8-16 クジャバリの企み

「……あれか」


 丘を二つばかり越えた場所にあるその集落を、オディラギアスは目ざとく見付けた。


「スフェイバの街よりちょっと小さいくらいですぜ、オディラギアス様。向うのあの岩山ぽいのが、遺跡って訳ですかね」


 更に丘をいくつか越えた先にある、こんもりしたシルエットを指し、ゼーベルが注意を促した。


「……大気中の余剰魔力の色調が不穏ですわね。どうも、何か穏やかならぬことが起こっているのは確かなようですわ」


 レルシェントは、風の吹きすさぶ周囲を見回した。

 彼女の魔力の受容器官には、まるで殺気立った群衆のような禍々しく騒々しい気配が押し寄せている。

 この丘の上から見た限り、その簡素な集落は落ち着いて――遺跡側なので、当然周囲を警戒する龍震族の者は存在するが――いるように見えるのだが、どうも裏にはそれだけでない事情が横たわっているようだ。


「んー。とにかくさあ、行ってみない? 太守さんがいるなら、まさかいきなり襲われるようなことはない……よね??」


 珍しく自信なさげなマイリーヤ。

「神々の試練場」であるという話の場所に向かったら、いきなりルゼロス王国に逆戻りさせられて、かなり戸惑っている。

 正直、そもそも、この「試練」が、果たして現実に行われているのか、それとも何か夢でも見せられているようなものなのか、その辺も曖昧だ。

 大気の匂いも、踏みしめる大地の感触も実感として伝わってくるが、どこかふわりふわりと浮ついた感じも拭えない。

 あの「神々の遊戯盤」に入って以来、どこまでが現実でどこまでが夢なのか、どうにも判断つきかねる。


「ピリエミニエさんが言うところの『王者の試練』でやすがねえ。ネーミングが気になるんでやすよ」


 ジーニックがむむぅと首をひねる。


「あの方のことだから、ただ単に中二っぽいネーミングにしただけっていうことかも知れないでやすが、だからって、何で唐突に『王者』なんでやしょうねえ? 太守様が中心の試練ってことでやしょうか?」


「いや。そりゃおかしくない? だったら、何で六人で、って条件で、あたいらをあの変なとこに呼びつけたの?」


 イティキラは仲間たちを見回す。


「多分、六人で当たらなきゃいけないような、何かがあるんだよ。世界にとって最善の選択ができるようにって言ってたろ? そういう意味を込めて、良い王様みたいにって、意味なんじゃないの?」


 一行はしばし話し合ったが、こうしていても推測が重なるだけである。

 結局、先頭に龍震族の王族であるオディラギアスを押し立てて、一行はその集落に進んだ。



 ◇ ◆ ◇


「どういうことだ!? サイクゥゼルスとやら!!」


 オディラギアスが、そのそこそこ整えられた龍震族様式の客室で、その紫紺色の龍震族男性に向け吼えた。

 怒鳴りつけられた、苦み走った精悍な目鼻のサイクゥゼルスは、きまり悪そうにうつむいた。


「……お恐れながら、オディラギアス殿下。方法はこれしかありませぬ。このクジャバリの集落が生き延びるには」


 スフェイバのそれより簡素な太守用の城塞の中、そのクジャバリの太守サイクゥゼルスは、重苦しく溜息をついた。

 その溜息は会見用テーブルの分厚い表面を滑って落ちる。

 そこに就いてサイクゥゼルスと対峙している、六人全員が血の気を失っている。


「そんな……!! いくら遺跡の機獣古魔獣に圧迫されて生活が苦しいからって、国境を破って、隣国の辺境に略奪に行くって!! それじゃ、あんたら、護衛士とかじゃなくて、ただの野盗じゃないか!!」


 イティキラの目は怒りに煌いている。

 無理もない。

 彼女は危うく、傭兵崩れの野盗の群れ――まさに今、サイクゥゼウスの雇っている護衛士たちが成り代わろうとしている職業――に、故郷を滅ぼされるところだったのだから。


「それでか……機獣や古魔獣に立ち向かうだけにしちゃ、ここの護衛士どもの様子がおかしいと思ってたんだ……侵略の準備をしていやがったんだな?」


 ゼーベルが嫌悪を込めて唸った。

 顔も覚えていない両親の故郷であるガリディサ王国でも、多少なりとも、自分のルーツであるという気持ちはある。

 そして、その辺境に、略奪に攻め込む予定という情報には、流石に平静ではいられない。

 ……他国や他領に、略奪を仕掛ける、ということ自体は、この遺跡に蝕まれた地上では珍しくもない出来事だ。

 だからこそ――その結果がどうなるか、ということを、彼らは知っている。

 嫌というほど。


「ええと、もしかして、ここの遺跡をどうにかできれば、万事解決、でやすかね? 機獣ちゃんと古魔獣ちゃんが襲い掛かってこなくなって、んで、遺跡の周りの肥沃な土地を余すことなく利用できれば、この問題って問題じゃないでやすよね?」


 遺跡に圧迫されて困窮してるのが原因なんでやすからね――と、ジーニックは呟き、レルシェントに視線を向けた。


「レルシェちゃん、ここの遺跡、どうにかなりそうでやすかね?」


 レルシェントがうなずく。


「予想できる限りにおいては、何の問題もないはずですわね。今しがた見て来た機獣と古魔獣の様子から察するに、遺跡はほとんど機能を損なっていませんわ。そして土地の様子からするに、ここの遺跡の本来の役割は、農業用地の管理だったはず」


 機獣と古魔獣の無害化と、遺跡のコアに接触して戦時モードを解除し通常モードに設定し直す作業を実行すれば、後はかつて、星暦時代にあったような大規模農業用地が広がるだけだ。

 無論、数千年もの間放置されていたのだから、実際に農地として使用できるようにするには、まず開拓を行なわねばなるまい。

 が、それは実は大して苦労する工程でないことを、すでに一行は知っている。

 何となれば、機獣と古魔獣の本来の使用方法は、農業機器及び農作業用の家畜なのだ。

 もちろん、その「用途」の中には、使えなくなった農地の再整備も含まれる。

 主となる人類のやることは、作業の種類及び作業範囲の決定、時期の決定、そして、実際にはにどんな農作物を作るか決定することだ。

 的確な指示さえ出してやれば、後は、それぞれの機獣古魔獣が指示とプログラムをすり合わせて最適解を出し、それを黙々と実行するのみ。


「やろう、レルシェ、みんな!!」


 マイリーヤは、興奮に目を輝かせる。


「これが試練だっていうなら、徹底的に……一通り面倒みて、ここの人たちが、よそを侵略なんてしなくていいように!!」


 みなうなずいたが、特に大きくうなずいたのが、オディラギアスだった。


「これが『王者の試練』という訳か。単に遺跡を突破するだけでも戦争を止めるだけでもなく、一つの街を立ち行かせるように整えるというのが」


 面白い、とオディラギアスは、燃えるような表情を見せた。


「クジャバリ太守サイクゥゼルス!! ルゼロス王国第八王子オディラギアスの名をもって命じる。隣国への侵略計画は中止せよ。代わりに我らが、そなたらを困窮から救う術を与える」


 目を見開いたその龍震族を前に、オディラギアスは確固たる計画を、組み上げつつあった。

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