第16章2話 再会

 魔界軍の反撃作戦が決定されて6日。早くもダート率いる魔界軍は、共和国軍に対し激烈な反撃を開始した。同時に、グレイプニルはコヨトに潜入、ヤカモトの暗殺計画を実行に移した。

 作戦の結果はどうなったのか。玉座の間で報告を待つ魔王の前に、ラミーが駆け足でやってくる。ラミーの明るい表情を見る限り、作戦の結果は喜ばしいものになりそうだ。


「勝ちました勝ちました! ダートさん、勝ちましたよ!」


 はしゃぐ子供のように、満面の笑みで喜びを爆発させるラミー。魔王も、勝利の報告にニタリと笑った。魔王の目の前にまでやってきたラミーは、興奮さめやらぬまま、報告の続きを口にする。


「東方大陸南部にて、魔界軍第1軍第2軍が共和国軍に勝利! エルギアさん率いる第3軍の追撃も順調! 共和国軍は撤退を開始しました! 作戦通り作戦通り、ヤクモさんが前線を離れたおかげです!」

「そうか。さすがは我が忠実なる僕たちよ」


 全てが魔王の思い描いた通りの結果となった。これはまさしく、魔界軍とグレイプニルの働きがあってこそのもの。彼らが魔王に付き従い、従順に戦った結果だ。

 

 しばらくして、ようやくラミーも落ち着いたようである。彼女は胸をなでおろし、魔王に語りかけた。そんなラミーの話に、魔王も耳を傾ける。


「良かったです良かったです。4ヶ月前のトラフーラでの敗北以降、勝利が遠のいていましたからね。共和国軍が東方大陸南部を占領したって聞いたときは、ヒヤッとしましたけど、これでこれで、前線は南部地峡まで戻せるはずです」


 もしこのまま、勇者ヤクモの勢いを止められず、東方大陸南部を完全に占領されてしまえば、魔界は戦争に敗れていたかもしれない。だがもう、その心配はないのである。

 対して魔王は、この戦争の推移を見守り、戦争の先を見据えていた。このまま魔界と人間界、どちらかが滅びるまで戦いを続けるのかどうか――。


「南部地峡での2年半にわたる戦い、そして西方大陸南部と東方大陸南部の荒廃。魔界も人間界も、互いに大きな損害を被っているな」

「はい。せめてせめて、南部地峡での膠着状態に持ち込めば、休戦条約締結という選択肢も出てきますね」


 最も正しい選択を口にするラミー。そもそも、ヴァダルが南部地峡条約を破棄し再開させたのが、この戦争である。現状復帰、という手段は十分に考えられるのだ。

 

 さて、作戦は成功し反撃の狼煙を上げた魔界軍。しかし、何もかもが喜ばしい報告ばかりではない。勝利には犠牲がつきものである。


「それにしてもそれにしても、ヤクモさんと戦ったグレイプニルは大きな損害を被りました。ヤカモトさん暗殺には失敗、コヨトの宮殿も破壊しきれず、モーティーさんが死んでしまったのは、残念ですね」


 暗殺計画を知ったヤカモトは、自分の命を守るためヤクモを前線から引き離し、自らを護衛させた。おかげでグレイプニルは、ヤクモと戦うこととなり、メイは生き延びたものの、モーティーは命を落としてしまった。

 しかし、魔王はモーティーの死を悲しまない。むしろ魔王は、モーティーが魔界のために犠牲になる道を選んだことに、喜んですらいる。


「ヤクモを前線から引き離す、という任務を成し遂げたのだ。グレイプニルの戦果は賞賛に値する。モーティーも、魔界の勝利のために、魔界の未来のために死んだ。我の道具として、本望であろう」


 魔王にとって、魔族たちが魔界のために死ぬのは当然のこと。魔王はすぐに、話題を変えた。


「それよりも、ヤクモは今どこに?」

「実は実は……」


 困った様子のラミーは、俯き気味である。


「メイさんによると、ヤクモさんたちの行方が掴めていないらしいです」


 そう言って、ラミーは不安げな表情をしながら、報告を続けた。


「南部地峡にはいない。東方大陸にもいない。だからといって、西方大陸にもいない。ヒノンにいるわけでも、コヨトでヤカモトさんを護衛しているわけでもない。一体一体、ヤクモさんはどこに行ってしまったんでしょう」


 分からない、と言ったラミーではあるが、彼女は嫌な予感に支配されている。そして魔王も、ラミーと同じ予感を抱き、しかしラミーとは違い笑みを浮かべた。


 まさにその時である。玉座の間の入り口である巨大な扉の向こう側から、魔王は強大な魔力を感じ取った。約半年ぶりに感じたこの魔力。己と対等な者が放つ、この魔力。噂をすれば、とはこのことである。


「フン。ヤクモの居場所が分かったぞ」


 可笑しげに笑い、そう言った魔王。ラミーは目を丸くし、魔王に聞き返した。


「ホントですかホントですか!? ヤクモさんは、どこに?」

「すぐそこだ」


 ふと、玉座の間の扉を指差した魔王。すると玉座の間の扉は、ゆっくりと開かれた。そして、扉の向こう側に、立派な剣を携え、凛とした視線を魔王に向けた、癖っ毛気味の乱雑な髪を持つ、美しい顔に粗雑な雰囲気を纏った、1人の女性が現れる。


「ヤ、ヤクモさん!?」


 勇者でありながら、以前と何も変わらぬヤクモの登場。ラミーは思わず驚きの声を上げ、魔王は不敵に笑う。対してヤクモは玉座の前まで歩み寄り、さっぱりとした挨拶を魔王たちにぶつけた。


「久しぶり」


 とてもではないが、ヤクモの言葉は魔王と勇者の対面に相応しいものではない。これには魔王も呆れ、苦笑いしてしまう。それでもヤクモは気にせず、雑談でもするかのように言って退けた。


「ねえ、魔王城の警備ってなんとかならなかったの? すごい簡単に突破できたけど?」


 玉座の間に至る道すがら、ヤクモに襲いかかった魔族軍兵士は1人もいない。親衛像が起動することすらなく、ヤクモは剣を抜かずに玉座の間にまでやってきたのだ。これにヤクモは不満な様子である。

 なぜ魔王城の警備が手薄であったのか。ヤクモの不満に対し、魔王は苦笑いを浮かべたまま答えた。


「勇者の力を持った者を止められる者などおらん。警備するだけ無駄だ」

「ふ~ん」


 勝てぬ戦はするものではない。ヤクモに勝てるような魔族は、魔王以外に存在しない。ならば、警備をしたところで意味はない。魔王の合理的な判断が、ヤクモの不満を作り出したのである。ただし、ヤクモはその答えに興味がないようだが。

 とにもかくにも、魔王は魔王として、ヤクモは勇者として、再会を果たしたのだ。魔王は玉座に腰掛けたまま、ヤクモに語りかける。


「数ヶ月ぶりであるな。話を聞く限り、もう少し勇者らしくなっていると思っていたが、そうでもないようだな」

「あんたは魔王らしくなってる。というか、もともと魔王らしかったけど」

「当たり前であろう。むしろ勇者として名を馳せながら、未だ気だるそうな顔をしている貴様の方がどうかしている。人間共はよく貴様に世界の命運を握らせたものだ」

「うるさい」


 いつものやり取り。ヤクモは話を払うように手を振って、魔王の顔をじっと眺めると、鋭い口調で言葉を放った。


「そんなことより、前、あんたに聞いたよね? 魔王以外の道はないのか、って。あんたはないって即答した。実際に、あんたは魔王の座に戻った」

「……それがどうしたというのだ?」


 ケーレスでの再会後、シンシアと出会ったレストランの前で、ヤクモはたしかにそう質問していた。それを思い出した魔王は、だからなんだとヤクモに問い詰める。するとヤクモは、面倒そうな表情を浮かべた。


「やっぱりあんたって真面目だなぁって。根っから魔王なんだなぁって、今になって思う。おかげで、私は勇者に戻らなきゃいけなくなったし」


 まるで、魔王が魔王以外の道を選ぶことを期待していたかのような言い方。魔王は鼻で小さく笑い、ヤクモに言い返す。


「では聞こう。貴様の世界には、魔王と勇者が協力し平和な世界を作る、といったおとぎ話もあるようだな。我らにも、そのような道はあっただろうか?」

「ない」


 瞬きをする間もない即答。結局、魔王とヤクモが共に人生を歩む道など、存在しなかったのである。これに魔王は大笑いし、ヤクモも思わず笑ってしまっていた。


「ま、私は勇者で、あんたは魔王。こうなるのは当然だよね」


 笑いながらそう言ったヤクモ。彼女は腰に携えた剣の柄を握り、息を吸うと、言葉を続ける。


「なんで私がここに来たか、分かってるんでしょ?」

「勇者が魔王城を訪れる理由は、ただひとつしかなかろう」


 もはや魔王とヤクモは、仲間ではない。もはや魔王とヤクモは、ラミネイの時と同じく敵対する2人。魔王と勇者の戦いが、はじまろうとしていた。

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