕の分のは、かろうじて弁当箱が認識できるくらいしか映ってなかった)。

 岡崎は、今朝猫又さんが僕にお弁当を渡すところも撮影している。

 お前、僕に訴えられたら負けるぞ、岡崎。


 確かに昨日

 【涼子さまの分のついでにお弁当作ってあげるから、明日のお昼は持って来なくていい】

 という絵文字も何もないメールをもらって、校門のわきで鳩尾みぞおちに正拳突きくらうように渡されたけど、こんなにあっさりバレるとは思ってなかった。

 というかtwitterにアップするとか、現代社会に溶け込みすぎだろ、猫又さん。

 どう言い訳しようか考えてると、岡崎はさらに続ける。


「そんだけじゃない、あろうことか美女の外人と腕なんか組みやがって」


 岡崎はさらにスマホを僕に見せてきた。そこには――――。

 黒いレザーコートを着た美女、六花さんと、うちの高校のブレザーを着た学生が映っている。

 これは誰か知らない人がtwitterで上げたやつだ。しかも1000回くらいリツイートされてる。


「んんーー? これを見て言い逃れできると思うなーー」


「これ、学生の方は顔に思いっきりモザイクかかってるけど。なんで僕ってわかるんだよ」


「俺にはわかる、このモザイク越しに伝わるオーラの無さ。これが岳臣たけおみでなくで誰だっていうんだ?」


 えらい言われようだな、僕。


「で、どうしてほしいんだよ?」


 涼子さんとか、ねこ妖魅二人のアドレス教えてくれとかそんなとこか?

 六花さんが、涼子さんたちに了承取ったうえで僕に教えてくれたけど、僕からはまだ送ったことがない。ましてや誰かに教えたら怒られるし。


「放課後、なんかおごれ。お前、最近よく食うだろ? 俺もなんか食べたい」


 思わず脱力する。女子に対して積極的になれないそのスタンス。岡崎、お前が僕とつるんでる理由、よくわかるよ。

 幸いに、というべきか最近の財布事情は潤沢だ。

 六花さんから資料代とかバイト代という名目で、高校生にとっては破格のお金をもらっている。最初は断ったけど、『私にとっては正当な労働の対価だから』と押し切られた。


「カロリーバーならあるけど」


 言いながら一箱取り出してかじる。最近空腹感が気になるんで、携帯食の類は常備してある。そんなことより調べものしないと。


「そんなもんで俺が納得すると思うか?」


「手作りの高いハンバーガーとかおごるから、リストの本探して持ってきて」


「そんな雑用を、この俺が! 喜んでやりますよーー岳臣様ーー」


 メモ用紙を渡すと書架に跳んでいった。わかりやすいこいつが友達で本当によかった。




   ***




「お前、ほんとに妖怪好きな。将来は水木しげるとか京極夏彦とかになるのかよ」


 岡崎が僕のカバンを見て言う。そこには妖怪根付の漆塗り仕様がいくつかつけてある。

 中でも鎌鼬は直径数cmの中で、妖怪と風を表現したすごいデザインだ。特に気に入ってる。

 さすがに御滝水虎おんたきすいこのはないから自作しようか、考え中。


「どうがんばっても本人にはなれないだろ、そんで行きたいハンバーガー屋ってどこ?」


「駅近くの『夜 鷹【Goatsucker】』って店。

 メインは夜やってるバーなんだ。昔のアメリカの潜り酒場スピークイージーだかなんだかをイメージしてるらしい。

 それでも午後3時過ぎから、シイラマヒマヒとかシーフード中心のハンバーガーとかホットドッグ、サンドイッチなんか出すって。

 撮影とかtwitterでアップはNGだけど美味うまいらしいぜ。

 遠目で見たんだけど、店長が渋いんだ、これが。


 あと都内なんだけど、『蓬莱軒』って中華料理屋も店長が若くて美人だし、最近腕のいい料理人が入った。

 けっこう食わせる店だから、今度連れてけ」


「考えとく」


 駅前に向かう間、男同士で世間話をする。

 ここのところ涼子さん、六花さんたちと虚神ウツロガミがらみのことばっかりだったから、こういうのがなんか懐かしい。

 なんでかわからないけど、何か月ぶりかみたいだ。


 ――――と、雑居ビルの間がなんか騒がしい。のぞき込んでみると、うちの学校の生徒の一年生の男女だ。それがガラの悪そうな男数人に絡まれている。


「ねーー、君たち高校生? いいなあ、これからデート? 楽しそーー」


「ね、ね、俺らにもその幸せおすそ分けしてくんない? 正直今月ピンチなんだわ」


「そーそー、社会奉仕。カレシの方、これから映画? それから……ホテル?」


 五人の男たちは、自分達の発言でげらげら笑う。女子の方は下を向いて泣きそうだし、男子も恐怖で顔が引きつってる。

 ああ、僕も去年似たようなシチュエーションで、カツアゲされて半泣きでお金渡したんだよな……。

 あれはほんとに屈辱だった。

 渡した連中の顔思い返すたびに、名前書いて殺せるノートがあったら今すぐにでも本名調べて書き込んでやりたくなるよ。

 腹立つ相手に対して殺意を抱くこと自体は、人間として至極真っ当(行動に移しちゃダメだけど)。


「あーー、いたいた。早く行こう」


 僕はうつむいてる二人に、できる限り明るく振る舞って声をかけた。


『おい、なにやってんだ岳臣』


 岡崎は表通りに身体を隠して声を潜める。


「いや、探したよ。みんな待ってるから行こう」


 路地の中に入って、ごくさりげなく二人を連れ出そうとする。


「おい、待て」


 当然だけど男たちに呼び止められた。

 見るからに見た目だけにお金や労力を使って、能力開発とか自己啓発の『じ』の字も知らなさそうな顔が並んでる。

 はっきり言って嫌いなタイプの連中だ。こいつらも僕みたいなタイプは嫌いだろう。

 同じ日本人同士でも、友好関係を築くどころか意思の疎通もできない。悲しいな、とか内心思う。


「なんだ? お前。いいかっこしてんじゃねーぞ!」


 顔をしかめて首を傾ける。こういうのは大昔から変わらないみたいだ。

 僕は無意識に視線を逸らす。と、男達はまたげらげら笑いだした。


「へっ、びびってんのかよ」


 これもお決まりっぽい。めんどくさいな。

 岡崎は、助けにこそ来ないけど逃げもしない。それだけでも充分嬉しいよ。


「おい、正義の味方かなんかのつもりか?」


 グループ内で4番目くらいのポジション、サングラスを鼻にかけた男が胸ぐらをつかんできた。はい、これで正当防衛成立。

 僕の胸ぐらをつかんでいる手首を握り返す。


「……ッ、痛てええええ!」


 やっとブレザーを離してくれた。よかった、しわにならなくて。


「このガキ!」


 ポジション3番目くらいのやつが殴ってきた。


     ごっ


 拳がこめかみに当たる。やっぱり痛い。


「ぐわっ!」


 殴った側が大げさに痛がる。残り三人もただならぬ感じに気づいたみたい。

 僕はタイヤを外されて放置された自転車を、片手で目線の高さまで持ち上げた。


「なるべく、痛い目を見たくも遭わせたくもないんだ。こんなふうに、ね」


両腕を胸の真ん中に寄せるように押し込む。自転車ママチャリのフレームが固まりかけの飴細工みたいに曲がった。

 鉄でできた即席のオブジェを、そいつらの前にぽいっと投げる。


             カシャン


 男たちは一瞬呆けてたけど、我に返ると我先に逃げ出した。

 うん、お互いにダメージは無いに越したことないよね。


「た、岳臣。お前いつから……」


 岡崎もそうだし、一年生の二人も信じられない顔をしている。それは僕も同じ。でも、一応大丈夫なふりしないと。


「多分尾行とかはないと思うけど、一応気をつけて帰って」


「はい、ありがとうございます!」


「失礼します!」


 二人手をつないで路地を抜ける。……少しだけうらやましいかも。


「岳臣……お前……」


 まあその反応が普通だよな。


「分かってると思うけど、内緒にしといてくれ。んじゃ、ハンバーガー屋行こうか」


「びっくりしすぎて食欲湧かねえよ」


 いや、今ので僕がおなか減ったし。六花さんと清楽きよらさん、それに涼子さんにお礼言わないとな。




 僕は訓練のため、普段からシャツの内側に着こんでいる、妖魅の特殊装備に心から感謝した。

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