8-23 英雄たちの疑問

「んん~~~、素晴らしいっ!! 褒めてつかわすぞ、選ばれし英雄たちよ!!」


 不意に、頬をむに、と掴まれて、オディラギアスははたと気付いた。


 ……周囲には、あの豊饒な収穫祭の光景はない。

 香ばしい小麦や肉の焼ける匂いや、麦酒の爽やかな匂いもない。


 そこに広がっているのは、ある意味懐かしい、とすら言える風景。

 骰子モチーフが溢れた、魔法のおもちゃ箱みたいな奇妙な神殿だ。

 そこにいるのは、あの六大神、そして、最高神のピリエミニエである。


 ……六大神は、相変わらずゲームテーブルに着いていたが、ピリエミニエは英雄たちの目の前に来ていた……というか、何で俺の頬を掴んで変顔にしてるんだこのコムスメが、とオディラギアスは内心突っ込む。

 何かこう、怒る気にもなれない……


「あ、あれっ!? 耳までチーズのピザはどこいったでやすかっ!?」


 ピザを食べる時のあのポーズのまま、ジーニックは叫んだ。


「超絶美味かったのに!! まさか、全部幻でしたってオチでやすか!? 話に聞く夢オチ!? そんな殺生な!! 断固抗議するでやす……!!」


 片手にピザ、片手にビールという休日のニーチャンスタイルを崩さないまま力説するジーニックに、突っ込めるどころか生暖かい視線を向ける余裕のある者すらいなかった。


「……ちょっと待って、あれからどのくらい経ってるの!?」


 顔を見ずとも真っ青になっているのがうかがえる声で、レルシェントが、元の世界ならスマホに当たる機器を取り出すのが分かった。


「……ッ、あれから五分と経ってない……!! 完全に意識だけ別時空に飛ばされていたということなの……そんな」


 あそこまで克明な幻が……と続けかけて、レルシェントは口をつむぐ。

 この「試練」を行なったのは、神々。

 当然、人類レベルの魔力ではないはずで。

 魔法王国メイダルでも難しいレベルの「奇跡」など、たやすいのが神々の神々たるゆえんである。

 この世界の命運を握る存在なのだから。

 彼らが「世界という遊びを放棄した時、世界は終わる」と――

 どの種族にも、そう伝えられている。


「ええっとさ、つまりこれってどういうことなの……?」


 まさに狐につままれた表情で、イティキラが口にした。


「王者の試練って……ええと、確か最初はそんな話だったよね?」


「左様。そなたらはそれを乗り越えたのだ。合格だ」


 そう、響きの深い声で伝えてきたのは、真っ白な毛皮の獅子の下半身のイティリケルリテ神。

 その男臭く渋い表情には満足の笑みが浮かんでいる。


「完璧な出来であった。目の前の厄災を食い止め、王者に相応しい繁栄の道にかの地の民を導き、有り得る中で最高の環境を与えてやった。それも、六人が見事にそれぞれの役割を果たしてだ。完璧を超える完璧であったぞ」


「……でも、幻、だったんだ……そうだよね?」


 上目遣いにイティキラがイティリケルリテを見ると、その目前に、ぬわ、とピリエミニエが割り込んできた。

 ぎょっとしてのけぞるイティキラに、


「ただの都合の良い幻ではないぞー!! あれは、おまいらの元の世界で言うところの『シミュレーション』というやつ。つまり、やろうと思えば、現実の世界でも同じことができるという代物であるッ!!」


 のけぞりながらも、イティキラ、そして仲間たちも納得する。

 あれは、自分たちに今後の指針を与える意味もあったのだろう。

 ああいう繁栄を実現できるなら、あれと同じ行動を、ルゼロス国内で行えばいい。


 ただし。

 現実ともなると、もっと複雑な要素が絡むことになるであろう。

 例えば、中央、バウリの王族からの干渉は、あの試練では意図的に排除されていたようだ。

 が、しかし、ある領地だけが突然に遺跡の脅威から解放されて栄えるなどということになったら、貪欲な王族連中が黙っているはずがない。現実にはあんなに平和裏にいかなかったであろうことは、想像に難くない。


「神々よ。あなた方のお伺い申し上げたことが沢山ある」


 オディラギアスが、思い切ったように口を開いた。


「我々が、レルシェントの旅に同行することになったのは、恐らくあなた方の采配であらせられようと察する。いや、そもそも、レルシェが『全知の石板』に興味を持ったのも、恐らくはあなた方の差し金あってのことではないのか?」


 ふふふ、と笑ったのは、金色の龍神バイドレル。


「流石に、選び抜いた誇り高い魂。察しがいいな……」


「神々よ、一体、あなた方は我らに何をなさせようとなさっているのだ? この旅の意味は? ……いや、それより」


 オディラギアスは一拍置いた。


「そもそも、我らが元いた世界はどうなっているのだ? 私はあの世界では死んだはずだが、他の者は日常生活を送っていたはず。それが、なぜ突然、この世界の神聖六種族として生れ落ちることになったのか?」


 六大神がちらと視線を見交わしたのを、オディラギアスは見逃さなかった。


「それに、我らに悪縁のある者らが、魔物となって我らの前に現れるとはどういうことだ!? 我らの元いた世界は一体どうなってしまったのだ!? この世界とあの世界の関係は!?」


 畳みかける言葉に、最終的に六大神の視線が辿り着いたのは、ピリエミニエ神だった。

 ちなみに、イティキラの肉球をふにふにふにして遊んでいる……


「……ピリエミニエ神。そろそろ彼らに真相を話さないと、物語シナリオは進まないようですが」


 静かにひんやりした声で促したのは、オルストゥーラだった。

 レルシェントがはっとして自らが巫女として仕える女神を見やる。


「そ、そうだよ!! いい加減にちゃんと説明してよ!!」


 流石にもう説明を待つのに疲れたとでも言いたげに、マイリーヤは声を荒げた。


「訳も分からず巻き込まれたけどさ!! そもそも、って、一体何なの!? 神様たちってボクらに何させようっての!? 全然わかんないよ!!」


「そうだぜ。そもそも分からねえことだらけだ。いい加減に気味悪い……」


 不機嫌そうに、ゼーベルが唸った。


「俺らが元いた世界とこの世界がどういう関係で、んで、あんたらがどういう意図で、あの世界の記憶を持たせたままの俺らにこんなことさせてるのか。キッチリ、分かるように説明してもらうぜ。無理なんて言わねえよな!?」


 いかにも威圧的な様子で、ゼーベルは唸った。

 さりげないが彼の美点、「誰に対してでも態度が変わらない」というものが、神々を前に発揮されている。

 王宮の王族には腰を低くするくらいするが、神々にだったら、そうした虚飾は不要と判断したのか、真正面から己の疑問をぶつけることにしたようだ。

 こんなもって回ったことで自分たちを振り回す、神々への苛立ちもあろう。


「さて、ピリエミニエ様、そして兄弟たちよ。これは、順を追って説明しなければならないようだね? そうじゃない?」


 チャラ男神ことアーティニフルが、相変わらず骰子を弄びながら口にする。


「……順々に、僕らがしてきたことを説明すれば、自然とこの子たちの元の世界がどうなったかも、説明できるってもんだよ。そうだろ?」


 それはどういうことだ。


 驚愕と疑問と不審の入り交じった奇妙な気配が、英雄たちを支配した。

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