第4章3話 クレーター

 ヤクモの催促に、マットはエンジンをふかし、スタリオンのエンジンは強く青く輝いた。本来ならば、地上からの発見を避けるため、エンジンの光を強くすることはしたくなかったマット。しかし地上はクレーター、人気もないとなれば話は別である。

 予定よりも数分だけ早いルーアイへの到着。ところがスタリオンは、着陸態勢に入りながら、いつまでも空を彷徨い続け、地面に降りようとしない。


「おいマット、どこに着陸しようかのう?」

「んなこと言われても、人っ子ひとりいやしねえ。建物もねえ。木だって生えちゃいねえ。何もねえ。これじゃ逆に、どこ着陸すりゃいいのか分かんねえよ」

「もうどこでも良いんじゃないか?」

「ったく……おい! 積荷さん方よ、お望みの着陸場所とかねえのか?」


すでに太陽は沈み、クレーターは暗闇と静寂に包まれていた。困ったマットは、すべての判断を魔王たちに押し付ける。正直なところ、どこに着陸しても構わない魔王は、その正直な意見をマットに返した。


「クレーター内部でなければ、どこでも構わん」

「んだとコラ、そういうことはさっさと言えってんだ! そこらに着陸するぞ!」


 マットは不機嫌そうに唾を飛ばしそう言ったと同時に、スタリオンのエンジン出力を一気に弱める。スタリオンは徐々に地上へと近づき、クレーターの縁の頂上に着陸した。


 直陸後、ハッチが開かれ、機内に冷えた空気が入り込み、ラミーが体を震わせる。ハッチから外に出た魔王は、辺りを見渡した。弱められながらも起動したままの、スタリオンのエンジンの青い光以外に、見えるものはほとんどない。

 ただし、ひとつだけはっきりとしていることがある。魔王たちの目の前には、深さが100メートルを軽く超えるような、直径1・5キロ程度のクレーターが、アルテの仄かな月光に照らされ、魔王たちを誘い込むかのように広がっているのだ。


「よく見えないけど……中心になんかある?」

「さあな。行ってみなければ分からん」

「そう。じゃあ、行こ」


 本当にクレーターの中心に魔力があるのかどうかなど、ヤクモは気にしていない。そこに魔力があるかないかではなく、ありそう・・・・なだけで、彼女にとっては立派な、行動する理由になるのである。

 魔王はそこまで馬鹿ではない。彼はダートにヤクモの腕を掴ませ、山を駆け下り転げ落ちそうなヤクモを止めながら、マットたちに質問を投げかけた。


「マット、それにベン。お主らどちらか、戦えるか?」

「わしゃ手先は器用じゃが、戦いは無理じゃ。そういうのはマットの仕事じゃよ。こいつ、なかなかの腕利きでの」

「マット、ベンの言葉は真実まことか?」

「おうよ! これでも俺は、アルイム神殿の元番犬だからなぁ。並の魔族なんか屁でもないぜ」


 ガルム族は魔族の中でも戦闘力が高い種族であり、代々番犬として魔界の重要施設を警備してきた。マットも例に漏れず、魔界の聖地であるアルイム神殿の番犬の一員だったようだ。一体何があって、彼が今のような立場になったのかは、魔王は知らない。

 しかし、魔王はマットの過去など興味がない。マットが使える人材であれば、それで良い。マットの自信に溢れた返答に魔王は満足し、笑った口を開いた。


「ではマットよ、我らと共に来い」

「了解。ただ、スタリオンはどうすんだ?」

「スタリオンは、上空で哨戒機となってもらう。ラミー、お前もスタリオンに乗っていろ」


 哨戒任務とは口にしたものの、実際は戦闘要員でない者たちをこの場から遠ざけるための、魔王の言いつけ。自らは戦うことは無理と明言したベンはおとなしく従ったが、ラミーは落ち込んだ様子だ。


「へ? 魔王様と一緒じゃダメなんですか?」

「お前は戦闘要員ではない。戦場では足手まといだ」

「でもでも、私だって多少の攻撃魔法は使えますし、いろいろな支援も――」

「くどい。ダートとマットがいれば十分である」

「うう……分かりました分かりました! 空からずっと、魔王様のこと見てます!」


 あまりにはっきりと『足手まとい』と言われ、ラミーは肩を落とし、涙目状態。ところが魔王に忠実なのは変わらず、涙目のまま、やや強がった調子で、彼女は魔王の言葉に従い、スタリオン機内にとぼとぼと戻っていく。

 魔王は、ラミーに言い過ぎてしまったか、などという思いは抱いていない。むしろ強情に言いつけを聞かず、〝足手まとい〟になられるよりは、こちらの方がラミーのためになる、と思っていた。


「っつうことだ。ベン、スタリオンの操縦は頼んだぜ」

「任せい任せい」


 マットは俄然、やる気だ。酔っているのもあるが、彼は戦闘を楽しみにしている節がある。

 そんなマットにベンは笑って、スタリオンの操縦桿を握った。と同時に、エンジンの青い輝きは強まり、スタリオンはわずかに浮き上がる。


「魔王様! ヤクモさん! 魔力を取り返す最初の戦いの勝利を、待ってます!」


 閉まりかけるハッチから、顔をのぞかせ叫んだラミー。これにヤクモは、ダートに腕を掴まれたまま手を振り、魔王は腕を組んだまま、当然という表情をした。

 数十秒後、スタリオンは闇夜に浮かぶ小さな青い光となり、空からの哨戒任務に移行する。魔王たちは完全な暗闇の中で、クレーター内部を見下ろし、我慢の限界が訪れたヤクモが口を開いた。


「で? まだ行かないの?」


 ダートに腕を掴まれていなければ、とっくにクレーター内部まで到着していたであろうヤクモ。魔王は表情を変えず、今度はヤクモに言いつけた。


「我とダートが、先にクレーター内部に向かう。貴様はマットと共に我の合図を待つのだ」

「え~、酔っ払いと2人きりとか嫌なんだけど」

「そうか? 魔王と魔王の忠実な僕よりかは、俺と一緒にいた方が良いんじゃねえの?」

「ああ、たしかに」


 魔王とダートより、酔っ払いのマットと一緒にいた方が良い。これは至極まっとうな意見である。魔王もダートも、反論などはしない。


「ともかく、合図をしたら我のところに来い。マットが獣人化を解けば、時間はかかるまい」

「分かった」

「おっしゃ! 任せとけい!」


 日頃の反抗的な言動と違って、いざ戦いを前にすると、ヤクモとマットは魔王の言いつけに忠実だ。ヤクモの場合は、何も考えていないだけであるが、魔王にとっては好都合である。

 ただ、ヤクモは今更になって疑問が頭に浮かんだようで、魔王に質問する。


「でも、合図って?」

「ダートが魔力によって声を送る」

「あっそう」


 相も変わらず興味のなさそうなヤクモの反応。ヤクモの質問はこれだけであり、魔王の短い説明で話は終わった。

 準備は整い、魔王は闇と一体化したマントをひるがえし、ニタリと笑う。


「ではダートよ、行くぞ」

「分かりました。おいら、魔王様、守る」


 忠実な僕のダート。彼を引き連れ、魔王はいよいよクレーター内部に向かうため、坂に踏み込む。

 ただしその前に、闇の中ですら表情がくっきりとするほど、不機嫌さを表にしたヤクモは、大きく腕を振って叫んだ。


「ちょっと! その前に私を離してくれない!?」

「あ、すまない、忘れてた」


 ダートはヤクモの腕を掴んだまま、クレーター内部に向かおうとしていたのだ。ヤクモの抗議に、ダートはバツの悪そうな表情――といっても、岩の顔の表情は分からない――でヤクモの腕を離す。これで、ヤクモの機嫌が少し斜めになってしまった。

 しかしやはり、ヤクモの感情などは眼中にない魔王。彼はクレーターの縁から内部に向かって、ダートと共にひたすら下っていく。

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