4-3 帝都ルフィーニルとマイラー家

 道行く人々の視線が、ちらちらとこちらに注がれる。


 ニレッティア帝国の帝都・ルフィーニルは、ルゼロス王国と比べ物にならないくらいの賑わいで満ちていた。

 石畳の道にはルゼロス王国ではそうそう見かける機会のないガソリン自動車が走回り、歩道を歩く人々の出で立ちは、総じて薄着が好まれるルゼロスとは真逆に、露出を極力抑えたカッチリしたものだ。

 かつての「現実世界」の記憶を持つ六人には、それはさながら古い写真などで見かける「ヴィクトリア朝イギリス」の映像に似ているように思われた。

 ルゼロスの王都バウリでは、王宮とその周辺を取り囲む貴族街にしかないガス灯が、このルフィーニルでは、都の隅々にまで設置されている。

 そもそもそうした「文明的」なものをほとんど見たこともないような僻地の出身であるマイリーヤとイティキラはお上りさん丸出しでいちいち嘆声を上げていたが、目立っているのは実は彼女たちではない。


「……すまんな」

「いえいえ。こればっかりは致し方ねえでやす。コソコソすると、余計目立ちやす、自然に振る舞って下せえ」


 ジーニックに慰められたオディラギアスは溜息をつく。

 街行く人々の視線が主に注がれているのは、並外れた美女かつ際どい衣装のレルシェントより、きらきらした翅の目立つマイリーヤより、華麗な黄金豹の下半身を持つイティキラより、だった。


 このニレッティア帝国は、人間族が中心になって建国した帝国だ。

 しかし、他種族の勢力圏を積極的に吸収征服して作られた結果、かなりの数の異種族をもその支配下に置くことになっていた。

 理の当然として、この帝都ルフィーニルには、それなりの数の異種族が住んでいる。

 街を出歩く民の種族は、確かに人間族が圧倒的に多いものの、それでもそれなりの数の異種族を含んでいる。

 黒アゲハのような妖艶な翅の妖精族、白い狼の毛皮の獣佳族、そして、様々な色彩の鱗を見せる蛇魅族はかなりの数だ。

 その中でも、龍震族というのは極端に少ない。

 龍震族は一般に誇り高く、同じ龍震族以外の支配者に従うのを嫌うと言われている。だからだろうか、今まで一行が歩いてきて見掛けた龍震族は、濃緑の鱗の若い男性が一人だけだったが、その若者はオディラギアスに気付くと、真昼に亡霊でも見たように、まじまじと目を見開いて固まっていた。


 レルシェントの飛空船で、空からニレッティア帝国領入りし、港町ファビウで必要物資を買い込んでから更に飛んで密かに入り込んだ帝都ルフィーニル。

 少し離れた人気ひとけのない荒地に飛空船を着陸させ、普通の旅人を装ってルフィーニル入りした一行である。


 飛空船と出身地は容易に隠しおおせたが、一つ、これだけは隠せないものがった。

 それが、オディラギアスの「姿そのもの」だ。

「純白の鱗を持つ龍震族」というのは、とにもかくにも目立って仕方なかった。

 ただでさえ少ない龍震族、その中でも白い鱗というのは、例え他種族から見てもぎょっとするようなものであるらしい。

 まるで一瞬現実感をなくすほどに奇怪な見た目の魔物でも見たような反応。

 こんな遠くに来てまでこういう扱いなのかと、げんなりした気分のオディラギアスだが、それでも布を被るなりして「姿を誤魔化そう」とは思わない。

 そもそも、大ぶりな角や翼や尻尾など、突出して目立つパーツを持つ龍震族が、衣類の類で外観を隠すのはほぼ不可能だ。「布を被った不審な龍震族」が出来上がるだけである。ある意味、余計に悪目立ちしてしまう。


 それ以前に、龍震族の種族特有の美学として、姿を大きく布で覆って隠すのは、恥ずべきことというものがある。

 龍震族は、持って生まれた恵まれた体格、そこから生まれる戦いの力を愛し誇り、それをなるべく衆目に曝すべき、という信念がある。これは、オディラギアスの内面にも根付いている堅固な観念だ。

 温暖な地域に起源を持つこともあってか、龍震族の衣服は最低限体を覆い、むしろ露出していたり衣類の上からでも窺える部分の美しさを誇るような類のものだ。これは男女ともに同じである。


「御面倒でしょうが、情勢を確かめるまでの御辛抱ですわ」

 後ろから、オディラギアスの耳にレルシェントが囁いた。

「ジーニックさんの仰る通りです。ここまで堂々としている人物が、海を挟んだ隣国の王族だなどと、誰も思わないはずですから」

「そうだな」

 そうでもあろう。

 この世界での王族は、元いた世界での芸能人ではないのだ。たまたま運が良ければ首都の有名どころで見かける、などというものではない。周囲にいる善良なニレッティア帝国国民の誰も、目の前にいる真っ白けの龍震族が、まさか隣国の王族の端くれだなどと思うまい。


 一行が向かったのは、帝都ルフィーニルの中央通りにもほど近い、貴族などとも商いを行う大店が並ぶ一角。

「マイラー商会」の看板が出ている、その石造りの豪勢な商家だった。


「たっだいまー!!」

 意気揚々と、その店舗兼住居に入って行ったのは、ジーニック。

 そのごく自然な足取りや動きから、仲間たちは、その家が間違いなく彼の「実家」なのだと改めて確認する。

 まるで、彼の護衛かお供か何かのような顔をして、さりげなくその後に続いた仲間たちは、内部を見てそれぞれの意味で感心する。

 その建物一階部分、店舗に並んでいるのは、様々な種類の「文明の利器」だった。

 電話機。

 電気灯。

 室内用と屋内用のガス灯。

 奥には、何かの工業工作用の蒸気機関の巨体が展示され。

 それに加えて――カウンター奥には、銃器。

 更には並んで、通電機能を持つらしい、ごつごつした白兵武器が見える。


 客層も、一見して一般人とは思えないような人物が多い。

 技術者らしき者、研究者らしき白衣の人物、そして、明らかに軍人と分かる軍服の一団。

 それぞれの商品区画ごとに設置されたカウンターで話し込んでいる者もいれば、商品を静かに品定めする様子の者もいる。


 ジーニックが姿を見せると、一番年かさらしい、人間族男性の店員の顔色が変わった。走り寄ってくる。

「坊ちゃま。お帰りなさいませ。良いところへ」

「ん? 何だい、セルジャン。何かあったのか?」

 ただならぬ空気を感じて、ジーニックの口調がわずかに緊張の色を帯びた。

「はい――その、後ろの方々は……」

 種族がバラバラの混成部隊がジーニックに付いてきたきたのが気になったのか、その白髪の目立つ男性は怪訝な顔でレルシェントたちに視線を走らせた。


「ああ。ルゼロスに向かう途中で一緒になった人たちだよ。龍震族と蛇魅族の兄さん方は、用心棒でね。女の人たちは、向こうでも行動しやすくするために同行してもらってる、旅芸人の方々さ」

 立て板に水、の口調で、ジーニックは「嘘ではないが100%の真実でもないこと」を口にする。やむを得ないとは言え、身内にこんなことを言わせているのが、微妙に気の引ける一行であったが。

 

「奥に、お家の方に回っていただけますか。旦那様より、もしジーニック坊ちゃんがお戻りになるようなことがあれば、すぐに客間の方に、と」

 緊迫した古株店員の言葉に、ジーニックはいよいよ不審を抱いたようだった。

「どういうことだい? 何かあったってのか?」

「……そちらも旦那様からお話いたします。さあ、ご同行の方々もご一緒に」


 ジーニックはちらりと視線を仲間たちに向けた。

 彼らは一瞬目配せしあってうなずく。

「さ、参りましょう。ジーニックさんのお父様に、ご子息にお世話になっている御礼をしなくては」

 まるで店内の客に聞かせるようにさりげなく。

 レルシェントは快い声で呼びかけ、そして、注意を促す油断のない目配せを、仲間に送ったのであった。

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