芳香は惑乱する:#4 高級な芳香

 佐伯販売部長を中心に月に一度本社で行われる店長会議から自店に戻った詩織は、森川から開口一番に鮫島本部長の来訪を告げられた。

 詩織が、バックヤードにあるスタッフルームに這入ると、鮫島が先月の売上集計表を見ていた。


「おはようございます」

レジ台の横のドアを開け、挨拶する。


「おはよう。先月の売り上げだが、なかなか頑張ったね」

「ええ。スタッフみんなのおかげです」


「この調子で行けば、今月も目標を超えそうだ」

 おべんちゃらなのか、本気で言っているのか……、悪い気はしない。


「おかげさまで、ありがとうございます」

 詩織は、微笑みながら礼を言う。


 鮫島は、業務的な質問をし、会話をしばらく続け、

「僕個人としても、この店には思い入れがあるんだ。できる限りの協力は惜しまないつもりだから、何か、僕にできることがあったら遠慮しないで言って欲しいんだ」と、締めの言葉を置いて退店する。



「もしかして……、鮫島本部長――店長に気があるんじゃないですか……?」

 鮫島本部長が帰ったあと、森川がそう言った。


「えっ、まさかぁ……、そんなわけないでしょう。本部長はこの店のオープン時の初代店長をなさってた方よ。だから、きっと思い入れが人一倍あるのよ」


「へぇーそうだったんですか。だから本部長って、服のセンスいいんですね。それに、何かいい香りしません? あれきっと高い香水だと思うんですけど……」


「『ジルスチュアート』か、『ザ・ボディショップ』のどちらかだと思うんだけど、男の人がつけるのって……、わたし的には無しかな」


「匂いによっての好き嫌いってありますものね。でも、やっぱり出世する人って、そう言うところにも気を配っているんですね」


「アパレル関係の仕事だから、余計に――じゃない?」


「そういえば、本部長って、まだ独身でしたよね」

「ええ、そう聞いているけど」


「店長と、お似合いだと思うんだけどなぁ……」

 森川は残念そうに言う。


「なーんだ。森川さんのほうこそ、本部長に気があるみたいに聞こえるわよ」

「えっ、それはないですよ。私には素敵な王子様がいるんですから……」

「へぇー。そんな人がいるの?」

「いえ、憧れの人っていうか……、一方的にっていうか……」


「はい、はい、また今度ゆっくり聞かせてもらうから――。それより、ほら、先月の売り上げ、テナント内でウチの店がトップよ。これも森川さんのおかげよ。今月もいっしょに頑張りましょうね」森川の両手を握って、詩織は言った。


「任しといてください。私のこの満ちあふれた魅力と容姿で、売り上げアップに貢献、貢献!」

 森川は、そう言いながら入店した馴染みの客を見つけて、接客へと向かった。


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