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  • 第六章 眠る遺跡メロネリと前世の思い出
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6-17 幻を撃ち抜く弾丸

「ゼーベ……」

 マイリーヤの心臓が、重い音を立てた。

 まるで、自分の心臓じゃないみたいに。


『待ったか? すまねえな』

 自分にはついぞ掛けてくれたことのない、優しく甘い声でゼーベルはそう言って、その白蛇の女性に手を伸ばした。

 その女性は、嬉し気に微笑んでゼーベルの手を取り、自分の白い頬に当てた。

『会いたかった、ゼーベル。毎日でも会いたくて、何だか辛くなってしまうわ』

 その白い蛇魅族女性は、うっとり潤んだ目でゼーベルを見上げた。

 その甘い表情、信頼しきった様子、壁をまるで感じぬ親密さが、マイリーヤを傷つけた。

 名前も知らないその女性が、ゼーベルとどれだけ親密な間柄なのか、そのわずかな言葉と仕草で分かってしまったから。


『もうすぐ、毎日会えるようになるさ……主には、もう話は通してあるし、後は日程の調整と手続きだけだ』


 ゼーベルのその言葉に、マイリーヤは頭を殴られたように感じた。


「主」というのは、確実にオディラギアスだろう。

「もうすぐ毎日会える」……前後の言葉の文脈からして、結婚の届け出くらいしか考えつかない。


 ……ああ、そうか。

 ゼーベルには、あの街に待ってる人がいるんだ。

 ボクなんか、必要ないんだね。

 ボクが頼っていい人なんかじゃ、ないんだよね。


 自分が滂沱と涙を流していることに、マイリーヤは気付いた。


 孤独だ。


 今まで感じたこともないほど、圧倒的に孤独だった。

 この世界に来てから、これほど血肉ごと心をえぐるような孤独を感じたことはなかった。

 辛うじて近いのは、あちらの世界で持ち上がった、自分の家を取り上げられそうだった、あの騒動。


 土地絡みの問題だった。

 立ち退きを迫られ、生活そのものが破壊されるところだった。

 彼女の人生設計も……


 あの時は、まだ家族が彼女を守ろうとしてくれたが。

 この世界では、彼女には、もう誰もいない。

 誰も彼女を必要としていない。

 誰にも頼れない。

 完全に、彼女はあらゆる絆から締め出されていた。


 よく考えれば、おかしいということが分かるだろうが、マイリーヤにその判断力は残っていなかった。

 あの森だっておかしい。

 現実のフォーリューンの森だとは到底思えない。

 そして、このゼーベルと、知らない誰かの幻。

 時系列的におかしいのだ。

 ゼーベルが、主であるオディラギアスに従ってスフェイバ入りしてから、マイリーヤたちに会うまで、二、三日しか経っていない。

 いくらなんでもそんな短期間に、特定の女性との仲がそこまで進展するのは不自然である。

 マイリーヤも、本来そういう状況を知っているはずだった。

 だが、何故か妖精族らしい、回転の速い頭に、その情報が上がってこなくなってしまった。術で記憶を封じられた犠牲者のように、自分に有利な情報に限って忘れてしまっていたのだ。


 それより何より――いつもだったら、何か困ったことが思い浮かんだなら、親友のイティキラや、頼れる年上女性であるレルシェントを頼ろうという考えが浮かぶはずである。

 しかし、何故か、きれいさっぱり彼女たちの存在が、頭から消えていた。

 認識できる範囲が極端に狭くなり――そして、その狭い範囲のことごとくに拒絶されることで、自分が世界の全部から、拒絶され切り離されたようにしか感じなくなっていたのだ。


 残ったのは、圧倒的で抗いようもない、孤独と絶望。


 もう、何もかもいやだ。

 マイリーヤはその場にへたりこんだ。

 光の失せた緑の瞳の先に、相変わらずいちゃついているゼーベルと見知らぬ白い蛇魅族女性の姿が見える。


 もう、自分には何も残っていない。

 今までやってきたことは、何一つ実にならずに砕かれてしまった。

 このまま生きているのと、死ぬのと。

 どっちにしろ同じことだろう。

 事実上、どちらもそう大した違いはないと思える。


 膝を抱えて、へたりこんだまま。

 それから、どうしようと、考える気力もなく――


『ねえ、ゼーベル。あの子、さっきからこっちを見てるけど、知り合い?』


 清流のせせらぎのような涼やかで上品な声が、ふと耳をくすぐった。

 顔を上げると、あの白い蛇の女性が、じっとこちらを見ていた。

 嫌悪感に、端麗な顔を歪めて。

 ゼーベルが振り返る。

 初めて、マイリーヤを見た。

 その顔に浮かんでいるのは、尖った敵愾心。

 なんだお前は、と無言で怒鳴りつけてくる。


 ああ――そうか。

 マイリーヤは思った。

 ここは過去の世界だから、ゼーベルはボクを知らないんだな。


 ……万が一、知っていたら、もっと激しく自分を拒絶したんだろうな。

 あの、女の人の手前。


 内側から湧き上がって来たその思いが、ざくりとマイリーヤの胸をえぐる。


 動く気にもなれなくて、マイリーヤは、じっと近付いてくるゼーベルを見詰めた。


『おい、おめえ。何の用だ』

 露骨にドスを効かせた声で、ゼーベルが唸る。

 記憶にあるゼーベルは、甘い言葉を囁いてくれた記憶こそないが、何かあるとさりげなく気を遣ってくれる人だった。

 最初は気が荒く、怖そうな人だという印象だった。実際には、一旦仲間と認めると、強い友情を元に助けることを厭わない、頼りになる人物だというのがすぐ分かった。

 しかし、そんな自然な思いやりは、今の刺々しいゼーベルからは全く感じ取れない。


『ねえ、ゼーベル。その子、私たちの邪魔をしようとしているわ。怖い。何とかして』

 冷たい嫌悪の滲む声で、白い蛇魅族の女性が声を張り上げる。

『そんな子、いない方がいいわ。ねえ、ゼーベル、周りに誰もいないし』


 そんな言葉をかけられて、ゼーベルがうなずいた。

 背中から、見慣れた紅い太刀を――


 何かの違和感に、マイリーヤは気付いた。


 マイリーヤは銃を、ダウズールを抜き放った。


 構えて、一挙動で撃つ。


 輝く魔力エネルギー弾が吸い込まれていったのは、ゼーベルではなく――彼の背後の、白い女性。

 その小さな形の良い頭が、弾丸に直撃され吹っ飛んだ。


 ゼーベルは止まらない。

 今までの「設定」がその通りなら、将来を誓った女性がいかにも威力のありそうな銃器で吹き飛ばされたのであろうに、振り向くことさえしない。

 ひたすら鬼のような形相のまま、突き進んでくる。


 ――本当に「彼」がゼーベルだったら、こんなことは有り得ない。


「……ゼーベルじゃないんだね、あなたは」

 無表情で、マイリーヤは銃口をゼーベルの姿をした「何か」に向け。

 不意に、にっこりと微笑んだ。

「そこをどいて。本物のゼーベルに、会いに行かなくちゃ」


 輝く巨大な弾丸が、ゼーベルの姿をした「それ」を、呑み込んだ。

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