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  • 第三章 スフェイバの遺跡と遠き世界の夢
  • 3-2 同じ夢を見る者たち

3-2 同じ夢を見る者たち

 遺跡の巨大な入口から覗き込むと、内部はぼんやり光源不明の薄明りで照らし出され、思ったより真っ暗という訳ではなかった。

 天井は高く、入口からまっすぐ続いている通路の幅は広い。

 その通路の壁面一面に、レルシェント以外には見慣れぬ、不可思議な壁画が彫り付けてあった。

 内部から漂い出てくる空気は、もっと黴臭いものと思われていた予想とは違って、しんとして人気ひとけは感じぬものの、ある程度の空気の循環を伺わせた。


「ええっと……今、喋ったよね、この遺跡……そのもの? つまり、ええと、どうしろって言ったの?」

 今しがた遺跡の発した合成音声の意味が取れなかったらしいマイリーヤが、疑問を口にした。きらきらした翅がぱたぱたと打ち振られる。

「この入口と、同じ仕組みがこの遺跡の別の場所にもあるっていうことよ。多分、複数ね」

 レルシェントは、仄暗い内部を静かに眺めながら、そう応じた。

「そこまで直接出向いて、今みたいにロックを解除する命令を直接しないと、更にその先には進めないっていうことでしょうね……」

「そこまで延々歩けってのか……かなり広いだろ、コレ。岩山丸ごとくりぬいてんだから」

 うんざりしたように、がっちりした額に手を当てるゼーベルに、レルシェントは微かな溜息をついた。

「そんなに簡単に済めばよろしいのですけれど。通常この規模の遺跡は、例え霊宝族と言えども、特別に許可された者でない限り、最深部には侵入できない仕組みになっているものなのですわ」

 まさに夢見るように美しい顔立ちに、現実の憂いを映し、レルシェントは説明を続けた。

「何か特殊なパスワードを知っているとか、遺跡に関わる存在だと、生体認証してもらわない限りは……」


 不意に、オディラギアスが、軽い笑い声を立てた。

「パスワードに生体認証か……久しぶりに聞く言葉だな」


 空気が、一瞬で変わった。


 愕然としたようにオディラギアスを見詰めるのは、レルシェント、マイリーヤ、イティキラの女子三人。加えて、ジーニックまでだ。

 ゼーベルは、まるで極めてまずいやり方で口を滑らせた人物を見るように、主を止めようと手を伸ばした。


「……ちょっと待ちな。何であんたがこういう言葉知ってんだよぉ!!」

 目を白黒させたイティキラが、思わずといったように叫んだ。

「……霊宝族でもないのに、『パスワード』とか『生体認証』を知っている!? 太守さんって何者なの!?」

 マイリーヤから向けられた疑惑と驚愕。

 オディラギアスは――ただ、苦笑した。


「……夢にな、よく出てくるのだ。そういうものが、普通にありふれている世界に、私はかつて生きていた――そんな夢でな。それが、妙に生々しいのだ……」

 武具のような腕を、悠然と組んで、オディラギアスはそう説明した。今や愛用と言える槍を、胴体に立てかけるようにしている。

「こちらからも訊きたいのだが――霊宝族のレルシェはまだ分かるとして、妖精族のマイリーヤと獣佳族のイティキラが、これらの言葉を不自然でなく操っているのは、何故なのだ? まるで前からよく知っている世界から来たかのようだな……私のように」


 ひゅっと、ジーニックが息を呑む音を立てた。

 オディラギアスは、マイリーヤ、イティキラと順繰りに見回していって……レルシェントで目を止めた。

 視線が交錯する。

 答えを求める目と。

 答えを準備した目と。


「失礼ですが、太守様。SNS使?」


 レルシェントが発したその質問は、音も立てぬ爆弾のような効果を全員にもたらした。

 空気が更に変わった。

 オディラギアスが息を呑んでレルシェントを見詰め。

 何かを叫びかけたゼーベルの胸郭が固まり。

 息を吐きだすことを忘れたようなジーニックが、ひたすら音を立てて息を吸い込み。

 まるで奇怪な場所に取り残されたかのように、マイリーヤがおろおろと周囲を見回し。

 詰問でもされたかのようないたたまれぬ表情で、イティキラは立ち尽くし。

 レルシェントは――いっそ挑発的とも言って良いような、そのくせ妙に安らいだ視線を、オディラギアスに注いでいた。


「……二か月ばかり、有名どころをやっていたな。そのうち半分は放置で、半分は流れてくる食べ物の画像を眺めていた気がする――ところで、ただの食べ物の画像を『飯テロ』といって怒っている奴がいたが、あれは何だったのだろうな?」


 世間話でもするような、むしろ彼には珍しい緩い口調で。

 素直に当時感じたことを、今自分たちが知っている言葉に直して述べると、最後の何かが砕け散ったような気がした。


「まさか……皆さんもなんでやすかい!?」

 震える声で叫んだのは、ジーニックだった。今にもへたり込みそうに上半身が揺れている。

? ?」

 ぎょっとして、ゼーベルが振り向いた。

「……おめえもなのか……オディラギアス様と俺だけだと思ってたのに、こりゃあ……」

 男性陣三人の視線が、女性陣三人に向けられた。

 固く閉ざされたものが、絡み合って全貌の見えない結び目が、ほどかれようとしている。


「スマートフォンに、SNS。満員電車に、ネット通販。そんな世界、でしたわよね?」


 レルシェントが、まっすぐにオディラギアスを見詰めると、彼は妙に嬉しそうに破顔した。

「他の三つはともかく、満員電車だけは、二度とごめんこうむりたいものだな。あれがないだけで、この世界は高く評価できるというものだ……そうは思わぬか?」

 これまた珍しくおどけた口調でそう問いかけると、レルシェントは思わず吹き出した。

「全くですわ……東京でしたの?」

「ああ。生まれも育ちもな」


 お互いが、視線を見交わし合った。

 全員が何かを震えながら了解し――それでも、覚悟を決めた。


「遺跡探索の前に、話し合う必要がありそうだな」


 オディラギアスのその言葉に、全員がうなずいた。

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