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  • 第六章 眠る遺跡メロネリと前世の思い出
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6-19 次なる一手

「ふう……ようやく、この村も落ち着いて参りました」

 森の厚い枝葉を抜けて、この遺跡を改造した居住地に届いた日差しの中、ソベルトは丁寧に一行に頭を下げた。

 森からの微風にあおられて、居住区の中央広場にある池の水面に漣が立つ。

 古雅な石造りの街並みは、生気の失せていた少し前と違って、人々の生活の香りが確かに感じられる。

 煙突から立ち上る、果物入りパンを焼く匂い。

 開け放たれた窓の内側で、誰かが薬研やげんで薬草をすりつぶすリズミカルな音が聞こえてくる。

 森と、水と、太陽に暖められた石の匂いがそれをふんわりと包み、独特の安らぎの気配があった。

 そんな、この村特有の「匂い」が、新たに確立されつつある、とある一日。 


 先ほど、この近辺の森から、食料を採りに行く一団が、マイリーヤやイティキラ、ゼーベル、ジーニックと共に、先ほど帰ってきた。

 森鬼に奴隷化されていた過酷な生活の後遺症――栄養失調や精神的な不調、社会的な不安――は、このフォーリューン村で克服されつつあった。

 まだ、完全ではない。

 だが、人々は穏やかさを取り戻し、新たな生活に希望を見出していた。


「大体の方の不調は、何とかなりましたわね。魔法薬の販売ルートも、昨日渡りを付けた、あの街の商人さんで何とかなりそうですし」

 池の際の、石のベンチに座って、レルシェントは、隣のソベルトにそう告げた。

 彼を挟んで反対側には、オディラギアス。


 彼はここ数日で、すっかり元の妖精王のような美しくも威厳ある姿を取り戻していた。

 黒アゲハの翅はきらきら輝き、目は澄んで力強く、肌や髪の色つやもいい。

 衣服も、遺跡の研究所施設で造り上げた布で仕立てた、自然だが上質なもの。

「ありがとうございます、魔法使い殿、オディラギアス殿下。皆さまのお陰で、我らは救われました。この調子なら、前以上の生活を手に入れられます。なんとお礼を申し上げればいいか」


 彼らの背後では、家の者に何かを言いつけられたらしい古魔獣の一種、人工生物のメイド――サーヴァントが、届け物らしい小型の樽を抱えて、数軒向うの家へと向かう。

 その反対側の家では、獣佳族の年配男性が、自分の家の外壁に、遺跡から産出された特製の塗料で、素朴な色と模様を描きつけている。彼のふっさりした銀色の狼の尻尾が、ぱたぱたと揺れて、その平和な作業に喜びを見出していると告げている。


「いい村ですな。これほど短期間で調子を取り戻しつつあるのは、元より村の方々同士が、自然な信頼関係を構築しておられたからだ。もし、人間関係がギスギスした村だとするなら、何か災いに遭った時に、ますます関係がギスギスする」

 その気配が欠片もない。自然に支え合おうという合意が当たり前のようになされているのが、この村の素晴らしいところだ、とオディラギアスは続ける。

「マイリーヤ嬢やイティキラ嬢が、お若いのに信頼できる人格と腕前をお持ちなのは、あなたに育てられ、そしてこの村の空気の中で生きてこられたからですな」


 それに引き換え、我が故郷ときたら。

 内心で、オディラギアスは嘆息する。

 王族という関係を差し引いても、自分が生まれ育った王宮のコミュニティは、酷いものだった。

 自分の実母でもない限り――いや、兄弟姉妹によっては、自分の実母であっても、その間に「信頼」など構築できないのだ。

 何かのきっかけではめられたり、殺されたりする。

 いつもぴりぴりしている王宮内で、ごく一部の例外除き、従属関係の証拠として差し出す以外の思いやりなど期待するべくもなかった。

 ついでに言うなら、王族として第一に考えるべきである、国民の生活については、話題にも上らない、という爛れた王宮ではあった。

「国民を犠牲にする」だの「国民のことを考えていない」だのというセリフは、政治的な勢力争いの時、相手を貶める時限定で用いられる。

 表だって反論しづらい理論だという、その一点だけで使われるのであり、実際にそのセリフを吐いている王族が、国民のことを考えた何かを実行したのは見たことがない。


 そうした空気は、王宮のある王都バウリにも反映され、王都の民心は荒んでいた。

 貧富の格差は広がり、治安は悪く、人々の生活に活気はなかった。

 統治規模の大小、そして権力の大きさを勘案しても、単純に統治者として、ソベルトの方がローワラクトゥン王よりも賢明であろう。


「マイスター・ソベルト」

 不意に、背後から幼い声をかけられて、ソベルトは振り返った。

「マイスター・ソベルト、本日の森からの魔法薬用の薬用植物採取の結果、イモータル・ポーション二本を製造する原料が揃いました」


 そこにいたのは、せいぜい七歳くらいの、可愛らしい女の子だった。

 額に小さな宝珠があり、そして肌が緑がかった白であることから、遺跡に作り出された魔法生物だと判別できる。

 淡い金髪と、金の斑点のある薄緑の瞳のその少女こそ、このメロネリ遺跡の管理AIアバター。その名は。


「ほう……イモータル・ポーションが。御苦労だった、ククル」

 ソベルトは、AIの名前を呼んだ。何か迷う様子だ。

「もし、その材料で他の種類のポーションを作るとすると、どのくらいになるかな?」

「はい、リジェネレーション・ポーションが三十本ほど製造できますが、ご存知の通り、それは昨日出荷したばかりなので、売却利益を上げるという点においては、効果が薄いかと」

「ふむ」

 ソベルトは顎をつまんで考え込んだ。

 少女の姿で理路整然と観測、もしくは確実に推測できる事実だけを述べるAIに、誤魔化すという概念はない。このククルは、この遺跡で暮らす以上、管理者筆頭という地位に置かれたソベルトの、最も頼りになる片腕だった。

「入力いただいたこちらの国家の経済状況から推測いたしますに、リジュネレーション・ポーションを三十本売却した場合に比べ、イモータル・ポーション二本を売却した場合の利益は、百二十倍程度に跳ね上がります」

 むう、とソベルトはまた考え込む。


 イモータル・ポーションは、いわゆる「不治の難病」に属する種類の業病を、一気に回復するという、人類の夢の薬だ。

 例え遺伝性の疾患であろうと、摂取することにより、遺伝子そのものが健康な状態に修復され、限りなく完全に近い体に変化させる。

 副作用として、丸一日ほど眠り続けるというものがあるが、目覚めた時には老人は若返り、以前以上の健康体を手に入れているのだ。

 古文献でわずかに知られただけのポーションであり、数百年に一度といった割合で、天才魔術師が作り出すこともある、といった代物だ。

 ――霊宝族の技術の助けが、ない場合、だが。


「むう……オディラギアス殿下、レルシェント殿下。不躾ながら、アドバイスをいただきたい」

 ソベルトは、ついに二人を振り返った。

「お二人なら、イモータル・ポーションになさいますか? それとも堅実にリジェネレーション・ポーションに……」

「これはもう、イモータル・ポーションでしょうな」

 オディラギアスが断言する。

「まず、一本だけ出荷し、市場の反応を見るのです。メロネリ遺跡から、作り方を記した古文献を入手した、という裏付けをつけるのもお忘れなきよう。恐らく、売れるでしょう。このニレッティア帝国は栄えている。どれだけ金を積んでも、完全な健康体を入手したい病人や老人は、存在するでしょうからな」

「あたくしも、オディラギアスに賛成ですわ」

 レルシェントがそう口を挟んだ。

「それに、帝都にいる時、気になる噂を聞いたのです。女帝陛下の姉妹である侯爵夫人が、重い病だとか……彼女の夫も、女帝陛下御本人も、どうにか治す方策を探しているらしい、と……」

 ひょっとして、あの強引な自分へのアピールは、霊宝族の魔法科学文明を手に入れて、彼女を直す方策を探していたのではないかと、レルシェントは思わないでもない。

「何とか、帝都での販売ルートを確保できれば、確実なのですが……富裕層は帝都に集中していることですし」


 むむむっと、ソベルトが考え込んだところへ。


「……あっしの下の兄貴で良ければ、その薬、託して下さいやせんかい?」

 後ろからこそっと忍び寄り、囁きかけてきたのは、ジーニックだった。

「昨日、下の兄貴のディルアドに、あの森の外の街で出くわしたでやすよ。新たな商売として、薬品類の流通に手を出していやすから。大丈夫、上の兄貴と違ってまともな人でやす。あっしらのことを誰にも話さず、薬品類の取引をしてくれるそうでやすよ!!」


 おお、とオディラギアスがうなずいた。

 ジーニックの兄なら、活動拠点は、当然帝都にあるだろう。

 帝都の富裕層に、直接売り込めるのだ。

 これは、渡りに船。


「……ジーニック殿。お願いできるだろうか?」

 薬用植物を研究所エリアに運び終えて、こっちにやってくるマイリーヤとゼーベル、加えてイティキラを見ながら、ソベルトが要請した。

「……ククル。イモータル・ポーションを二本即座に製造する体制に。出来次第、ロロトの街のジーニック殿の兄上に売却を。彼のお手持ちがないようなら、二本目の代金は一本目が売れてからで良いと」

「承知いたしました。二時間後には出来上がります」

 ククルが、転移魔法を使ってふっと消えた。

 研究所エリアで、製造の準備に入るのだろう。


「ご厚情ありがとうごぜえやす。昼過ぎにはできそうでやすねえ。午後に、持って行って、兄貴に会って掛け合ってみるでやす」

 ジーニックは、商人の本能が刺激されたわくわく顔で、何度もうなずいた。


 そんな動き出す情勢を見ながら。

 レルシェントは、以前の世界の格言、「人間万事塞翁が馬」を思い出していたのだった。

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