捌 浅葱

 はとに手紙を持たせて飛ばしてみる。もし届いたら、返事がほしい。沖田さんの体調はどうだ? こちらは会津の中心、若松に到着した。先発の隊士たちや島田さんとも合流できた。


 慶応四年四月二十九日              斎藤一

花乃殿



***



 お手紙、頂戴しました。会津にお着きとのこと、安心いたしました。


 沖田さまの具合は、もとのとおりです。立って歩くんがやっとで、昼間は熱がたこぉて、ほとんど眠って過ごさはります。せやけど、お見舞いが来はったときには、起き上がって笑ってはりますえ。


 沖田さまは、化け猫になったときのことを覚えてはりません。宇都宮の敗戦を聞いたあたりから記憶が途切れて、近藤さまが亡くならはったと聞いたことも、斎藤さまと戦わはったことも、忘れてはります。ええことやと思いますわ。


 ヤミはお庭の隅にお墓を作って埋めました。江戸もやっぱり何かと騒がしゅうて、辻斬りやら妖やらうろついてますさかい、そいつらにやられたんと違うかと、沖田さまには言うておきました。


 こちらは、今のところは、さすけねぇどす。さすけねぇいうんは、問題ないとの意味やと時尾さんに教わりました。何や語呂のええ言葉どすな。


 それはそうと、ずいぶんはよぉ会津に着かれたんどすな。時尾さんの縮地の術を使わはったんどっしゃろ? 脚の筋肉を極限まで酷使する術や。筋肉の損傷を治癒する術といっぺんに使うさかい、術者に掛かる負担が大きい。時尾さん、疲れてはりますやろ?


 無理しすぎんと、休めるときはきちんと休まはってください。いざというときに動かれへんかったら、何の意味もあらへんどっしゃろ?


 どうぞご無事で。


 慶応四年うるう四月七日              花乃

斎藤一様



***



 手紙、受け取った。沖田さんの件、よかった。記憶がないのはせめてもの救いだ。引き続き、よろしく頼む。オレたちはさすけねぇとだけ伝えてほしい。さすけねぇは、オレもたまに使うから、沖田さんも知っている言葉だ。


 時尾には負担を掛けた。若松に着いてすぐに倒れた。それまで、そんなに力を使わせていたことに気付かなかった。会津の女は気丈だが、時尾は並外れて肝が据わっている。


 新撰組は会津公に謁見して、白河の守備を任された。土方さんは怪我の具合が万全じゃないから、オレが局長代理となった。


 倒幕派は、兵の数も武器の性能も、会津をはるかに上回っている。会津には奥羽諸藩が味方しているが、それもいつ瓦解するかわからない。でも戦うしかない。


 沖田さんによろしく。


 慶応四年閏四月十五日              斎藤一

花乃殿



***



 お返事、ありがとうございます。


 ちょうど今日、珍しいおかたが沖田さまのお見舞いに来てくれはりました。斎藤さまのお姉さまとお兄さまどす。斎藤さまがくれはったお手紙、お二人にお見せしました。お姉さま、斎藤さまの字を懐かしがって泣いてはりましたえ。


 斎藤さまは、事情が事情やったとはいえ、ほんまに一度も家に連絡しぃひんかったんどすな。不孝はあきまへん。会津から戻ったら、お姉さまとお兄さまに挨拶しはってください。


 お酒が過ぎてるんと違うかと、お姉さまが心配してはりました。いくらお酒が強ぉても、量には気を付けはってください。五臓六腑が働かへんと、剣術もよぉしぃひん。胃の腑にしゅようのできやすい血筋やと聞きました。ご自分のお体、いたわったってください。


 どうぞ怪我などしはらへんように。早ぉ戦を終わらせて、沖田さまのお見舞いに来てください。沖田さまは最近、眠ってばかりどす。どんどん弱って、咳き込む力さえなくなってきてはります。


 慶応四年閏四月二十二日              花乃

斎藤一様



***



 白河を守り切れなかった。一度は敵を撃退したが、数が違いすぎる。大砲の射程の差も痛い。白河城を奪い返そうにも敵は増える一方で、撤退するしかなかった。


 姉や兄には気苦労を掛けた。謝っておいてほしい。いつか戻る。

 沖田さんによろしく。


 慶応四年五月六日              斎藤一

花乃殿



***



 お怪我してはりませんか? 時尾さんもご一緒どすか? 土方さまの傷はまだあかんのどすか? 沖田さまに何てお伝えすればええか、わからへん。斎藤さまたちは会津にいてはるって、それだけしか言えへん。


 昨日、原田さまが亡くならはりました。五日ほど前、上野で大きな戦闘がありました。原田さまは永倉さまと離れて、しょうたいの一員として、倒幕派と戦って負傷しはりました。その傷がもとで亡くならはったと、さっき知らせが届きました。


 原田さまのこと、沖田さまには言えへん。原田さまは、京都に奥方さまとお子さまがいはるのに、何で先に逝ってしもたん? 永倉さまは無事どっしゃろか? もう誰も死なんといてほしい。


 知らせを持ってきはったんは、試衛館のそばに住んではった武家のご隠居さまどした。十年くらい前の沖田さまや斎藤さまのこと、話していかはりましたえ。


 沖田さまと斎藤さまと藤堂さま、三人でよぉ悪さもしてはったんどすな。塀に登って柿の実を泥棒したり、壁に落書きをしたり、障子にのぞき穴を開けたり、落とし穴を掘ったり。ほんまに子どもやわ。


 いたずらをするたび、近藤さまに蔵に閉じ込められて、井上さまや山南さまにおむすびを差し入れしてもろぉとったそうどすな。楽しかったみたいで何よりや。ええ思い出がぎょうさんあったと聞いて、涙が出ました。


 どうぞご無事で。生きて戻ってください。


 慶応四年五月十八日              花乃

斎藤一様



***



 原田さんのこと、悲しいが、本人にきっと悔いはない。そう信じたい。


 土方さんの怪我は、そうひどくはない。ただ、山がちの地の利を活かした戦術を取る上では、少しこころもとない。会津藩士との連携も、会津の言葉がわかるオレのほうが都合がいい。だからオレが局長代理を続けている。


 時尾も従軍している。若松で待てと言ったのに、会津の女は頑固だ。話を聞かない。時尾の友で、鉄砲がうまい八重という女も一緒だ。若松の城下でも、武家の女たちが戦う覚悟を決めているらしい。


 花を同封する。押し花、というのか? 時尾から沖田さんに、見舞いの品だ。白河で、守りを固める土塁を造っていたとき、オレが見付けて摘んだ花だと思う。もとは青い花と白い花だったが、押し花にすると、色が変わるんだな。


 沖田さんによろしく。


 慶応四年五月二十六日              斎藤一

花乃殿



***



 斎藤さま、遅ぉございました。お花、沖田さまに見てもらえへんかった。


 五月三十日、沖田さまは亡くならはりました。眠ったまま、静かに息を引き取らはりました。ええ夢を見てはるようなお顔どした。


 斎藤さまと時尾さんからいただいたお花は、刀と一緒に、沖田さまに持っていってもらいました。うちは、四十九日を過ぎたら、京都に帰ります。の光縁寺の山南さまや藤堂さまのお墓にお知らせしに行かんとあきまへんさかい。


 沖田さまのお墓の場所は、沖田家代々の墓地があるもとあざのお寺さんどす。いつか必ずお参りに来はってください。


 どうぞご無事で。ご武運をお祈り申し上げます。


 慶応四年六月四日              花乃

斎藤一様



***



 受け取った手紙を何度も読んだ。何度も読んで、繰り返し読んで、やっと理解した。


 沖田さんが死んだ。享年二十五。沖田さんは、オレより半年ほど遅い晩夏の生まれだ。沖田さんの生まれた日は、間もなく巡ってくるはずだった。試衛館のころは、その日になれば、沖田さんの姉さんが祝いの菓子を届けに来た。


 オレの肩の上で、鳩が喉を鳴らす。オレは、さっき鳩が飛んできた空を見上げた。南の空は、鮮やかな青色。段だら模様の新撰組の羽織は、あの青よりも淡かった。あさ色と呼ばれるその色に、沖田さんは初め、皮肉を言ってみせた。


「こんな色を着るの? 派手すぎやしない? 江戸の通りで浅葱色なんか着てたら、田舎臭くてちっともいきじゃないって、からかわれるよ」


 オレに洒落しゃれっ気はよくわからない。粋って何だろう? 浅葱色の羽織も誠の一文字も、きりりとして爽やかだ。沖田さんに似合うと思った。そんな正直なことを言ってみたら、沖田さんは笑った。


「実はね、おれ、渋い色なんかより、こういう派手な色のほうが好きだよ。田舎臭いだの何だの、言いたいやつに言わせておけばいい。格好よく着こなしてやるさ。でも、斎藤さん、ずるいな。おれより似合ってて格好いいって、何か悔しいよ」


 もう初七日を過ぎている。沖田さんの魂は今、どこにいるんだろう? 青い空の中を探す。白い雲が流れている。とびが飛んでいる。せみの声が聞こえる。沖田さんはどこにもいない。


 時尾がオレを呼んだ。


「斎藤さま? じょしたがよ? 花乃さんからの手紙に何が書いてあったのですか?」


 オレは振り向いた。時尾は、何かを予感した顔をしていた。


「沖田さんが死んだそうだ」


 それだけ告げて、オレはまた空を見る。死んだら沖田さんに会えるんだろうか。大事な人が次々といなくなる。寂しさに任せて死にたくなるときがある。


 いや、そんなことを言えば、きっと沖田さんに笑われる。藤堂さんに呆れられる。原田さんに怒鳴られて、近藤さんに叱られる。源さんと山南さんに微笑んでたしなめられる。


「さすけねぇ。オレは、さすけねぇから」


 生きなければならない。誠心誠意、まっすぐに。いつか本当に終わりを迎える日まで。

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