6-3 追憶のひと

「どう? 落ち着いた?」

 何のかんの言いつつ、結局メイダル風のスパイスの効いたチキンライスを腹に収め、ほっとした表情のマイリーヤとイティキラに、レルシェントは声をかけた。


 空間折り畳み型宿泊施設魔導具、「ソウの庭園」の中庭。

 外と連動して、時間帯は夜、きらめく満天の星空が、頭上に広がっている。

 相変わらず、アラビアの宮殿風の典雅な中庭のそこここに、カラフルなランプが取り付けられて、周囲を艶麗に照らし出す。

 石造りの長テーブルの上に、広げられているのは、端にビーズを縫い止められた凝ったテーブルクロス。

「魔法のテーブルクロス」と名付けられたその品は、遠くを旅する旅人だけが使用を許されるという逸品だ。元の世界の昔話のように、広げるだけでその上に御馳走が並ぶという便利この上ないもの。


 一行六人は、テーブルを囲んで座り、食事を共にしていた。

 故郷の惨状に動転していたマイリーヤとイティキラも、とりあえず風呂と暖かい食事で気分が落ち着いたようだ。

 現場の見た目はぎょっとするが、状況からして住人はどこか別な場所で生きている可能性が高い、ということを納得できたことでもあるし。


「ありがと。落ち着いたよ。騒がせてごめん、びっくりしちゃってさ……」

 イティキラが食後の茶を飲みながらそうこぼすと、仲間たちはほっとした想いにかられた。

「無理もないでやんすよ。帰ってみたら実家が燃えてたってんじゃ、どんな豪胆な人だろうと動転するでやすよ……」

 すいっと、イティキラの隣から、ジーニックがバナナクッキーを差し出した。甘いものでも食べて落ち着け、ということらしい。


「でも、みんなを探すってったってさ。目処をどうつければいいんだろ……このフォーリューンの森、むっちゃ広いよ……」

 プリンをむぐむぐやりながら、マイリーヤが難しい顔をした。


 ほぼ全域がメロネリ遺跡の管理区域に入っているフォーリューンの森は、マイリーヤたちのような一部例外を除けば、外部の地上種族も滅多に近付かない。広大な森が、手つかずのまま広がっているのだ。それはすなわち、どこに人間の暮らせる場所があるのかの確認も、できていないということを示している。


「ああ、心配ないわよ」

 レルシェントが軽い笑い声を立てた。

「まっすぐ、メロネリの遺跡に向かえばいいわ。あの遺跡はこの森全体を管理区域にしているのだから、コアルームで思考機械にアクセスして、森の空間全体をサーチすればいいわ。その機能で、地上種族の集団の魔力反応を探せばいいのよ」

 位置情報を検索するようなものよ、私たちの元いた世界で言えば、と付け足すと、マイリーヤは露骨にほっとした顔になった。


「……そんなに簡単なんだ……なんだ、そうかあ……」

 ほうっと息を吐きだすマイリーヤを、隣に座っていたゼーベルがぽんと肩を叩いた。

「ま、人は追い詰められると視野が狭くなるもんだ。視点を変えればやりようはあるって訳よ。明日のために、今日はゆっくり休め。その方が結果は良くなるはずだぜ」

 マイリーヤはうん、と幼い仕草でうなずいた。

「……ありがと。ごめんね、おろおろしちゃって……やっぱり、こういう行動にいまいち慣れてない田舎の平民だから、いざって時に駄目だなあ」


 ほう、と溜息をこぼしたマイリーヤに、オディラギアスは、いや、と否定の声を送った。

「そうでもない。傭兵くずれの野盗の群れから、そなたらはほぼ二人で村を守り抜いたのだろう? 到底、辺境の村娘とは思えぬくらいに、軍事的才覚があるぞ。部下にほしいくらいだ」

 そんな風に言われて、イティキラとマイリーヤは、顔を見合せて照れた笑いを見せた。

「そ、そうかなあ……」

「そうだとも……少なくとも、前の世界での私より数百万倍マシだぞ。私は前の世界で、ちょっとした判断ミスで死んで……いや、殺されているからな」


 ぎょっとした空気が流れた。


「太守様……殺された、とは、その……どういうことなのでしょう? お伺いしてもよろしいですかしら……?」

 レルシェントの声は、いつになく緊迫している。

 死というショッキングな言葉、オディラギアス本人への興味、そして前の世界とこの世界との関連性への疑問。様々なものが彼女の中で渦巻き、言葉となってあふれたのだ。


「ああ」

 オディラギアスは、すっと茶で喉を湿らせてから語り出した。

 レルシェントばかりか、周囲の仲間たちの全員が彼を注視している。


「……ある、夏の日だった。多分、皆が記憶が途絶えているという、その時期と同じだと思う。私は仕事を終えて、家の近くのコンビニに寄っていた」


 オディラギアス本人を除く一行の間に、困惑の視線が飛び交う。

 コンビニと「死」が結びつかない。


「帰って料理する時間もないような深夜だったから、弁当でもと思ったら……コンビニ強盗が入って来てな。あの世界で、実際に人を刺すための刃物を持っている人間を見たのはあれが最初で最後だったな」


 一瞬空気が固まった。


「えええぇぇえええぇえぇぇぇ!?」

「強盗!? マジ!? コンビニ強盗に遭ったの!?」

「うわっ、それじゃあ……そいつに……?」

「俺は聞いてたけどよ……いつ聞いても、この話はぞっとするぜ……」


 青ざめているレルシェントは言葉すらなかった。

 彼女にちょっと気を遣いながら、それでもオディラギアスはきっぱり話した。


「私一人と店員だけだったら、そのまま金を奪わせてカラーボールを投げつけられるのを見物するだけだが、まずいことに、店内にはもう一人客がいた……その店で、深夜にたまに見かける会社員風の若い女性だった」


 あ、と誰かが息を呑んだ。


「そして更にまずいことには、その強盗は何を思ったか、日用品の棚にいたその若い女性を捕まえて、刃物を突き付けようとした……人質にする気だったのだろうな」


 その後のことは、まるで映画のフィルムでも見るように、オディラギアスの中に鮮明に残っている。


「考えるより先に、体が動いた。子供の頃から武道をやっていたのが良かったのか悪かったのか、とにかく、私は強盗に上段蹴りをくらわせて転倒させ、女性から手を離させた」


 強盗は吹っ飛び、刃物を取り落として転倒した。

 二十代半ばほどであろうピンストライプスーツの女性は吊られて転倒したが、「かつてのオディラギアス」は、彼女をすぐに助け起こした。


「がくがくしている彼女を連れて出口に向かわせた。逃げろ、警察を呼んでくれと叫んだような気がしたな。だが、強盗は思っていたよりも奴だったようだ」


 振り返ると、そこに強盗が、刃物を取り戻して般若の形相で迫っていた。


 そこからは、妙に断片的な、そのくせ鮮烈な記憶だ。


 腕を掴まれ。


 胸に冷たい衝撃と共に何かが突き立てられ。


 自分の胸から変な角度で、安物らしいサバイバルナイフの柄が突出しているのを最後に。


 後は、何も、分からなくなった……



「気が付いたら、この世界に『オディラギアス』として生まれていたのだが……レルシェ?」

 オディラギアスは、小さく悲鳴を上げてレルシェントが立ち上がったのを見て、不審の念に駆られた。

「どうしたレル……」


「あなたは……まさか、中原なかはらさん……中原尊なかはらたけるさん?」


 その、数十年ぶりに聞く名前に、オディラギアスは瞠目した

「レルシェ……なぜそれを」

「あたくし……あの時、あのコンビニにいました。助けていただいたのは、あたくしです……!!」

 悲鳴のように、レルシェントが叫んだ。

 大きな蒼い目からぼろぼろと涙がこぼれる。

 いつもの、本当に硬質な宝石のように揺るぎない態度が脆くも崩れた。

 普段からは考えられないほど、感情を剥き出しに、レルシェントは更に叫ぶ。

「あたくしは……前の世界で、細淵美澄さいぶちみすみって言いました……中原さんが刺されるところを見たのに何もできなくて……警察と救急車を呼んだのですが、間に合わなくて……あたくしは、結局あなたのお葬式にっ……!!」


 振り絞るような悲痛な悲鳴と共に、レルシェントは顔を覆った。


「ごめんなさい、あたくしのせいで、ごめんなさい……あなたは、中原さんは、あたくしのせいで命を……ごめんなさい……」

 嗚咽が顔を覆った手の間から洩れた。

 子供のように泣くレルシェに、かつて「中原尊」だったオディラギアスは立ち上がって腕を回し、抱き寄せた。その場に二人でいるように、ぎゅうっと腕に力を込める。


 背中を何度か叩いた。

「……そなたのせいではない。あれはあの強盗のせいだ。そなたを救ったこと、私は後悔していない。だから、そんなに悲しむのはやめてくれ……」


 だが、レルシェントは、今までの超然とした人格が嘘のように、オディラギアスにすがり付き、悲痛な鳴き声を上げ続けた。

 その声から、混乱と悲嘆の極みにあるのが、オディラギアスには推測できた。

 これは、彼女の胸の奥に突き刺さった罪悪感の無残な刃だったのだ。

 その傷口は、いまだに血を流し続けている。


「……レルシェを落ち着かせてくる。みな、後は自由に休んでくれ。作戦会議は明日の朝にしよう」

 レルシェントの肩を抱き寄せたまま、オディラギアスは、中庭に背を向け。

 彼女を伴い、中庭を取り囲む一角にある、自室に入っていった。

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