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第二章 星償の儀

2-1 レルシェント・ハウナ・アジェクルジット

 それは「謁見」ではなく、「会見」という形で行われようとしていた。


 霊宝族由来の武器――レルシェたちは魔導武器まどうぶきと言っていた――を使って街を守り抜き、そして太守たるオディラギアスとその配下の命をも救った「彼女たち」。

 彼女たちとの会合は、一方的に「拝謁を許してやる」形式で行うのは不適当。

 それがオディラギアスの判断であり、レルシェ、マイリーヤ、イティキラへの正当な敬意と謝意を表し方だった。


 かくして、機獣・古魔獣のスフェイバの街襲撃事件の翌日、街を救った三人の女性たちは、太守の砦に招かれた。

 正確に言えば、事情を聴くのを口実に、砦に泊まらせたのであるが。

 翌日、そのまま会見に持ち込むことになった。



 ◇ ◆ ◇


「さて、皆の者。昨日は大儀であった。この地の太守として、心より感謝する」

 そう口にしたオディラギアスの座っているのは、大きな石造りの天板の供えられた会見用テーブルの上座だった。

 オディラギアスから向かって右側に、レルシェ、マイリーヤ、イティキラが並んで座り、彼女たちと向き合う左側に、ゼーベルとジーニックが座していた。

 オディラギアスの背後には、彼の執事、二名の護衛官、そして数人の侍女が控えている。


 そこそこ、広く取られた部屋だった。

 謁見室ほど大仰ではないが、龍震族様式らしい剛毅な装飾の施された重厚な部屋だ。

 窓から明るい光が差し込み、室内に細工されたさんの模様を落としていた。


「いえ。いつも通りのことをいつも通りに行っただけに過ぎませんわ。ご過分な感謝はご無用に」

 レルシェは相変わらず響きの良い滑らかな声でそう告げた。

 どこか、響きが冷ややかだ。

 艶麗な顔に浮かんだ表情は物静かだが、態度全体が、何となくよそよそしい。

 彼女は――そして更に態度の冷たい他の二人も、自分たちとの関係の深まりを望んでいない。

 推測される、彼女たちの目的ならば当然であろう。

 遺跡自体にまるで手出しはできない太守なぞ、遺跡自体が目的の人物にとって、邪魔になりこそすれ、何の役にも立たない。


 しかし。

 それで話が終わったら、オディラギアスに未来はない。


「レルシェ。そなたに昨夜、無礼にも夜伽を迫ったこと、誠に申し訳なく思っている」

 オディラギアスは、龍震族の礼儀に則り、胸に手を当てて頭を下げた。

 深い謝罪の意を伝える仕草。

「だが、どうか、理解してほしい。決して、そなたを侮辱する意図ではなかったということを。私は、そなたの素性が知りたかったのだ――知る必要があった。この地の太守として」

 オディラギアスは、レルシェの目を覗き込んだ。

 夜空に輝く星の残影のような深い青の瞳。

 静かな――だが、そこに何らかの感情の色は読み取れない。


「へえ。謝ったよ、この冷や飯食いさん」

 露骨に嘲るような揶揄がオディラギアスの耳に突き刺さったのは、その時だった。

 顔を上げると、獣佳族の少女・イティキラと目が合う。敵意に煌く目だった。

「噂からするに、身内からいじめられてひねくれて、卑屈が裏返って尊大になってるタイプかと思ったのに。一応頭下げる程度の器はあるんだな。意外ー」

 無遠慮過ぎるその一言に、怒りより先に情けない苦笑が上ってきた。

 何と言われても仕方ないと覚悟はしていたが、ここまで身も蓋もないことを言われると流石にぐさりとくる。同時に、自分の世間で流布しているイメージを再認識させられた。


「イティキラ」

 レルシェが振り向いて、無言で首を横に振る。

 やめなさい、ということらしい。

 気遣いの気配が伝わって、それだけで、オディラギアスは救われるような気がした。


「おい、ふざけんなよてめえ、オディラギアス様がもったいなくも詫びを入れておいでだってのに……」

「わお、立派な腰ぎんちゃくぶり。ボクには真似できないなー」

 わざとらしい驚きで、ゼーベルの発した怒りに水をぶっかけたのは、妖精族のマイリーヤという少女。

 みるみる、ゼーベルの浅黒い顔に朱が上った。


「まあまあ、皆さん、落ち着いて下せえやし。お怒りはごもっともですが、ぶつけ合ったところで、何にもなりやせんよ」

 とりなし顔で、割り込んできたのはジーニック。

「まずはオディラギアス様のお話を聞いて差し上げて下せえ。レルシェ様も、イティキラ様も、マイリーヤ様も、何か目的があられて、このスフェイバにいらしたんでやしょう? 太守であるオディラギアス様を、無視して何か成果がある訳じゃないじゃありやせんか」


 そう言われて――と言うより、同時に行われたレルシェの目配せを受けて、マイリーヤもイティキラも静かになった。

 若い彼女らにしてみれば、レルシェ本人以上にオディラギアスの無礼に怒りを覚えて当然だ。しかし、当のレルシェがもういいのサインを出しているなら、怒りを引っ込めざるを得ないだろう。

 オディラギアスは、目顔でジーニックに礼を言い、次いでまだ収まらぬ様子のゼーベルに、同じく目顔で鎮まるように伝えた。


「……あたくしの素性がお知りになりたくて、ああいった手段に出られた。それは分かりましたわ」

 座が静まると、レルシェはじっとオディラギアスを見詰めた。

 今の騒動で、ある意味気持ちがほぐれたのか、やや態度が柔らかくなっている。

「……隠しておいても、致し方ないでしょう。ただし、このことはこの場にいる方以外に、他言無用になさって下さいまし。よろしいですかしら?」

 静かな、だが有無を言わせぬ威厳を漂わせるレルシェに、オディラギアスは一も二もなくうなずいた。

「今、レルシェの申した通りだ。この場で見たことは一切の他言無用。そなたらも、いいな?」

 背後に並んだ従僕たちにも目をやると、彼らはそれぞれ深々と頭を下げ、承諾の意を伝えた。


 レルシェが、ほっそりした手を持ち上げ。額飾りの鎖に指を回した。

 カシャリと微かな音。

 マイリ-ヤ、イティキラの緊張が伝わってくる。

 輝く鏡銀の、華麗な額飾りが外された時、そこには星層石がそのままの形で煌いていた。

 息を呑む。

 そこにいたのは、伝説にある通り――額に魔力の発生源である大きな宝石を戴いた、美しい種族。

 言い訳のしようもなく、霊宝族である、その姿。


「あたくしは、ご覧の通り、確かに霊宝族ですわ」

 霊宝族である、今の今までレルシェと名乗っていたその女は宣言した。

「名を、レルシェント・ハウナ・アジェクルジットと申します。現在、浮遊群島メイダルを束ねる、イウジニルレース王家とも婚戚関係にある、司祭家アジェクルジット家の次女ですの」


 その高らかな名乗りに、誰もが言葉を失った。

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