7-7 誘惑

 ノックもせず部屋に押し入って来たその人影を見て、レルシェントの秀麗な顔が曇った。


「あなたは……ダイデリアルス皇太子殿下、でいらっしゃいましたわね?」


 鮮やかな孔雀緑の鱗と髪、同じ色の皮膜の翼、オディラギアスよりわずかに小柄だががっちりとした体格、傲岸そうで精力的な目鼻立ち。


 ダイデリアルスは、何やら含みを込めたいやらしげな視線でレルシェントを眺め回すと、衛兵を振り向いた。

「外せ。用事が済んだら呼び戻す」

 衛兵は、はっ、と短く返事して、素早く部屋を出て行った。


 部屋の中には、レルシェントとダイデリアルスだけになった。

 レルシェントは、押し寄せる淀んだ気配にぞっとする。

「そういうつもり」もあるだろうが、他にも何かの気配が混じっている。

 これは……


「これは、ダイデリアルス殿下。あたくしにどういったご用件でしょうか?」

 しかし、無礼にならないよう、椅子から立ち上がり丁寧に一礼する。

 ダイデリアルスは、無造作にレルシェントに近付いた。


『レルシェ? 誰が来たのだ?』

 緊張の滲むオディラギアスの声が、レルシェントの脳裏に響く。

 念話は、まだ繋がっている。

 ダイデリアルスに気付かれないよう、彼の意図を仲間たちに中継せねば。


『ダイデリアルス殿下ですわ。何だかむわんとしておられます……』

『やはりか!!』

 目をいからせた気配の感じられる、オディラギアスの心の声に、レルシェントはあえて静かな心の声を返す。

『大丈夫です。そういうつもりでもなさそうな気配はいたします。なるべく、情報を引き出してみせます。危なくなったら、魔法で何とかいたしますので、ご心配なく』

『しかし……』

 オディラギアスはそれでも心配を抑えられないようだ。

『危険ではありますが、貴重な情報収集の機会です。逃す手はありません。衛兵は追い払われましたの。これなら、なんならこちらを殺して逃げても時間が稼げるくらいで、好都合ですわ』

 あえて強気どころか物騒なくらいの内容を告げると、ようやくオディラギアスは安心したようだ。

『本当に気を付けよ。その男はケダモノ以下なのだ』

『分かっておりますわ』

 オディラギアスからさわりだけ聞かされた、吐き気を催すような話をちらりと思い出し、レルシェントは気を引き締めた。


『うわぁあぁ!! レルシェ、体触られたら、腕切り落とせーーー!!』

 イティキラの悲鳴じみた心の叫び。

『一番ヤバイのレルシェだと思ってたけど、まさか本当に来るなんてぇ……』

 嫌悪感と同情の籠った心の声音は、マイリーヤ。


 ああ~、うわぁ~~~、と嫌悪感と心配を表すゼーベルとジーニックにも、心配しないように言い渡し、レルシェントは改めてその闖入者に向き直った。


「しかし、霊宝族は美しい容姿をしていると聞いていたが、見れば見るほど美しいな」

 無作法なくらい間近に立ち、ダイデリアルスは、レルシェントの髪に触れた。

「ありがとうございます。多くの美しい龍震族の女性に囲まれてお目が肥えていらっしゃるでしょう皇太子殿下にお褒めいただき、光栄ですわ」

 このケダモノめ、の意を込めた遠回しの皮肉だったが、ダイデリアルスは気付いた様子もない。

「いやいや、今まで余が見て来た女の中で、そなたが一番美しいぞ?」

 甘ったるい囁きと共に頬を指先で撫でられ、レルシェントはぞっとした。


『そやつに、そんな高度な皮肉は通じないぞ、レルシェ。馬鹿に皮肉は通じないと言うであろう?』

 呆れたオディラギアスの声が脳裏で聞こえ、レルシェントは『そうらしいですわね』と内心の溜息と共に返した。


「しかし、これほどまでに美しく輝かしいそなたにも、一つ欠点があるな?」

 ダイデリアルスは、レルシェントの肩に腕を回し、そのまま長椅子に移動した。並んで腰かける。

 レルシェントはその一連の動作の滑らかさから、ダイデリアルスが、立場の弱い女を長椅子に連れ込んで、菓子でもつまむような気軽さで犯す様子を如実に想像することができた。吐き気がするが、ここは我慢するしかない。

「男の趣味が悪すぎることだ」

 と、ダイデリアルスは間近でレルシェントを覗き込みながら、さも憐れむような口調で続けた。

「あんな色抜け、腰抜けの愚弟のどこがいいのだ? 本当にあんな奴がそなたを満足させていられるのか? 余が本物の龍震族の男の雄々しさを教えてやろう」

 早くも押し倒そうとするダイデリアルスをレルシェントは押し留めた。


「オディラギアス様は、腰抜けなどではありませんわ。それが証拠に、今回のスパイのことを最初に掴んだのは、オディラギアス様ですのよ?」


 レルシェントがその言葉を口にすると、ダイデリアルスは、ははっと笑った。

「掴んだところであやつに何ができる。王族に数えてやるのもおこがましい出来損ないの白小僧めが」

 レルシェントは恋人を、よりにもよってその兄弟に侮辱される怒りと嫌悪から胸がむかついたが、努めてそれを押し隠す。

「しかし、あの方がどうされるのであれ、力と責任をお持ちの王族の方々は、動かない訳には参りませんでしょう? これは、お国の大事ではありませんの? 皇太子様ともあろうお方が、このお国の大事の時に、あたくしごときよそ者にかまけていて良いのですかしら?」


 その言葉は、ダイデリアルスにはむしろ挑発と聞こえたようだ。

「こういう時だからこそ、そなたとの絆を結びたいと思ってな」

 ダイデリアルスの手が、レルシェントの胸に伸びた。

「どうだ? 余の妾姫にならんか? 今まで余は面倒を嫌って、妃三名の他は使用人で遊ぶだけに留めてきたのだが、そなたに会って考えが変わった。正式な妾姫の地位をそなたに与えたい。我が子を産めば、その子は王族に数えられるぞ?」

 胸をもみ、腹の感触をすでにものにした女のように楽しむダイデリアルスに、レルシェントは全身に虫が這いまわるような嫌悪感を覚えたが、どうにか恥じ入るような演技で顔を伏せ、やりすごす。

 その「使用人を使っての遊び」で、何十人の子供を無慈悲に産ませ捨てている男への嫌悪感は、母性の神聖さを奉ずる星宝神オルストゥーラの巫女であるレルシェントであるからこそ、並の何倍にも膨れ上がる。


「余のものになれば、そなた個人ばかりか、そなたの属する霊宝族にも便宜を図ってやるぞ? 霊宝族が余の威光にひれ伏し、我がルゼロス王国に恭順するなら、それ相応の扱いをしてやる」

 これは怒るよりこみ上げて来た笑いをこらえねばならないレベルの愚かな発言だった。

 今現在の情けないレベルの龍震族――だけでなく、地上種族は全部当てはまりはするが――の科学力で、かつて以上の魔導科学力を手にしている霊宝族とやり合って、勝てるとでも思っているのだろうか?

 かつて地上種族が一旦でも霊宝族を押し返したのは、当の霊宝族の技術と魔力をかすめ取っていたからだ。

 きっと、この性欲と膨れ上がったプライド、その裏返しの強い者へのへつらい根性が詰まった男の頭の中では、龍震族は世界一偉大で強大、他の種族はこぞって自分の方から媚びへつらいに来るもの、という歪んだ世界が広がっているのであろう。哀れなことである。


「皇太子殿下」

 レルシェントは、嫌悪を抑えて、にっこりと微笑み、ダイデリアルスの手をそっと押さえた。

「あたくしたち、相性占いしてみませんこと?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料