第53話 異種の王と初デート.9

 できなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!

 帰り道を進む二人。

 すでにオムライスの材料は、全て手持ちのビニール袋の中にそろってしまっていた。


 そしてアリーシャは本格的に焦り始める。

 もう、もう時間がないっ!

 普通の家に住む普通の学院生ならともかく、裏中華街まで翔馬を連れて行くのは不可能だ。

 そんなところに向かうこと自体を怪しまれてしまう。

 かといってこれ以上歩き続ければ、元来た道に戻ってしまうことになる。

 それはそれで奇行と捉えられてもおかしくない。

 よってアリーシャはもう「ここでいい」と告げなくてはならないのだ。

 もう、もう限界だわ!

 苦渋の選択の末、アリーシャが足を止めると、翔馬もそれに習う。


「……ここで、いい」

「大丈夫?」

「もう、すぐそこだから」

「そっか、それじゃあ俺はここで」


 そう言って翔馬は歩き出す。


「ねえ、九条」


 呼び止めて、アリーシャは大きく息を吸った。

 ……ここで決めないと。

 明日になってしまえば、また九条が一人でいる時を待たなくてはいけなくなる。

 明らかに九条は遠慮し始めてる。今だって一歩引いた位置にいるくらいだもの。

 これでは時間が空くほど疎遠になっていってしまうに違いない。

 だから持ち越すわけにはいかないの。

 ここから逆転の急接近を果たすのよ!!

 まずは、まずは自然に『迷惑だなんて思ってないわ』から!

 とにかく穏やかに入って、『勘違いを否定』するんだから!

 はい、せーのっ!


「…………勘違いしないで」


 アリーシャ、一瞬で青ざめる。

 ど、どうしてそうなるのよッ!!

 これじゃ『一緒に買い物したくらいで仲良くなれたと勘違いするな』って言ってるみたいじゃない!!

 九条も面食らった感じになってる!

 つ、次! 早く次の言葉で意味合いを変えないとっ!

 続きは『今日は助けてくれてありがとう』よ!

 感謝の言葉で雰囲気を優しいものに変えて、いい空気を作り出すの!

 はいっ、せぇぇぇのっ!


「世話に、なったわね」


 違ぁぁぁぁうッ!!

 これじゃ感謝じゃなくて別れの言葉に聞こえちゃうじゃない!!

『面倒をかけたけど、私は旅に出る』的なやつよこれはッ!!

 これで前のと合わせて『感謝はしてるけど勘違いはしないで』になってしまったわ!

 九条も明らかに困った顔してるし!

 こ、こ、こうなったらせめて最後は、最後だけは確実に決めるのよ!

 ここで『これからも、よろしくね』って言って未来を感じさせるの!

 終わり良ければ全て良しなんだからっ! 絶対に、絶対にここで決めるのよ!

 はいっ! せぇぇぇぇのぉぉぉぉッ!!


「そういうわけだから、よろしくね」


 なに念を押してるのよぉぉぉぉ――――ッ!!

 これで『感謝はしてるけど勘違いして馴れ馴れしくしてこないで』の出来上がりじゃない!!

 アリーシャの足は、すでに敗走を始めていた。そのまま涙目で帰り道を逃げていく。

 するとそんなアリーシャの背に、翔馬は優しく声をかける。


「気をつけて」


 人通りの中で、アリーシャは足を止めた。

 来た……来たわ。最後のチャンスが。

 もう言葉はいい。せめて笑って、笑顔を見せるだけで印象は変わるはず!

 最後にここまでの失敗を帳消しにするのよっ!

 はい笑顔を作ってっ!! 振り返るゥゥゥゥ――――ッ!!


「おかーさん、あのおねえちゃん変顔してるよ」

「さすがにあのレベルの美人になると、変顔もワンランク上のやつをぶち込んでくるわね」


 目前にいた親子の会話に、表情が凍りつく。

 アリーシャはもう、振り返ることすらできなかった。

 そしてそのまま全力で、その場から逃げ出していく。

 ――もちろん、こんな風に分かれた二人が気づくことなどなかった。

 二人が並んで歩いているところを偶然見かけた風花が、そんな必要もないのになぜか近くの薬品店に慌てて隠れてしまったことを。


   ◆


「どうして隠れちゃったんだろ……」


 ドキドキする胸を押さえながら、風花はつぶやいた。

 翔馬とアリーシャが一緒にいたのなら、普通に声をかければいい。

 それなのに、どうして……。


「あれ、まつりちゃんなにしてるの?」

「うわあ!」


 背後から急に呼ばれて、風花は飛び上がる。

 慌てて振り返ると、そこにいたのは同級生の女子三人組だった。


「あ、さては、新しいシャンプーを探しに来たんだね」

「え?」


 そう言われて辺りを見回すと、そこはヘアケア商品が並んだ棚の前だった。


「う、うん、どれがいいかなと思ってさ」


 慌ててそうごまかすと、三人はニヤりと笑みを浮かべる。


「――――九条くんのためだよね?」

「……え?」


 風花はその言葉に硬直する。


「ど、どうして?」

「可愛く見せたくて良いものを探してたんでしょ?」

「やっぱりカノジョは髪ツヤツヤで、いい匂いがして欲しいもんね」


 そう言われて風花は、目の前に並んだシャンプーとトリートメントのセットに目を向ける。

 宣伝パネルにはキレイな外国人のモデルが、華やかな笑みを浮かべていた。

 アリーシャのような美しい金色の髪に、風花は思わず目を取られてしまう。


「……そういうの、似合わなくないかな?」

「そんなことないよ、絶対可愛いって」

「本当?」

「男の子みたいだったまつりちゃんだからこそ、びっくりすると思うよ」

「そう、なのかな」

「あ、これとかいいよ。もう手触りが全然違うから」

「そうそう、次の日には髪ツルッツル」

「そんなに違うものなんだ」


 棚に並んだオシャレなデザインのボトルたち。

 その中の一つを手に取ると、風花はそっと目を細める。


「…………翔馬くん、気づいてくれるかな?」


 驚く翔馬を想像して、ほおを緩ませる風花。


「「「ニヤニヤ」」」

「……わ、笑わないでよ」

「「「ニヤニヤニヤ」」」

「わらうなー!」

「「「はい」」」

「でも急に真顔はやめて」


 図ったように真顔になる三人に、風花は思わずツッコミを入れる。


「でもみんなすごいなぁ。シャンプー一つにも詳しいんだね」

「そりゃ女子歴で言えば私たちの方が先輩だからね」

「女子歴?」

「そうそう、まつりちゃんには三年のブランクがあるし」

「……ブランク?」


 風花が首を傾げると、同級生たちは声をそろえて言い放つ。


「「「男子機関員ごっこだよ」」」

「それはもう忘れください!」

「まあ、それにも関わらず彼氏いない歴は私たちの方が長いわけですが……」

「ほんとそれ。年齢とイコールとか」

「現実マジ非情。私も九条くんと付き合いたい」

「あ、あはは」


 その急な温度の下がり方に、風花はもう苦笑いするほかない。


「でもこれからはまつりちゃんも、洗顔料とかボディソープにも気を使わないとだね」

「そうだよ、キャッキャしながら可愛い物探しするのが女子の嗜みなんだから」

「うんうん、可愛さは大事だよっ」

「そっかぁ……」


 みんなきっと素敵なお風呂タイムを楽しんでいるんだね。

 確かにそれは、女の子らしくて可愛いな。

 そんな一面を見たら、翔馬くんもドキドキしたりするかもしれない。

 興味を引かれた風花は、さっそく『可愛いの先輩』たちにたずねてみることにする。

 女の子同士の、楽しく可愛い会話の始まりだ。


「ちなみにみんなは、どんなのを使ってるの?」


 すると三人は自身あり気な顔で、同時にその口を開いた。


「「「あら塩」」」

「可愛くない!」

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