芳香は惑乱する:#16 時機と判断

 遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

 何事だろう――と詩織は思った。


 何台かの救急車が目の前を通り過ぎる。

 サイレンが、三条大橋を渡った西対岸の木屋町付近に止まったように思えた。

 詩織がいる場所から鴨川を挟んで丁度対称に位置する付近だ。

 暫くしてパトカーのサイレンも聞こえてきた。


 ――交通事故?

 詩織は直感的にそう思った。


 サイレンを鳴らし、目の前を通り過ぎる数台のパトカー。

 詩織の近くに居た人も、何人かがその方行を見遣る。

 詩織は背伸びをしてその方向を望む。

 対岸の三条大橋の袂では、既に野次馬が現場であろう場所を取り囲んでいるのが確認できた。


 詩織は腕時計に視線を落とし、文字盤の針が指す現実と対峙する。

 時は――既に答えを出していた。


 タイムオーバ――


 詩織は顔を上げて辺りを見渡し、今一度、瀬戸の姿を探してみた。

 しかし、彼の姿は何処にも見出せなかった。

 やはり、自分は愛されていなかったのだ――と詩織は思った。


 その時、彼女の携帯電話が鳴った。


 ――瀬戸さん?


 彼女は、携帯電話に急いで出た。


 しかし、そこから聞こえてきた声は、「もし、よかったら、これから会えないだろうか?」と言う、営業部課長の斎藤慎二からの誘いであった。


 詩織は一瞬躊躇したが、返事をする前にもう一度瀬戸の姿を探してみた。

 やはり彼の姿は何処にも確認できない。

 自然と涙が頬を伝った。

 現実に晒されると、詩織の眼からは止め処なく涙が溢れて来た。


 その時、再び救急車のサイレンが鳴り始めた。

 それに触発されたかのように、彼女は現実と向き合う。


 ――運命とはこういうものかも知れない。


 ――タイミングとディシジョン。


 彼女は、そう納得し、斎藤の誘いを受けた。


 自分だけが、勝手に夢を追い求めていただけなのかも知れない。

 詩織は、そう思いながらハンカチで目頭を拭った。

 そして彼女は歩きだす。

 彼女の眼の前を救急車がサイレンを鳴らして通り過ぎていく。


 ――さようなら。瀬戸さん……。


 現実はいつも人を裏切る。

 自分にお似合いなのは、ただ流れに乗るだけ……。


 その時、彼女の横に止まった車から斎藤が顔を覗かせた。

「やあ、お待たせ。事故か、何かあったのかな?」

 救急車を目で追いながら、斎藤が言う。


「――そうみたいですね」

 詩織は力なくそう言うと、誘われるままに車に乗り込んだ。


「はい、これプレゼント!」

 詩織がシートベルトを装着するのを確認して、斎藤が包みを差し出す。


「えっ! これは……?」


「僕からの、心からのプレゼントだよ」

「いえ、そんなの困ります」

「いいから、いいから」そう言って、斎藤は車を発進させた。


「でも……」詩織が困惑して言う。


「なぁに、別にたいした物じゃ無いから……、開けてみなよ」

 斎藤は前方を凝視したまま笑みを浮かべる。


 詩織は言われるままにラッピングされたプレゼントの包みを開けた。

 

 ――えっ? ペンダント……。


 その時、詩織は何処かで嗅いだような臭いに包まれた――。


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