第36話 ゆる姫

「たのもー!」


「あ! ルイスじゃないっすか」


「あいかわらず大繁盛しているな」


「会って早々嫌味っすか!」


「で、この前の調味料を大量に仕入れて欲しくてさ」


「でじゃないっすよ……。ちなみにどの調味料っすか?」


「あーこの味噌なんだけど」


「みそ? ああ、クサリマメっすか。随分変わったものが好きっすね」


「そうとも言えなくはないが、なんか納得いかない名称だな」


 少なくとも熟成といって欲しいものだ。


「でどれくらいっすか?」


「そうだな。大樽で五個ほど欲しいかな」


「祭りでもする気っすか」


「いや個人利用だ」


「腐るっすよ!」


「自分でクサリマメっていったじゃねーかよ」


「ま、まあそうっすけど。それでもそんな長いこと持たないと思うっすよ」


「いいから仕入れておいてくれ。あと、食べると鼻にツーンとくる緑色の調味料がないか探しておいて欲しい。見つけてくれれば一本あたり一万ギルだすぞ」


「まじっすか! ただの調味料に……。あ、でもオイラあまり時間とれないっす」


「ちょうどいい俺も時間がないんだ」


「じゃあ明日の午後までに揃えるっす。それでいいっすか?」


「ああ、問題ない」


「その時にルイスに伝えたいことがあるっす」


「なんだよ、今じゃ駄目なのか」


「まだ本決まりじゃないっすから。次来た時にはきっと決まっているっす」


「よくわからんが、まあわかった。あ、そうだ。ついでだからこれも売っておいてくれ」


「こ、これは!? ついでじゃないっすよ! むしろ調味料のほーがついでっす!」


「いやまあ、金は十分あるから、ついでなんだよ」


 長旅に備えてノンジウムをもう一つ売っておくことにしたのだ。まあ、追加で二億ギルもあれば金に困ることはそうそうないだろう。


「あ、そうそう。それとさ、使い古しの魔道具を掻き集めといてくれ。ただし、同じ種類のはいらない」


「へ? 発動後の魔道具っすか? ゴミっすよそんなもの」


「いいんだ。趣味で集めてるんだよ。一つあたり千ギル支払う」


「変わった趣味っすね。ただ同然だから勿論承るっす」


「じゃあ、また明後日の午前中に来るわ」


「まいどー!」


 王都を旅立つ、というかこの国自体を出ることは伝えなかった。次回でいいだろう。あまり何度もしんみりしたくないし。


「さて、あとは飯類だな」


 中央商店街の端には日本でいう市の中央公園のような大きな広場がある。中央には机や椅子が数多く立ち並び、その周りを仮設の飲食店舗が囲む。いわば屋台村だ。屋台といっても料理は本格的で美味しいものが多く、価格も安いこともあって毎日王都民で賑わっている。


「おう、親父。そこのアジワイドリの串焼きを全てくれ」


「へいっ! まいど!」


「お、そこの鉄板上にあるベブンズ焼きそばを全てくれ」


「ほい、二十人前で千ギルだ!」


「魔物のごった煮ねえ……」


「出汁が混ざり合ってて旨めーんだぞ! 騙されたと思って試食してみろ」


「おお! 確かに濃醇なスープだな」


「だろ! 具材も様々だから色んな食感や味わいを楽しめるぜ。こっちは甘口仕上げだから女子供でも食べれるぞ。もう一つはパンチを効かせた大人の辛口だ」


「よし、両方買った。その寸胴鍋ごと売ってくれ」


「なに!? この鍋は俺の魂の商売道具だぞ! 駄目に決まっているだろ!」


「そこをなんとか、五万ギルでどうだ?」


「もってけどろぼー! 使い捨ての容器と食器も全てサービスだ!」


 魂をそんな簡単に売り渡していいのか?


「悪いな容器まで」


「どうせ今日はこれで完売御礼よ。ひつよーないからな」


「そうか、なら有り難く」


 こんな調子で片っ端から出来立ての料理を買い占めていった。アイテムボックスに投げ込めば、あら簡単。肉やサラダ、スープなどに自動でカテゴライズされていく。肉のカテゴリの中も、鳥、豚、羊、牛、魔物類と細分化されている。


「兄貴!」


「お、レッドとアクアじゃないか。どうしたんだ?」


「色々と買い物をしていたんです。お腹が空いたのでちょうど屋台村で昼食を食べようとしていたんですよ」


「兄貴は食ったのか?」


「あ、そういえば買うばっかで食ってなかったな」


「なら一緒に食べよーぜ」


「ここのステーキ丼は絶品なんですよ!」


 ブレないなアクアは。丼を買うのはアクアたちに任せて、俺は自分と二人分の飲み物を買うことにした。


「「「頂きます!」」」


 手を合わせて食事を開始する。そういえば、いつのまにか二人も真似するようになっていたな。


「お、確かにコレ旨いな。タレもそうだが肉も脂が乗り過ぎていないからこのボリュームでも飽きずに食えそうだな」


「肉もライスも量を好きに選べるのがいいよな!」


 ちなみに俺のライスは普通盛り。肉は中盛にした。レッドは肉もライスも大盛りだ。ちなみに大盛りは本当に大盛りだ。大きめのラーメンどんぶりのような容器の半分がライスで、その上にカッティングステーキが山のように聳えていた。まあ、若いから食欲旺盛なんだろう。


 だがしかし――。


「アクア、流石にそれはやり過ぎじゃないのか?」


「ほの? なんらちゆといあらせら」


「頬張りながら喋らない」


 ライスは普通盛りだ。それこそ小さな丼一杯だ。問題は肉だ。ラーメン丼サイズが五個もあるのだ。肉、肉、肉の山脈が出来上がっていた。いったいあの小柄な体の何処にあの肉が収容されるのだろう。不思議でならない。


 見ていると食欲を無くしそうなので、俺は下を俯いて食べることにした。


(なあ、聞いたか?)


(ああ、ゆる姫がこの国を出るんだってな)


 隣のテーブルから気になるキーワドが飛び出した。


(明後日には出立するそうよ)


(城の連中は喜んでいるんじゃねーのか)


「この丼、ご飯もタレと絡んで旨いよな!」


「お兄ちゃんは黙って食べていなさい」


「お、おう……」


 あれ? 肉なのに珍しくアクアの手が止まったな。パーティ盛りじゃなくて全部自分の分だから心に余裕があるのだろうか?


(でも、汚職がまた始まっちゃうかもしれないわよ)


(それは困るけどさ。誰だって少しくらいは後ろめたいことはあるだろ)


(だよな。それだけで失明なんかしたらたまらないぞ)


(目を一定時間合わせるとアウトだってよ。しかもヒールやポーション類では回復できないないらしい。かなり性質が悪いよな)


(でも、市井の民には迷惑かけないように狐のお面被ってらっしゃったわよ)


(確かにな。でもいまいちなに考えてるか分からんよな。いつも妙にテンション高いし)


(仕方ないだろ。頭のネジが緩んでるんだから)


(ちょっと! 誰かに聞かれたらどうするのよ)


(いや、みんなゆる姫って呼んでるじゃねーか)


(馬鹿、それはゆるりとした性格ということにしてるのよ)



「ルイスさん……」


「俺らは何も聞かなかった。そうだな、アクア」


「ええ……」


「なあ、兄貴。この国には随分と頭の悪い姫さまがいるんだな」


「ゆる犬は黙ってろ!」


「なっ――」


 しかし、あのお面にはそんな意図があったのか。でも本当にそこまで考えていたのだろうか。単にお気に入りだったのではないのか。どうしても疑いたくなる。


「ルイスさん、私悪いことしてなくて良かったです」


「そ、そうだな……」


 そういえば今までずっと普通に目を合わせていたわ。なんて危険な事をしていたのだろう。


 あ、そうか。海賊たちの目を潰せばいいとレオーラがアクアに言ったのはそういうことか。永久に失明するくらいなら、いっそその場で目を潰して後で回復してやったほうがマシだという優しさだったのかもしれない。


「さて、俺はまだやる事があるからもういくぞ」


「そうですか。私たちも買い出しが終わってないので」


「そうだ! 銀の都なんだから、全身を銀で固めて旅に出よう!」


「お兄ちゃんには小遣いはあげません」


「なんでだよ! 俺の金だろ!」


「お兄ちゃんのお金の使途は私が全て決めます」


「そ、そんな……」


「お前は無駄なものしか買わねーからな。アクア頼んだぞ。明後日の朝に王都の外壁門の前でな」


「はい!」


「うう……」


 肉も食って元気一杯なアクアと項垂れるレッド。


 そんな二人と別れた俺は、この王都で遣り残した事を実行に移すことにした。

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