芳香は惑乱する:#17 煙草と空箱

 『紫桐探偵事務所』の一階にある喫茶『ぷらいむナンバ』で、滝沢刑事が捜査状況の進展具合を報告に紫桐兄妹と会っていた。


「例の煙草に該当する可能性がある空箱が、樋口祥子の遺品整理のときに出てきたそうです」


「えっ! でも、それって彼女が吸っていたものかも知れないわよ」


「ええ、慥かに被害者は喫煙者ではあったのですが、職場では煙草は一切吸わなかったようです。それと、被害者の家の流し台の上に置かれてた灰皿に、『フロンティア・スリム・メンソール』という銘柄の煙草の吸い殻と、まだ二本だけしか吸われていない箱が残されていました」

「その煙草は、例の煙草とはまったく違う成分なのね」

「ええ、まったく違います」

「でも、クローブ入りの煙草を、興味本位で彼女自身が買ったとも考えられるわ」


「それなら、空箱というのは怪訝おかしい。愛煙家は愛用して銘柄は、余程のことが無い限り変えることは無い。稀に興味本位で買ったとしても空になるまでは吸わないし、その煙草が気に入って変えたのだとしたら、灰皿に残っていた吸い殻は、その煙草でなければならない。何れにしろ、吸い殻に付着した唾液のDNA鑑定、若しくは指紋鑑定で、残された箱から指紋が採取されれば、すべてが明らかになる」

 翔流が、口にしていたコーヒーカップをコーヒーソーサーに置いて、二人の話に加わる。


「そうです。そのとおりなのです。指紋鑑定の結果、『フロンティア・スリム・メンソール』の箱からは被害者の指紋、吸い殻からは被害者のDNAが採取され、被害者本人の嗜好品であることが確定されました。そして、クローブ入り煙草の空箱からは、被害者の指紋以外に特定不明な指紋が検出されました。現在、関係者の範囲を広げて、協力者指紋の採取を要請しているところです」


「それで、犯人の目途がつくわね。」


「ええ、その煙草は被害者が付き合っていた人物が通常吸っていたものである可能性が大なのです」


「好きな男性が愛用している煙草の空箱を、宝物のように大切に取っておいた彼女の行動が、皮肉にも犯人を特定することに繋がるのね。しかし、彼女が取った行為は、何となく理解できるわ。――それで?」


「それで、それとは別に被害者の勤務先で、その銘柄の煙草を吸っていた人物を洗いなおしたところ、、該当者と思われる人物が二名いることが判明しました」

「えっ、二名? 祥子さんの彼氏がその中に……、で、その二名とはいったい誰と誰なの?」

 翼は、身を乗り出して詰め寄る。


「ええ、まず一人目が、営業部課長の斎藤慎二」


「――で、もう一人は?」


「もう一人は……」


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