第11話【精霊の弓】

 右手が動かない―――。

 どうやら砕けた剣の破片が腕の神経を切断したようだ。

 右足は擦過傷さっかしょうだけだが、左足は大腿だいたい骨が折れている。

 肋骨ろっこつは3本折れた程度で済んだようだ。

 だが吐血しているところ見ると、内臓にダメージがあるのだろう。


「ハーッハッハッハ!! 決着ゥゥゥゥゥ!!」


 ハルファスの高らかな笑い声が聞こえる。

 決着―――。

 そうだな、俺はもう剣を握れない。


「なまくら剣で良くそこまで戦ったものよ、褒めてやろう! しかし―――。」


 燃えさかる炎の剣を、じっくりと眺めながら続ける。


「素晴らしきはこの炎の剣よ! 持つ者に大きな魔力を与えてくれる。この剣さえあれば、もう10年前のような失敗はないだろう・・・。」


 その時だった。

 ハルファスの頭上から大きな影が襲いかかった。


「ぐおおおおおおっ!? 何だこれはっ!?」


 それはテレンスたち重装兵団の3人だった。

 ハルファスの頭と両肩に槍を突き刺している。

 浮遊の魔法で近づき、上空から槍撃そうげきを食らわしたのだ。

 地に降り立ったテレンスが自慢げに吠える。


百三十三式聖槍空爆突セイクリッドランスダイブだ!! 貴様が油断する時を待っていたのだよ!! そーれ、総攻撃だ!!」


 テレンスは指笛を吹いた。

 すると、どこに隠れていたのか、50名ばかりの重装兵団が二重の輪になってハルファスを取り囲んだ。


「我が重装兵団の最大最強の技、貴様に見せてくれるわ!! 皆の者、我に続け!! 二百七十五式聖槍牙突撃アルティメット・チャージ!!」


 内側の輪にいる重装兵たちの槍が白く輝いた。

 次の瞬間、槍は光の軌跡を残しながらハルファスに突き刺さっていた。


「グオオオオオオッ!? くそっ、この槍は!?」


「ワハハハハハッ!! 貴様ら悪魔にとって、我らの聖なる槍ホーリーランスは痛かろう!? しかしまだまだこんなものではないぞ!? よし、第二槍撃!!」


 内側の重装兵たちが離脱すると同時に、外側の重装兵がハルファスに突撃した。

 見事な連携だ。

 ハルファスは避けることも攻撃することもできない。


「どうだルーファス、もうお主の出番はなさそうだな? お主はそこの神官娘にゆっくり介抱してもらうがいい。ワーッハッハ!!」


 テレンスの言葉通り、女性神官が20名ばかりの重装兵に護衛されてやってきた。

 女性神官は俺の怪我けがを見て一瞬青ざめたが、すぐに呪文の詠唱に入った。


「まぁひどい・・・。でもご安心ください、これなら治ります。我が召喚に応じ門を開け来たれ―――。」


 パットが使ったのと同じ高位の治癒魔法だ。

 みるみる傷がふさがっていく。

 これなら数分で完治するだろう。


「若いのに、大したものだな。」


「・・・目の前で父が死にました。私に力が無かったせいなのです。それで・・・。」


「そうだったのか・・・。」


 この魔法が使えるのは、ほんの一握りの神官だけだ。

 彼女はきっと、血がにじむような努力をしたに違いない。

 見れば、アイリスのほうにも神官がたどり着いたようだ。

 きっとすぐに回復するだろう。


「まだまだこんなものではないぞ、ハルファス!! 延々と攻撃し続けるから『アルティメット』なのだ!! 行くぞ、第三槍撃!!」


 だがその時、ハルファスの赤い眼が不気味な光を見せた。

 奴はまだ、大きな力を隠し持っている。

 危険を察知した俺は叫んだ。


「いかん、テレンス!! 奴から離れろ!!」


「何っ!? はっ、まずい!! 総員退避!!」


 重装兵たちは瞬時に回避行動に出た。

 しかし、間に合わなかった。

 ハルファスの奥義が炸裂さくれつしたのだ。


「消えろ雑魚ざこども!! 獄炎旋風爆裂斬ブレイジングトルネード!!」


 ハルファスの周囲に爆発を伴った炎が渦巻き、それが巨大な竜巻を作った。

 爆音と共に、重装兵たちが爆炎に包まれる。

 ある者は鎧を粉々に砕かれ、ある者は手足を吹き飛ばされた。


「ググググ、このハルファスがここまで追い込まれるとは・・・。」


 ハルファスの体には槍撃によって無数の穴が開き、そこから青い血が噴き出していた。

 さしもの悪魔も、聖槍の連撃は堪こたえたようだ。

 とどめを刺したいところだが、我々には戦える戦力がほとんど無い。

 あと少しでも時間が稼げれば、俺とアイリスが復帰できるのだが―――。


「おお、炎の剣よ、我に力を!!」


 ハルファスは炎の剣を大地に突き刺し、呪文を唱え始めた。

 ルイッサが青ざめて叫ぶ。


「いけません、炎の剣で魔力を回復しようとしています! 止めなければ! 魔導士たち、私についてきなさい!」


 ルイッサの意図を理解した俺は、慌ててルイッサを制した。


「待つんだ、ルイッサ! 前衛がいない状態で立ち向かうのは無謀だ! 下がれ!」


「他に手はありません! ルーファス、あなたは回復に集中して!」


 まずい、ハルファスがルイッサたちの接近に気づいたようだ。

 このままでは・・・。

 しかし俺の体はまだ動かない。


 その時、一筋の光がハルファスの右眼に突き刺さった。


「ガアアアアアアアッ!? これは!? 光の矢!?」


 うずたかく積まれた瓦礫の山の上に、銀色に輝く弓を持つ人影があった。


「き、貴様、レスターかっ!?」


 国王レスター・ガーランド、その人であった。

 かつての戦乱で、弓を片手に戦った勇者である。


「久しぶりだな、ハルファス。『精霊の弓』の味を思い出したかね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る