芳香は惑乱する:#6 意外な展開

 暮れも押し迫り、年末商戦が始まる前の水曜日――。


 株式会社『フォセット』京都地区の忘年会が、祇園の、とある料亭で盛大に執り行われた。

 詩織は、上司に酒を注いで回り、後輩にも気を配った。

 その席上で詩織は、隣に座った『フォセット・駅ビル店』の店長、樋口ひぐち祥子しょうこと仲良くなった。


 祥子とは、月一回の本社での店長会議でよく見かけた。前々から話す機会を狙ってはいたが、今日のこの日まで実現していなかった。

 祥子は詩織の一年先輩で、大阪生まれだと言った。

 彼女のあっけらかんとした性格も手伝ってか、二人はすぐに打ち解けた。


「祥子さんって、変わっていますよね」

「変わってる? 顔が……、かいな?」

「ち、違いますよ。性格というか気性というか……、勿論良い意味で……、ですよ」

「いや、ウチは実際、変人やしな……、良い意味で!」


 モデルのように背が高く、均整の取れた美しいプロポーションもさることながら、思っていることをずばり言う、祥子の明瞭快活な性格が詩織を魅了した。


「そのペンダント――ティファニーですよね?」

 祥子の胸元に光っているペンダントを見て、詩織が羨ましそうに訊く。


「ああ、これね。彼氏からの誕生日プレゼントや。ええやろ。18Kゴールドのアトラス ラウンドのペンダント。 二人のイニシャル入りやで」


「彼氏から……、ですか。そんな高価な物を……。うらやましいです」

 詩織がそう言うと、祥子は少し含羞はにかんでグラスを傾ける。


「祥子さんの彼氏さんってどんな人なんですか?」

「まあ、ひとことでは表現でけへんけど、ちょっと子供っぽいとこがある人かな? それより詩織ちゃんの、彼氏はどんな人やの?」

「いや、私は……、今は、仕事が一番ですから……」

「何、優等生な応えうてんの」

 瀬戸の事が、詩織の脳裏に一瞬横切ったが、この場は話題を変えて誤魔化した。


「なあ、詩織ちゃんの誕生日はいつ?」

「どうしてですか?」

「ウチ、今占いに凝ってんねん。恋愛運、見てあげるさかいに……」

 そう言って、祥子は詩織の誕生日から占いを始めた。


 その日から、祥子には何度か仕事のことから、プライベートなことまで気軽に相談に乗ってもらうことになる。

 詩織にとって本当に頼りになり、そして気の合う姉御肌の先輩である。


 酒が進み盛り上がったところで、二次会のカラオケ店へと、場所を移した。

 そこには、殆んどの社員が出席した。



 ホールのような一室で、それぞれ勝手に席を取った。

 詩織は祥子の隣に座り、烏龍茶をオーダした。


「では、最初に唄って頂く人は……」と、鮫島本部長が一同を見渡し、マイクを渡したのが、営業部の瀬戸であった。

 瀬戸は「えっ?」と言って、マイクを両手で握りしめた。

一同の拍手に押され、恥ずかしそうに舞台に立つと、彼が選曲した歌のイントロが流れ出した。


 突然、祥子が「瀬戸君のほうばかり見て、詩織ちゃん瀬戸君に気があるんやない」と詩織に耳打ちしてきた。


「い、いいえ、そんなんじゃないです」詩織は、慌てて否定する。


「ウチ、瀬戸君とは同じ大学の同じサークル仲間やったんや。よかったら紹介しようか?」と言ってきた。


「えっ、本当ですか……?」

 詩織は、驚いて少し照れくさそうに言った。


「まあ、ウチに任しとき。彼はくちべたでシャイやから……」

 祥子はそう言ってニヤニヤする。


 舞台では、瀬戸がモニタを凝視して熱唱していた。

 詩織は、歌詞カードに目を落としながら、瀬戸の歌声に聴き惚れていた。



「詩織ちゃんが、友達になりたいみたいやでって、瀬戸君に言っといたで」 

 忘年会がお開きになった後の帰りのタクシーの中で、同乗した樋口祥子から突然そう告げられた。


「えっ! 嘘でしょ?」


「ホンマ、ホンマ。瀬戸君、酔ってた顔が急に真剣な顔になって、随分動揺してたわ」

 そう言って笑う。


「困ります。そんなの……」


「何言うてんの。ええ機会やから、今度一緒になれる場でも設けるわ」

 予期せぬ意外な展開に、詩織は戸惑いを感じた。


 事実、その日から一週間もしないうちに、祥子が取り持ち役となって催された交流の席――。

 その席が契機きっかけとなり、瀬戸と詩織の距離は少しずつ狭まっていくこととなった。


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