The poltergeist is refracted

騒霊は屈折する:第1話 居酒屋


滝沢たきざわ君、昔の幽霊には、足があったんだよ」

 突然、紫桐しとう翔琉かけるがそんなことを言った。


 京都府警捜査第一課の滝沢正人刑事は、『紫桐探偵事務所』の紫桐翔琉と、行き付けの居酒屋で、テーブルを挟んで向かい合っていた。


「本当ですか……?」

 滝沢は不審気に答えた。


「ああ、今では、幽霊と言えば足がないのが常識になっているが、元禄年間刊行の『お伽はなし』では、幽霊には足がある。その時代は、足のある幽霊が主流だったんだ。それが、一六七三年に描かれた『花山院きさきあらそひ』という浄瑠璃本の挿絵に、足のない幽霊の絵が描かれている。この足のない幽霊の元祖は、円山応挙まるやまおうきょの書いたものだという説もあるそうだが、これは、どうも年代的にみて違うと言える。また、元禄年間の歌舞伎の舞台『四谷怪談』の演出で、幽霊の足を隠して登場したものがルーツだとしている説もある。ただし、一般の庶民にまで定着したのは、文化文政、つまり江戸時代の後期に、歌舞伎役者の尾上松助おのえ まつすけ、後の松緑 しょうろくと、その養子の三代目菊五郎きくごろうが、人魂のふわふわと浮遊するさまにヒントを得て、足のない幽霊を考案したことによるという説もある」

 翔琉はそう言って、生ビールを美味しそうに飲む。

彼が最初に注文する酒の肴は、いつも〝揚げ出し豆腐〟だ。


「じゃあ、それまでは足があったということですか?」

 滝沢は、枝豆を、頬張りながら生ビールを飲む。


「そうだよ。それ以後、幽霊に足がないというイメージが定着したんだよ。つまり、足があるからといって、それが幽霊ではないとは言い切れないんだ」


「そ、そうなんですか……?」


「足音に関する幽霊の話もたくさんあるしね。それに海外の幽霊には、足があるのがほとんどだよ」

「それは、モンスタじゃないのですか?」

「違うよ。モンスタにもゴーストにも足がある。何気なく接していた人が、その時点では、既に亡くなっていた。それを、後になって聞いたり、気付いたりする話なんかは、まさにその証拠だよ。『幽霊の足音』って話もある」

「ええ、そんな話、僕も聞いたことがあります」

「だから、君も知らないうちに、何処かで出会っているかもしれないよ……」

「そ、それはないでしょう……」

 そう言って滝沢は、恐る恐る周囲を見渡した。


「ほらっ!」と、突然、翔琉が叫ぶ。


 ――うえっ!


「お、驚かさないでくださいよ。僕は……、そんなものは、まったく信じていないんですから……」

「へぇ、そうなのかい?」

「ええ、そういうのって胡散臭くって、まったく合理的じゃあないし……、そもそも、幽霊って死者が成仏できずに出てくるわけでしょう? うらめしやぁ……、っていうぐらいですからね」

「まあ、おもてめしやぁ……、とは言わないね」


「…………」


「で、君が信じないという根拠は?」

「例えばですよ。ある人物が殺されたとしますね。その殺された人物は無念のあまり幽霊となって、自分を殺した相手に取りつきます。そして、最後には相手を死に至らしめる……、と、ここまでは、怪談話によくあるストーリィです。しかし、その後です。僕が理不尽だと思うのは。その幽霊に取りつかれ殺された相手も、無念のあまりに自分も幽霊となって、復讐のために自分を殺した幽霊に取りつく。幽霊が幽霊に取りつくわけですが……、そのあとは、どうなるのでしょう? そこが、どうも……、僕には納得がいかないですよ。謂わば、何処まで行っても堂々巡りってことになるでしょう?」


「なるほど、滝沢君、君の発想はユニークだ」と言って、翔琉は大声で笑う。

 滝沢は、思わず店内を一瞥するように見て、周囲の様子を窺った。

 その視線の先に、こちらを向いて失笑している女性店員の顔が一瞬捉えられた。


「ユニークですかね……?」

滝沢は、いかにも心外だとでもいうような表情で訊ねる。

「ああ、そこが君らしくて、素敵なところだよ」

「そうですか……」

 滝沢は、生ビールを一気に飲んで、喜んで良いものかと思案する。


「まあ、君が霊の存在を信じているということがわかったよ」

「え? 今、信じてないと説明したでしょう」滝沢は、怪訝な顔で翔琉を見る。

「ああ、君が信じていないのは、居ないということを……、だね。理不尽だと思うこと事態、そのことを否定していない」


「ああ……、そうですね」

「霊は人の心に宿るものだよ」翔琉は、あっさりと言い切る。

「霊の存在を信じるとか、信じないかは、その人による。見たことがないからと言って実存しないとは言えないし、見たからと言って実存するとも断定できない。体験した現象のすべてが真実だとか、錯覚、幻聴だと、そう簡単に割り切れるものでもない。見える人には見える。見えない人は、まだ見ていないというだけに過ぎないのだよ。存在証明は比較的簡単だが、非在証明はなかなか容易ではないからね」

「そ、そういうものですか?」

 滝沢はジョッキを持ったまま、瞬きを繰り返す。


「まあ、現代の自然科学上の常識としては、幽霊の存在を認めていないがね。物理的に実証できないものは存在しないものときめつける立場だ」

「それでは、最近よく耳にする『都市伝説』というのは、やはり作り話や、デマと捉えていいんですかね?」


「根拠が不明だが、事実に即したものとして口承で伝播する話だね。聞き手が、『もしかしたら……』と半信半疑に興味本位で面白がっている場合がほとんどだ。しかし、真実味が無いからといって、すべて、デマだ作り話だという判断は軽率だよ。都市伝説には、処々に真実の断片が盛り込まれているからこそ真実味があり、興味を注がれる要素を含んでいる。つまり、『都市伝説』と呼ばれるものの中に知られたくない真実を紛れ込ます――という芸当も可能だということだよ。まあ、真実だと明確に解るものを『都市伝説』とは呼ばないけれどね」


「そうですね。解らないから『都市伝説』ですよね」

 滝沢は頷きながらそう言うと、居酒屋の入口付近に視線をやる。


「しかし……、遅いですね」

腕時計を見ながら、滝沢が言った。


「待ち合わせしている君の友人とは、どういう人物なんだい?」

 翔流が、揚げ出し豆腐を頬張りながら言う。


「ええ、僕の高校時代の友人で、現在、大手不動産管理会社に勤めているんですが……」

 滝沢は居酒屋の入口を、もう一度確認した。


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