7-6 念話

『いやまあ、何て言うか……はっきり言うわ、太守さん』

 うっそりした声で、イティキラが頭の中に話しかけてきた。

『あんたの父ちゃんと兄ちゃんたち、マジでアタマおかしいわ……ああいう環境で、よく気が狂わなかったね……』

『そう思うであろうな……』

 はぁあ、と溜息の気配が伝わってくるその心の声に、オディラギアスは、苦笑が顔に浮かぶのを抑えるのに苦労した。


 オディラギアスは、久しぶりの王宮の自室に引き上げていた。

 そこそこ、広い、それなりに豪奢な部屋ではある。

 寝室と続き部屋になっている居間、そのソファによりかかり、足乗せ台に足を乗せ、サイドテーブルに紅茶が冷めている。

 一見、色々あったことに疲れて、ぐったりソファによりかかっているように見える。

 少なくとも、監視に付いている衛兵には、そう見えるはずだ。


『皆さん、油断なさらぬよう。しかし、監視の方にはくれぐれも不審をいだかれぬよう、振る舞いには注意なさって』

 緊張を帯びた、レルシェントの声が脳内に響く。

 ルフィーニル王宮でも行った、念話による会話を、レルシェントをハブにして六人全員で行う術を、彼女は行使していた。

 こうすれば王宮の者に気付かれることなく、仲間内で会話ができる。

 脳内会話をしている最中、周りに様子がおかしいことを悟られず、自然に振る舞うにはちょっとした注意が必要だったが、今のところ全員クリアしているようだ。


 父王ローワラクトゥンの不興を買った後、オディラギアスを除く者たちは、危うく牢獄に放り込まれそうになった。

 またかと思ったものの、オディラギアス、そしてその母スリュエルミシェルも「仮にも他国の高貴な身分の方もいらっしゃるのに、そのように扱っては、国の沽券に関わる」と説得した。

 こと「沽券」という概念には弱いローワラクトゥン王は、渋々監視の衛兵付きで、それぞれを幾つもある客間に放り込んだ。

 オディラギアスは、当初の予定通り、監視付きの自室謹慎である。


『しかし、国王陛下は、次にどうして来るかな……初めての事例で、ちょっと読めねえなあ……』

 困惑した様子が滲むのは、ゼーベルの心の声だ。

 それなりの年月を、この悪徳溢れる王宮で生き延びたゼーベルであるが、今回の事態は、国王と権力を握った王子たちにとっては寝耳に水であろうというのは予測がついた。

 それに加えて、そこには巧みに潜り込んでいるであろう、ニレッティアのスパイの影がちらつく。

 その双方の影響を勘案して、王と王子側の行動を読まなくてはならないが、これは実にままならないことだった。


『結局、ニレッティアのスパイが誰かとか、このままじゃ分からないよねえ。て言うか、あの王様、そんな大変なことなのに、ちゃんと認識してるのかなあ?』

 普通、息子にちょっと大概なこと言われたことより、隣の国のトップが、あなたとこにスパイ送ってますよって認めたことの方が大事じゃない? と、マイリーヤの心の声は困惑しきりだ。

『どう考えても、優先順位おかしすぎるよね、あの王様……』


『あの王様には何も期待できないとしてでやすね』

 慎重な心の声は、ジーニック。

『あの、紫色の……グールスデルゼスさん、でやすか、あの方はそうも言ってられないんじゃないでやすか? だって、もしそのスパイが何か目に見えた被害を王族や国体に与えるようなことがあれば、責任問題でやすよね?』


 その問題提起に、オディラギアスは勿論、全員が考え込む気配がした。


『うむ。そもそも、今回の騒動の震源地は、グールスデルゼス兄上だ。どういう方法でか、スパイから我らの行動の情報を得ていたのも、間違いないはずだ。果たしてニレッティアのスパイに躍らされている自覚があるのか、それともないのか……』

 そのどちらかで、対処法は大きく変わるのだが、とオディラギアスは心の中で呻く。

 それを判別する方法は。


『どのみち、そう時間を置かず、何らかの動きがあるはずですわ』

 レルシェントがきっぱり心の声を伝えた。

 やはり、こういうことに慣れているのか、彼女の声が一番明瞭に聞こえる。

『その動きを、監視するのです。恐らく、オディラギアスとジーニックさんの仰る通り、グールスデルゼス殿下が、何もなさらないということはないでしょう。確実に、何か仕掛けて来られるはずですわ』

 具体的に申せば、あたくしたちのうち、誰かに個別に接触を図るでしょう、とレルシェントは予想した。

『可能性があるのは、立場的にあたくしか、ジーニックさんかと思われます。あたくしはメイダルの要人の関係者、そして、ジーニックさんは、なんと申しましても、ニレッティアの政府とも関係のある豪商の御子息ですからね』

 ニレッティア情報局が、ケイエスさんを利用したように、ルゼロス王国として、ジーニックさんを利用しようという考えになっても、おかしくはありませんわ。


 そう言い切ると、ヒェエ、とか細い悲鳴が、ジーニックの心から響いてきた。


『ええっ、どうしよう……困るでやすねえ……うーん。なるたけ情報を吐き出させて、皆さんに相談いたしやすが』

 それでも前向きなジーニックの言葉は、たくましくあった。


『頼むぞ、ジーニック。そなたの交渉術はあてにしている』

 ふと、オディラギアスが心の声の口調を変えた。

『だが……レルシェント。そなたは、気を付けてくれ。それと、もしかしたら、マイリーヤとイティキラも』


 怪訝そうな思念が、女性陣から放たれる。


『あたくしだけではなく? どういうことですの?』

『うん。狙われるのは、レルシェだけじゃない? だってボクたち二人は要人でもなんでもないよ?』

『あたいらを取り込んでルゼロスのスパイにして故郷に送り込めたとしても、向うの政府中枢に接触とか、無理だろ?』


 困惑気味に返される女性陣の言葉に、オディラギアスは、通常だったら盛大な溜息に当たる思念を返した。


『それ以前の問題がある……。この王宮は、女だというだけで極めて危険なのだ。自由を奪われた女、というだけで、おもちゃにしようとする兄弟たちが押し寄せる可能性があるのでな……』


 オディラギアスが恥を忍んで送った心の声に、はっとした気配、のけぞるような気配、かっとした気配がそれぞれ返ってきた。


『やっ……まさか、こんな時にかよ?』

 恐らく声を洩らしそうになるのをこらえたのだろうというイティキラの心の叫びに、オディラギアスは恥じ入る気配を返すしかない。

『こういう時期を好機としか捉えぬほど、愚かなのが私の父と兄弟たちだ。どうか、くれぐれも気を付けてくれ。万が一のことがあったら、戦っても構わぬ。後のことがどうこうと、考えなくても良い。身を守れ』


 ぞっとした気配が押し寄せるのと同時に。

 レルシェントから、はっとした警告の思念が送られてきた。


『誰か、部屋に近付いてきますわ……』


 その心の声に、戦慄が一行の間を駆け抜けた。

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