第三章 スフェイバの遺跡と遠き世界の夢

3-1 快進撃せし探索者たち

 神速で突き出される槍の穂先が、機獣の胴体を貫き、まるで爆薬でも仕込んであったかのように爆砕させた。

 穂先から放出された膨大なエネルギーは、一瞬で強大な鋼の塊を微細な金属片に還元する。

 返す刀で横薙ぎにされた槍が、迫ってきていた二体の機獣の首を一瞬で刈り取った。

 その切断面からも爆炎が上がり、粉砕された機械片が、地獄に降る雪のようにキラキラ光りながら舞った。


 爆砕槍日輪白華ばくさいそうにちりんびゃっかを振るって戦うオディラギアスは、その時世界を破壊する権限を持った魔神のようだった。

 その逞しい脚が踏み込み、輝く甲冑のような腕が槍を振るうたび、機獣や古魔獣は文字通りに粉砕されるのだ。その名称の示す通り、「爆砕槍日輪白華」は穂先から膨大なエネルギーを放出して、触れたものを爆砕する、驚異の魔導武器だったのである。

 恐るべき闘舞のように槍が振るわれるたびに爆炎が上がる様は、さながら太陽表面からプロミネンスが噴き上がる姿を思わせた。

 ひたすら聖なる破壊を繰り返しながら、オディラギアスは突き進んだ。



 ◇ ◆ ◇


 そこは、一般的に「死の野」と呼ばれる、遺跡本体を取り囲む平野部だった。

 このスフェイバの遺跡は、海岸線から1デューンほど内陸の、階段状の岩山をそのまま利用し、内部をくりぬいて作られた巨大な遺跡だ。レルシェントが調べた記録によれば、かつてはこの辺り一帯の霊宝族の植民地を支配していた提督の宮殿として使われていた建物だという。

 遺跡表面の岩肌には、風変わりな彫刻が施されているのが分かる。

 海に向いた入口には、両脇に巨大な蛇の彫刻が斜面に沿って彫り付けられ、開口部が不可思議なエネルギーシールドのようなもので覆われ、何人なんぴとたりとも内部に侵入できないようになっていた。


 遺跡本体のシールドは困難だが、それよりはるか以前に問題になるのが、周囲の「死の野」にうろつく大量の機獣及び古魔獣だった。

 遺跡から無限に生み出され、遺跡本体及びその「支配領域」とされる土地から、霊宝族以外の侵入者を排除する目的で放たれる機獣と古魔獣。

 それらは察知可能範囲に存在する知的生命体が「異種族」と判断するや、問答無用で攻撃を仕掛けてくる。

 それらは、危険に満ちたこの世界に棲息する魔物と比較しても、かなり手強い部類に入る存在だ。武装した護衛士や探索者でも単身で相対するなど自殺行為だし、徒党を組んだとしても、勝てる確率は厳しいものになる。

 更にまずいことには、機獣や古魔獣には個体間で連携する機能が搭載されている。

 要するに、ある個体が侵入者と戦闘行為に入ると、近隣の別個体がそれを察知して、戦闘に参加しようと近付いてくるのだ。

 霊宝族を除く五種族にとってのあまりに手強すぎる天敵、それが機獣と古魔獣だ。


 しかし。

 それはあくまで――「」という、前提条件がつく。



 ◇ ◆ ◇


「うらぁ!! くらえコラァ!!」

 赤い蛇――ゼーベルが、更に血塗られたような深紅の長刀を振るった。

 周囲の空間に、無数の尖った赤い煌きが見えた。

 それが機獣と黒いゲル状の古魔獣の群れに吸い込まれると、途端にそれらの動きが変わった。

 痙攣するような、不規則な動きをし、一瞬跳ね上がった後がしゃりと崩れ落ちる。

 機獣からは酸で溶かしたような臭いが漂い、古魔獣は汚泥のようにどろどろと崩れて液状に変質していく。

 それは、「毒」の魔力だった。

 本来生命体ではないはずの機獣まで、「存在そのものを蝕む力」である高位の毒の魔力のせいで、自らを動かす魔導力を削られ、機能を停止させていく。

 長刀本体で斬られた対象は勿論、広範囲に拡散する魔力斬撃のお陰で、かなりの敵をまとめて倒せる。


 これこそが、ゼーベルがレルシェントの「星償の儀」により授けられた魔導武器。

殷応想牙いんおうそうが」。

 敵の存在を蝕み、生命や疑似生命に様々な異常をもたらす、魔性の太刀。


 ゼーベルは凶暴に笑った。

 その主と合わせるなら、膨大な数の機獣、古魔獣を葬った彼らの周囲にはきらきらした星霊石とわずかな残骸だけが残されている。

 目の前に、大きく、そそり立つ遺跡が見えた。


「さあって、仕上げといきやすぜ!! 先生、よろしくお願いいたしやす!!」

 時代劇の悪徳商人よろしく叫んだのは、ジーニック。

 手の中の、繊細な紋様の走り回る黒い鞭をひゅん!! と振り回すと、その周囲に複雑な魔法陣が展開した。

 そこから、ぬうっと出てくる赤く血塗られた影。

 巨大な炎の間近にいるような圧力と熱量。

 それは、人間の二倍近くある異形の影だった。

 筋肉質でありながら、同時に妖艶な柔らかさを持つ肉体の曲線は、女性のもの。

 露わな肌に、オディラギアスやゼーベルの記憶にある世界なら、きわどい水着めいた面積の少ない衣装を纏っている。

 しかし、その爪、そして首から上は間違いなく獣――雌ライオンのものだ。

 血塗れらた毛皮の雌ライオンの頭部に付いた血走った目が、ぐりりと動いて前を見据えた。

 呼気と共に、ぼうっと白っぽい炎が漏れ出る。

 白々とした牙が、くわっと剥かれた。

 目の前に薄いながらも壁を作っている、機獣と古魔獣が、視界に捉えられた。


 濁流のような、真っ白な炎の吐息が、その雌ライオンの口から吐き出された。

 一瞬のこと。

 機獣と古魔獣で造られた壁は、跡形もなく消え、地面が延々とえぐられていた。

 その太陽のような炎で蒸発させられたのだとは、目の前で見ても信じがたい呆気なさ。


「いやあ!! 流石『破壊なす太陽』!! セクメト先生!! 見事でやんした!!」

 ジーニックはひゅんと鞭を手首で振り回す。

 再び現れた魔法陣の中に、役目は済んだとばかりの師子頭の魔神が、ひょいと飛び込んで消えていった。

「ふう。『香沙布陣鞭こうさふじんべん』。便利でやんすね、流石噂の魔導武器!!」

 ホクホク顔で呟き、ジーニックは、さきほどの炎の吐息が薙ぎ払い、きれいな一本の道のように何もなくなった空間を眺めた。

 その先には、スフェイバの遺跡の偉容。

「さーて。邪魔はなくなったことだし。一気に駆け抜けやしょうかい?」


 促され、オディラギアスはゼーベルにうなずき、ふと背後を振り返った。

「ご覧の通りだ。行くぞ、そなたら」

 そこにいて感心した表情を浮かべているのは、レルシェント、マイリーヤ、イティキラの三人。


 もらった魔導武器の性能を試したい。

 ついては、これで戦い慣れしている三人は、後ろで控えて見ていてくれ。

 レルシェントは、何か武器や召喚獣の使い方に難があったら、指摘してくれ。


 そう告げて、オディラギアス、ゼーベル、ジーニックは、レルシェント、マイリーヤ、イティキラを引き連れる形で、スフェイバ遺跡を取り囲む「死の野」に突入した。


 オディラギアスは、「爆砕槍日輪白華ばくさいそうにちりんびゃっか」。

 ゼーベルは生命をすする妖刀「殷応想牙いんおうそうが」。

 ジーニックは「香沙布陣鞭こうさふじんべん」と、召喚魔神「破壊せし太陽のセクメト」を。

 それぞれレルシェントの「星償の儀」によって授けられたそれらを、彼らはそこで縦横無尽に振るった。


 最初は――嘘みたいだと思った。

 もしかして、あの、街を襲撃した機獣と古魔獣は、何やら種類の違う、特別に強大な個体群だったのか。

 そうではなく、自分たちが魔導武器のお陰でとんでもなく戦闘力を上げているのだと納得するのに、しばしかかった。

 それほど魔導武器を使った戦いは一方的で、オディラギアスたちは草でもむしるようにあっさり敵をなぎ倒してずんずん前に進んだ――今までの五種族が、周辺部以外ほぼ侵入できなかった、その死に満ちた土地を。

 背後に控えてサポートに回る予定のレルシェントたちは、サポートどころかほぼすることがなく、一応魔導武具を構えただけで、ただ彼らに遺跡の入口の方向を指示するだけだった。


「おお。だんすィーズが張り切っておられやがるな」

 イティキラが大きな目をぱちくりさせて、順繰りに三人を眺めた。

「うんうん、分かるよ。突然信じられないくらいに強くなったから、確かめずにはいられないんだよね」

 うんうんと、訳知り顔でうなずくのはマイリーヤ。

「龍震族の太守様は、武器に興味がおありだろうと思っていたけれど、他のお二方もなかなか……」

 レルシェントが言いかけたその時、オディラギアスが笑い声を立てた。

「私が龍震族だから? このようなとんでもない武器をあっさり現出させるようなとんでもない術を極めておいて、そなたが武器に興味がないなどと言わせる気はないぞ? 踊り子のレルシェよ?」

 オディラギアスのレルシェントに対する口調は、以前のものに戻っていた。

『あたくしは、皆さま以外の地上の方に、正体を気取られる訳には参りませんの。ここから先は、あたくしを以前と同様、旅の踊り子のレルシェ、として扱って下さいまし』

 砦を出る時、そう要請されたから、オディラギアスはレルシェントに対する扱いを改めていた。

 出会って声をかけた、あの時のような気安さを感じると、距離が近くなったような気がして、じわじわと悦びがこみ上げてくるが、努めてそれを押し隠す。


「さて、他の機獣と古魔獣が押し寄せて来ねえうちに、参りましょうぜ」

 ゼーベルが周辺を警戒しながら警告する。

 一応周囲に動いて見える機獣や古魔獣は存在していないが、奴らの性質を考えれば油断は禁物。

「そうでやした。さ、このまま一直線でやす!!」

 ぴしりと鞭を鳴らして、ジーニックが前進を促す。


 遺跡の光る入口は、もう目と鼻の先に見えた。



 ◇ ◆ ◇


「私は霊宝族司祭家アジェクルジット家に連なる者、レルシェント・ハウナ・アジェクルジット。管理権限を保持する者として命じます。ただちにロックを解除なさい」


 レルシェントが遺跡の巨大な入口の前に立ち、命じると、入口上部、怪物の顔のように見える部分が青く光を発し、ヴン、と唸った。

 不意に、レルシェントに向かい、何かの光が照射された。


『レベル1ロック解除を承認します。以降のレベルのロックを解除するには、各階層に存在するコンソールより、解除申請を行って下さい』


 その瞬間、恐らくこの世界の住人の大部分には意味の取れない言葉と共に、巨大な入口を塞いでいたエネルギーシールドが、軽い音を残し消えていった。


 実に三千年の間、頑なにその身を閉ざしていた神秘の遺跡は、一人の霊宝族の巫女の前に、あっさりその身を開いたのだ。

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