4-5 水の遺跡

 どうどうと流れ落ちる水音が、一行の耳を聾する。


「ふう、噂には聞いてたけど、すっごいもんだよね、この『水の遺跡』。あれだけの量の水、どうやってるんだろ?」

 マイリーヤは、湖の岸辺から、その蒼い水の中央、変わった形に突き出た島を見ていた。

 直径1・5デューンほどの大きな湖は、真ん中に台地状に突き出た風変わりな「島」を持つ。

 いや。

 正確に言えば、「島」が作り出したのがこの湖、ラグゼイ湖なのだ。


 台地上の「島」は、巨大な石材を組み合わせて作り出した「神殿」がその正体だ。

 その上方側面、何か所からか、大きな滝のように大量の澄んだ水が流れ落ち、湖に注いでいる。


 かつて霊宝族がこの地上を支配していた「星暦」時代、この湖はこのラグゼイの遺跡によって人工的に生み出された。乾燥したこの地域を、人の住める豊かな土地に改良することが目的だったとされるラグゼイの遺跡は、水の女神の神殿をも兼ねていたとされる。

 確かに、霊宝族のその意図は上手くいった。

 湖の周囲には豊かな植物が繁茂し、湖そのものの水中にも、星暦時代に放されたと言われる食用魚の末裔が泳ぎ回る。

 そもそもこの湖が水源となって、このニレッティア帝国の帝都ルフィーニルを支える豊かなヤーズウェン河が生まれているのだから、ここはある意味帝国の生命線の一つとも言えるのだ。


 ただし、周囲のそれなりの範囲――具体的に言えばかつては霊宝族の居住地があった湖周辺には、他の遺跡同様、機獣と古魔獣の群れが放たれ、近付くものに襲い掛かる。

 ただし、この遺跡の機獣と古魔獣の生産機能は、経年劣化が著しいらしく、他の遺跡と比べて、機獣・古魔獣とも圧倒的に倒しやすいことで知られていた。


「あの水が噴き出している遺跡上階に、水の魔力を固めた魔宝珠が存在するそうよ。それが、無限に大量の水を生み出しているの」

 マイリーヤの隣に立ち、湖がら吹き付けるひんやりした風を味わいながら、レルシェントはそんな風に説明した。

「ふむ。機獣や古魔獣さえいなければ、極めて暮らしやすく、食料生産にも向いているというところか。他の遺跡と全く同じ……惜しいことだ」

 そう言いながら、周囲を見回したのはオディラギアスだ。

 湖の周囲、更に1・5デューンあまり外側に張り出している瑞々しい土地は、霊宝族たちのかつての住居跡である崩れた石造建造物の残骸を含め、深い緑で覆われている。

 住居と反対側の開けた土地を見るにつけ、この辺りがかつては豊かな田園や牧草地だったのであろうと推察される。

 霊宝族はかつての居住地の管理権を未だ手放さず、地上種族がそこに住まうのを拒絶しているのだ。

 オディラギアスは、自分の任地スフェイバを思い出す。

 かの土地も大河に近い肥沃な地であり、もし機獣・古魔獣の災禍を取り除けるなら、一大穀倉地帯になる可能性を秘めている場所である。

 そうした土地をあらかた巻き上げられた地上五種族。

 まあ、自分たちで蒔いた種であるが。

 もし、霊宝族であるレルシェントに願って、遺跡の機能に手を加えられるなら。


「ほらぁ!! しっかりしな!! 兄さんを助けに行くんだろ?」

 ぱん!! と大きな音と声が、オディラギアスを未来への願いから引き戻した。

 ふと横を振り向くと、相変わらず元気ない様子のジーニックの丸まった背中を、イティキラが張り倒していた。

「大丈夫だって、最悪のこと考えちゃうのは分かるけど、少し落ち着きな!! この遺跡の機獣と古魔獣、あたいらの武器なら歯ごたえなさすぎるくらい、普通の武器でも戦えるレベルだって、分かるだろ?」

 ジーニックは、まじまじとイティキラの顔を見て、微かな溜息をついた。

「分かっていやす。ありがとう。でも、兄貴の行動がどうにもヤバく思えて仕方ないんでやすよ……」

「んっ、どゆコト?」

 イティキラは形の良い眉をひそめる。

「……兄貴は、普段は慎重な男でやす。それが、遺跡にたった四人で潜るだなんて、どう考えてもどうかしていたとしか思えないんでやすよ……そんな精神状態で、安全をどこまで気遣ってくれていたのか」

 再び溜息をついたジーニックを、またもやイティキラがひっぱたく。

「突入する時にそれだとしても!! 所詮、兄さんだって、生身の生き物なんだから。強い相手は怖いと思うし、まずいと思ったら逃げるだろ!! いやでも安全は考えなくちゃならなくなるよ!!」

「……そう……で、やすかね……」

「そうだよ!! 身内のあんたが真っ先に諦めてどうすんだ!! とりあえず生きてるって信じな!! じゃないと、探す気にもなれないよ!!」

 イティキラに畳みかけられ、ジーニックは気弱に笑った。

「……ありがとうでやんす。言われてみりゃあ、兄貴って現金な男でやす。確かに中に入ってから方針変えたかもでやんすね。……ちょっと、気が楽になったでやすよ」


 ゼーベルが、するりと近付いてきた。

「さて、やっぱりあの島に渡るにゃあ、あの橋しかないみてえだな」

 赤い太刀で、湖を横切る建造物を、ゼーベルは指し示した。

 恐ろしく古い、石橋である。

 手すりはなく、帝都の幅広い道くらいの広さを持つ石の連なりが、岸辺から遺跡へと伸びている。


「参りましょう」

 レルシェントが、双刀を手にして促した。


 かくして、一行は遺跡内部へと侵入したのだった。

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