6-12 再生の拳

「お前なんか……消えちまえーーーー!!」

 イティキラが叫び、その拳が唸った。


 森鬼ボスの分厚い胸板に、まともに吸い込まれた魔導武器による打撃は、強大なエネルギーを解き放つ。


 胸板が積み藁のように無造作に吹っ飛び、屍が転がった。


 その頃には、他の森鬼も、一行の手によって始末されていた。


「むぅ、気分が悪いな」

 ふうっと大きな溜息をついて、オディラギアスが頭を振った。

「みな、大儀ないか?」


「大丈夫ですわ。なるほど、この術で気力を萎えさせて、反抗する意思を奪って集団を乗っ取るのですわね。しかし、術者が死ねば解ける……」

 冷たい目であちこちの屍を見下ろして、レルシェントは呟いた。


「あー、マジで気分悪かったぜ。頭から尻尾の先まで、鉛でも詰め込まれたみてぇだった」

 魔導武器持ちでこれじゃ、一般人はひとたまりもねえな、災難な、とゼーベルが嘆息した。

「あ、俺も大丈夫ですぜ、オディラギアス様。でも、イティキラの奴が……」


 その頃には、へたりこんだイティキラの側に、ジーニックが駆け寄った。

 側にいたマイリーヤに、呆然としているテレルズとミニアの世話を頼み、自分はイティキラの元に近寄る。


「イティキラちゃん。大丈夫でやすよ、もう、あんな奴はいなくなったんでやす」

 そっと囁くと、イティキラが自分が泣いていることにも気づかない顔を上げた。

「……あいつ、あたいが前世で勤めてたことのある、学校の校長なんだ……あの声、間違いないよ……」

「学校の、先生だったでやすか」

 へえ、とジーニックは興味を引かれる。

「……部活で、生徒が突然死したんだ。本当に突然のことで、原因は不明で……本当に突然死としか言えないって、医者には言われたんだけど……校長は、あたいの管理不行き届きだってことにして幕引きを……」

 ジーニックは、しゃがみこんでイティキラの肩を抱き寄せた。

「……それで、転職したんでやすね。でも、もう、そのことは終わったんでやすよ。あいつは、二度と、イティキラちゃんを追って来れないでやす」

 ぽんぽんと肩を叩くと、イティキラはようやく自分の嘆きを自覚したようにしゃくり上げだした。

「あたい……あたい……」

「亡くなった生徒さんには可哀想でやすが、イティキラちゃんのせいではないでやすよ。間違った思い込みは心を歪めるから、絶対ダメでやす。今、イティキラちゃんは、過去を自分の手で砕いたんでやすよ、もう大丈夫でやす」

 火が付いたように泣きだすイティキラの背中を、ジーニックはいつまでもさすっていた。



 ◇ ◆ ◇


 混乱しているのはイティキラではなく、ミニアもテレルズもだった。

 二人を落ち着かせ、被害状況を聞きだす。

 乳児や幼児、年配者や体の弱い者中心に、四十名近くが犠牲になったと聞かされ、一行の気分は暗澹としたものとなる。

 しかし、今はそれを嘆いている場合でもない。

 今、どうにか生きているものを回復させるのが急務だ。


 周囲に完全に森鬼の気配が消えているのを確認すると、一行は、マイリーヤとイティキラ、ジーニック、加えてテレルズとミニアを村人のケアのために残し、森の中に設置した「ソウの庭園」に匿った、数十人の村人を迎えに行くことにした。


「しっかし、あのイティキラが、あんな風にガキみたいにオイオイ泣くなんてな……よっぽど堪えた出来事だったのか。気の毒に……」

 藪を掻き分けつつ、「ソウの庭園」設置場所に向かう途中、ゼーベルがぽつりと呟いた。

「それはそうであろうな。目の前で教え子に死なれているのだ。いくら、理屈の上で自分のせいではないと判明したところで、心情的ににわかに納得できるものではない。人の心とは、そういうものだ」

 オディラギアスは、静かに呟いた。

 寄る辺なく泣き叫ぶイティキラに寄り添う、ジーニックの姿が、安堵と共に思い浮かぶ。

「しかし……これで、過去の亡霊に襲われて撃退したのは、ゼーベルさんにジーニックさん、イティキラの三名になりますわね。この調子でいくなら、残りの三名にも……」

 レルシェントが難しい顔で考え込む。

 この一連の出来事を、どう解釈すべきか、彼女は悩んでいた。

 彼女自身の意思で始めたこの旅だが、様相は彼女が当初思い描いていたものをはるかに超えている。神聖六種族を守護する神々、そして遊戯神ピリエミニエは、一体、どういうつもりでこうした試練を用意しているのか。

 


「おお。何とか迷わずに辿り着いたようだな」

 森の薄闇の中でぼんやり洩れる明かりを目にして、オディラギアスが声を洩らした。

「さて、皆さま、おなかいっぱいに召し上がって下さっておられますかしら?」

「魔法のテーブルクロス」で出した食事を、恥も外聞もない勢いで平らげていく村人を思い出し、レルシェントはくすっと笑ってしまった。

「さて、落ち着かせたら、この庭園を回収して、全員引き連れて遺跡に引き返して、そこで弱ってる連中の手当と、食事の供給を……」

 計画を反芻するゼーベル。「魔法のテーブルクロス」があって、本当に良かった、と今更ながらに安心する。


「ソウの庭園」の中に戻った三人が、中庭奥にあるヴィズンナツメヤシの木の実を一心不乱に食べている若者四人を、見て見ぬふりをするのがその直後。

 村の仲間の元に戻る段になって、風呂に漬かりながら爆睡している獣佳族壮年男性を、甥っ子が二十分ほどもかかってゆすぶり起こす、という珍事が発生したのは、その後であった……。

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