芳香は惑乱する:#7 疑惑の手紙

 年が明け――。


 新春初売りセールから今日までの売上げも順調な推移を保っている。

 それに伴い詩織は、部下との親睦や上司やメーカーとの接待のための付き合いが増え、ここのところ帰宅する時間が不規則になっていた。


 マンションの前までたどり着くと、詩織は誰かに見つめられている視線を感じた。


 詩織は矢庭に後ろを振り向く。

 そしてゆっくりと周囲を見渡し、確認する。


 マンション近くの児童公園はシーンと静まり返り、ただ等間隔に点在する常夜灯が怪しく点るだけ。


 詩織は首を捻る。

 気のせいか……、と呟き、エントランスホールに入り、ポストボックスへと向かう。


 そこに、また『S』と書かれただけの手紙が入っていた。


 詩織は、その手紙をカバンに入れると、辺りを一度確認して急いでエレベータに乗った。

 自宅に辿り着くと、早速封を切り便箋を取り出した。


 いつもの香り……。


 しかし、今回の文面は、何かが違っていた。




    君は素敵だ。

    君は僕の天使だ。

    君の声。

    君の笑顔。

    そのすべてが、

    そのすべてが僕を夢中にさせる。

    頭の中は、君の事で一杯だ。

    僕は、いつも君のことを見ているよ。




「えっ?」


 いつも見ている――?


 詩織は、急いで開いていた窓のカーテンを閉じた。

 詩織は、怖くなってきた。


 誰? 誰なの……?


 詩織は、急いで祥子に電話をかけた。

 そして、今までのことをすべて伝えた。

 祥子は、「事情はわかったわ。じゃあ、その手紙と、残っている分といっしょに、すぐにこっちにファックス送って!」と言って一旦電話を切った。

 すべてのファックスの送信が終わったとき、間もなく祥子から電話がかかってきた。


「これマジ? 気持ち悪い奴ね。いくら詩織のファンだからって、これはないわよ。アイドルスターに手紙書くのと訳が違うわ。それに会社の人間だったらこんな回りくどいことはしないわよ。そもそも『S』ってなによ。この『S』っていう人物、無言電話の人物と同じ奴じゃないの? これって、一種のストーカ行為じゃない? そうよ、きっとストーカよ。ええ、わかったわ。とにかく、私のほうでも心当たりを調べてみるわ。それと、部屋にはちゃんと鍵をかけて、誰も入れないようにね。もし、何か変なことがあったら、すぐに警察に連絡するのよ。わかった?」

 そう言って、彼女は通話を切った。


 詩織は、眠れぬ夜を過ごすことになるが、その日は、何事も起こらずに夜は明けた。


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