芳香は惑乱する:#13 香気と逕庭

「えっ? 煙草のニオイ?」

 翼は驚いたように問い質した。


「ええ、それもインドネシア産の煙草だそうで、火を点けると強烈な匂いがするため、人前で吸うのがはばかれるほどだということです」滝沢が答える。


「クレティックかな?」翔琉が、ぽつりと言った。


「えっ? クレティックって何?」

 翼が翔琉の方に顔を向け質問した。


「クローブ入り煙草のことだよ」

 知らない言葉が、また出てきた。翼は、説明になっていないと詰め寄る。


「クローブとはインドネシア東部に多い常緑樹の花のつぼみで、これを乾燥させたものがクローブと言うんだ。日本では、丁子ちょうじと呼ばれているけどね」


「何だ、丁子のことなのかぁ」翼の知っている固有名詞がやっと出てきた。


「クローブは古くから、漢方薬やインド料理、西洋料理の香辛料として利用されてきた。現代でも、カレー、肉料理、製菓、ウスターソース、ミートソース、ケチャップなどに利用されているよ」


「で、そのクローブ入り煙草って、何なの?」


「日本では、『ガラム』という煙草の銘柄が有名だが、専門店でも売っていない物もあるので、はっきりと、これだとは断定できないが……」

 翔琉はそう言うと、ビールを口に運ぶ。


「じゃあ、その煙草の匂いが便箋にうつったって言うの? そんなに強烈な煙草なわけ……?」翼は滝沢の顔を見る。


「どうもそうらしいですね……、いつも煙草を吸っていた部屋に置いてあった便箋を使用して手紙を書いたためにニオイが残っていた可能性があります」


「じゃあ、ストーカの手がかりは、あるってワケだ」

 翔琉が平然とした顔で言う。


「ええ、販売している店が限られていますから、じきにわかると思います」


「その人物と、樋口祥子を殺害した人物は同じだと思うよ」

 翔琉がポツリと言う。


「えっ、どうしてですか?」


「樋口祥子の隣に住んでいるという住人が、嗅いだ匂いだよ」


「ああ、バニラのような匂いがしたと言っていた、あれですか?」


「そう、アレ。グローブは、バニラの様な甘い香りと、清々しく刺激的な芳香が特徴なんだ。兎に角、副煙流が凄い」


「煙草にバニラの匂いがする物があるなんて知らなかったわ」翼が言う。


「他にも、チョコレートやバナナなどの匂いがする煙草もあるよ」

「へえ、まるでお菓子みたい」翼が感心する。


「バニラの香りで有名なのは、ウルグアイ産の『アーク・ロイヤル』、アメリカの『ブラックストーン』や『アロマバンフ』、『ポンポンオペラリトルシガ―』に『ミュリエルスイート』など、たくさんあって、ガラムはサーフ関係の店や、ジャマイカ音楽の会場などに集まる人がよく愛飲している煙草だよ」


 そう言うと翔琉は、「おおぉ、急に煙草が吸いたくなった。ここは喫煙席だったよね」と確認した後、ポケットから愛用の煙草を取り出し、ライタで火を点けた。


 滝沢はテーブルの奥にあった灰皿を取って、翔流の前にそっと差し出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!