4-7 全知の石板の行方

「万物に届く御手、天体の支配者よ」

 朗々とした詠唱が、レルシェントの優美な口から紡がれる。

「形あるものをひれ伏させよ。全てを破壊すべし!!!」


 その詠唱の終わりと共に、まるで見えざる巨人の手に押し潰されたかのように、機獣と古魔獣の大群が、ぐしゃりと潰れた。

 機獣の金属が破砕される音、古魔獣の肉体が圧力に耐えかねて破裂する音。

 それは巨大な重力異常の発生だった。

 通常の数十倍の重力が、広範囲に渡って展開され、その場にいた機獣と古魔獣の群れを潰したのだ。

 ごうごうと耳を聾する遺跡の水音を破壊音が一瞬上回った。


「うっしゃあっ!!」

 死屍累々たる遺跡の床を、イティキラが奔った。

 ふらふらの水轟巨人の懐に飛び込む。

「らぁあああぁぁーーーっ!!!」

 輝く籠手と脚甲を装備した、拳が蹴りが唸る。

 凄まじい威力のコンボに、水轟巨人の巨体がひしゃげ、体が折られる。

 格闘武器、「燦爛拳破雷さんらんけんはらい」はただでさえ鋭いイティキラの格闘技の技量を倍加させていた。


 と、いきなり水轟巨人の手にしていた巨大な氷の棍棒が横なぎに薙ぎ払われた。

 苦し紛れの一撃ではあるが、並の人間サイズの数倍はある巨体だ。それなりの威力がある。

 後方で見ていた仲間がはっとするより速く、イティキラは伏せていた。

 獣の下半身の四肢を折って、床に伏せたかと思いきや、次なる一撃に備えて跳び退く。

 つんのめるように進んだ水轟巨人が、再び氷の棍棒を打ち下ろす。

 この生き物、古魔獣に、基本的に「自分の体を心配する」機能はない。

 あるのはただ、「遺跡中枢の命令に従うこと」「遺跡に侵入した異分子を排除すること」というプログラムだけだ。

 したがって、修復が難しいほどのダメージを受けても、目前の「敵」の排除を優先するのである。


 打ち下ろされた棍棒は、イティキラの下半身をかすった。

 金色と黒の毛が舞い、血が滴った。

 だが、イティキラはひるむことなく、神速で棍棒を足場に跳び上がった。

 蒼い巨人の頭上に黄金の獣の影が――


 鈍い破砕音が響いた。


 脚甲で強化された獣の前肢で頭部を砕かれた水轟巨人が、ゆっくりと倒れ込む。

 床に着くや否や、その巨体は大きな水の塊となってぶちまけられた。



「ふうう!! お疲れ様でやんす!! 大分奥まで進みやしたね」

 戻って来たイティキラを、ジーニックがねぎらった。

「機獣からイージャル鋼むしろう!! 水轟巨人の『水魔の核』も忘れずにっ!!」

 マイリーヤがそう口にして、ふと親友の顔に目を留めた。

「ん? どしたの、イティキラ、難しい顔しちゃって?」

 まるで鈍痛でも感じているかのようなイティキラを、マイリーヤは不審げな顔で覗き込む。


 普段のイティキラなら、少し手強いくらいの相手に会ったからと言って怖気づくようなことはない。

 ましてや、戦いそのものに倦む、などということは、この鼻っ柱が毛皮を纏っているような娘には最も遠いことであろう。

 それが分かっているだけに、彼女の古くからの親友マイリーヤは心配になる。

 彼女が憂いを浮かべる何が、ここに存在するのだろう?


「……なんか……ちょっとさっきから引っ掛かってるんだけどさ」

 イティキラが緊張のためか、ふっくらした唇を舐めた。

「どうしたの? 何か気になることでも?」

 先ほどの拳閃に迷いがなかったことから、レルシェントは当たり前のように彼女に司令官役の古魔獣を任せたのだが、どうも自分の知らないところで何かがあったらしいぞと思い至る。

「……うん。なんつーか、魔物どものこととかじゃなくて、この遺跡のことつーか、もっと根本的なことつーか」

 珍しく歯切れの悪いイティキラに、オディラギアスは怪訝そうな目を向けた。

「一体どうした? この遺跡で気付いたことでもあるのか? 何でも話せ、こういう情報共有は大事だ」

 そう促すと、イティキラは思い切ったようにうなずいた。


「あのさ」

 イティキラはぐるりと周囲を見回す。

「……この遺跡にあるはずの、『全知の石板』のことなんだけどさ……」

「この遺跡のどこかに……か」

 何かを悟ったらしく、ゼーベルはイティキラと同じく周囲を見回した。

 複雑な紋様の彫り込まれた、湿った石肌。

「あんのかな、そういや、この遺跡に……なんつーか」

 ゼーベルが言いにくそうにしていると、

「……あの、水轟巨人は今まで出現していなかったのですわね? すると、少し前までは、この遺跡の攻略難易度は、更に低かった」

 レルシェントが、そう言葉を継ぐ。

「……ということは、一般人でも頑張れば入れる程度の遺跡に、神々の秘宝、と呼ばれるようなものが放置してあった、ということになってしまいますわね……」

 いくら何でも、不自然ですわ。

 レルシェントが疑問をはっきりした形にすると、イティキラが大きくうなずいた。

「そう。それが気になってさ……」


 あ、と小さな声を出したのは、マイリーヤ。

「ジーニックのお兄さんのことに気を取られてすっかり忘れてたけど、『全知の石板』。確かに、こんなとこにあるのおかしいね? 普通の人がどしどし素材目当てに潜って来るじゃん?」

 その言葉に全員が互いの顔を見合せた。

 どの顔にも不審の色が隠しようもなく。

「……兄貴のことで頭いっぱいで忘れてたでやすよ。こりゃ、おかしいでやす。まさか」

 ジーニックが、レルシェントを見据えた。

「まさか、スフェイバのあのボクちゃん、あっしらを騙したなんてこたぁ」


 レルシェントは、しかし、きっぱり首を横に振った。

「確かにスフェイバのケケレリゼは、極めて人間的なAIですけれども、そんなに込み入った嘘をつくような機能は、搭載されていないはずですわ」

 ふむ、とオディラギアスが鼻を鳴らす。

「すると、ここにあるのは間違いないのか。解せぬ。あっという間に盗掘されて、持ち出されていそうなものだが」

 ゼーベルが主の言葉を受けて、ジーニックを振り向いた。

「なあ。ニレッティアって、そういうものを遺跡から発掘したとか、そういう記録とか言い伝えとか、何かねえかよ? 誰か、とっくの昔に持ち出したりしてるんじゃねえか?」

 ジーニックはやや顔を青ざめさせて、首を横に振る。

「いえ……一応、我が家の商売に関わりある場所の近在の遺跡の記録や言い伝えにはざっと目を通したでやすが……そんな物凄いものが見つかったなんていう話は、聞いたことも読んだこともないでやす」


 どういうことだ、と、レルシェントは思索を巡らせる。

 ひいき目に見て、こんなセキュリティのゆるい遺跡に、神々から与えられたクラスの秘宝が存在しているとは思えない。

 とっくの昔、地上種族の間では記録も残らないくらいに古い時代に、持ち出されてしまったのか。

 それとも、最初から、ここには「全知の石板」なんてものは存在しないのか。


 ふと、レルシェントは顔を上げた。

「……皆さん、ケケレリゼが『具体的に何と言ったか』は覚えていらっしゃいます?」

 一行は、その言葉の意味を捉えあぐねた。

「具体的に、って……」

 マイリーヤが考え込む。

「ケケレリゼは、『ラグゼイの遺跡に行け』と言いましたわよね? 『ラグゼイの遺跡に「全知の石板」がある』なんて一言も言ってはいなかったですわ」


 あ、と小さな声が複数上がる。


「えっと、どういうことでやしょ? つまりここには存在しなくて……?」

「……スフェイバ遺跡にあったのと同じで、ここにあるのは『全知の石板』のヒントだけ……ってこと、なんじゃねえか……?」

 ジーニックの後をゼーベルが受けた。

「何それー!! 子供の頃林間学校でやったゲームじゃないんだから!!」

 マイリーヤがまさに子供のようにむくれっ面でしゃがみこむ。まあ、そういう反応をしたくなる徒労感であろう。

「……げんなりはするけど……今更やーめたって訳にゃいかないよね……だって、アレとかソレとか、気になり過ぎるよ……」

 イティキラが口にしたのは、現実世界の記憶、そしてそこからやってきたとしか思えない、他の人間が魔物にされていたという事実。

 確かに今更、何もかもなかったことにして元の生活に戻るには、凶悪過ぎる話だ。


「皆さん……」

 レルシェントが何かを言いかけた時。

 コツコツと、何か堅いもので石の床を叩く音が、近付いてきた。

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