復讐は転嫁する:第3話 迷走


     ◇


 ――事件発生から一ヶ月余りが過ぎた。


 その間、大型台風が京都、滋賀を直撃し、北陸から日本海へ抜け、温帯低気圧に変わった。京滋では、心配された大きな被害は起きなかった。

 捜査本部では、京都府警刑事部捜査第一課の課長、風間かざま武嗣たけしの指示のもと、御厨みくりや賢二けんじ滝沢たきざわ正人まさとなど数名の刑事が、殺害の可能性もあるということで、幼女消失事件に関する情報をもとに捜査会議を行っていた。


「たくさん情報が集まってきていますが……。近くの公園でよく似た子を目撃したとか、幼女を連れた怪しい男が商店街を歩いていたとかいう、眉唾物っぽい情報がほとんどですね。取り敢えず、すべて裏は取ってはいますが……」御厨が困惑した顔つきで言った。

「まあ、公開捜査とは、そういうものだがね。善意で情報を寄せてくるのだから、それも仕方がない」風間は、そう言って吸っていた煙草を灰皿で消した。

「しかし、悪質な悪戯電話や、わけのわからない内容の情報も数多く寄せられて、かえって捜査は混乱するんじゃあないんですか?」御厨が訊く。

「その中から重要な情報を拾い集めて、形にしていくのが、我々の仕事だよ」

風間が煙草をアルミ製の灰皿に押しつけ、諭すように言う。

「しかし、依然として誘拐犯人側からの接触がないというのは、一体どういうことなんでしょうかね?」

「ああ、それなんだよ。幼児愛目的による誘拐。つまり、この誘拐犯は性的病的性格者の可能性もある」風間が言う。

「所謂、ロリコンというヤツですか?」御厨が言う。

「ああ、その、方向でも捜査は進めている。それより、滝沢君。聞き込み捜査から、何か出てきていないのかい?」

 風間が、二本目の煙草に火を点ける。


「実は、被害者のマンションの同じ階に、つばささんの友人が住んでいるんです」滝沢が告げる。

「えっ? 翼さんって、元警視監の姪っ子の……」風間が、滝沢の顔を見て言う。

 滝沢は頷きながら続ける。

「その翼さんの親友の、森川瞳という女性なんですが、彼女の部屋が、丁度その階のエレベータ乗り場の斜交に位置するんです」

「おお、そうなのか。それで……?」

 風間は煙草の灰を灰皿に落とす。


「ええ、その彼女が言うには、その朝、彼女が新聞受けから朝刊を取ろうとしたとき、ドアの外から『さあ、梓ちゃん。お父さんが一階で待っているわよ……』と言う声が聞こえたそうです。それまでにも二度ばかり同じ内容のことを聞いたことがあったと言います。一度だけ、ゴミを出すために彼女が七階でエレベータを待っていると、その親子と出くわし、彼女が会釈すると、母親が社交辞令でしょうが、『今日はお休みなんですか』と聞いてきたので、『ええ、アパレル関係の仕事をしているもので、私は水曜日が休みなんです』と応えたそうです。その時、丁度エレベータのドアが開いたので、彼女は『お先にどうぞ』と言って、母親と娘に先にエレベータに乗ってもらったそうです。ところが、乗り込むと同時にその母親は、一階のボタンを押すと、すぐにエレベータを降り、『すみません』と後から乗り込んだ彼女に言ったそうです。母親は外から娘に『いってらっしゃい』と言って手を振り、ドアが閉まるまで見送っているだけだったと言います。彼女は、その行動を怪訝に思ったらしいのですが、その娘と一緒にエレベータに乗って一階へと降りる時に、娘に『お名前、梓ちゃんって言うの?』と聞くと、『うん!』と元気な声で返答をし、『お歳は? 何歳?』と尋ねると指を二本立てたそうです。そうこうするうちに一階に着きドアが開くと、そこには男性が待っていて、満面に笑顔を浮かべてその娘を迎えていたそうです。娘から『パパ!』と呼んだので、彼女は、ああ、この男の人が父親なのか……、何か深い事情でもあるのだろうと、それ以上は詮索せずに、その男性に軽く会釈をして、ゴミを捨てに外に出たそうです。そんなことがあったものだから、今回も……、ああ、今日も父親が迎えに来ているのだなぁ……、と思ったそうです」

 滝沢は、そう報告して風間の顔を瞶めた。


 暫くの間沈黙が続いたが、

「そうか……、それでは、そのマンションには、監視カメラは設置されていないのか?」と、風間が言った。

「ええ、何やら住人の大半の意見が、防犯よりプライバシー優先とかで、現状はダミーのカメラと『防犯カメラ作動中』の表示だけを掲げています」

「そうか……、目撃者がいないという状況も捜査が長引いている一因だな……」風間の口から煙草の煙が漏れる。「彼女の証言から推測すると、やはり幼女は、七階から一階までのエレベータ内で誘拐されたことになるなぁ……」

「七階から一階まで間、何処かの階に、止まったということはないんですかね?」御厨が横から尋ねる。

「ええ、母親の美代も父親の正雄も、一階に着くまでは階数表示ランプをずっと見ていたと証言している」滝沢が応える。

「エレベータ内には、誰も乗っていなかったのですかね?」

「それも、母親が一旦中に入って、一階のボタンを押している。その時、確認している」

「それでは、通気口に犯人が隠れていて、そこから……」

「何故、そんなことをしてまで、その娘を誘拐する必要があるんだ?」

「そ、それはそうですが……」

「父親には、娘に対する執着した愛情があります。だから、父親の正雄が嘘を言っているとは考えられませんか?」御厨が思い付きを言う。

「つまり、父親が娘を自分の手にしたいがための、虚言をしたというのかい?」風間が問う。

「ええ、警察に通報したのは父親です。娘を何処かに隠す時間もあったと思うんですが……」そう言って、御厨は二人の顔を交互に見た。

 その時、卓上の電話が鳴り、予想だしなかった連絡がはいった。


「――何っ? 梓ちゃんの遺体が見つかった?」


 京都府北部の山中から山崎美代の娘、梓の遺体が見つかったのは、近畿地方などを暴雨風域に巻き込みながら通過した大型台風の影響で、土砂崩れが起こったためであった。

 ゴミ袋に入れられた小さな遺体は、既に腐敗し、躰の一部からは白い骨が露出していたという。


 事件は最悪の結果を迎えた――。


     ◇


 携帯電話が鳴った。

 起きたばかりで、まだはっきりとしない意識の中で瞳は、充電器にセットしていた携帯を手に取った。


――誰だろう?


 一度目蓋を擦り、瞳はディスプレイに目をやった。

「えっ! 翔琉かけるさん?」


 ――うっそぉ!


 ど、どうして、翔琉さんが……?

 もう一度確認したが、間違いではない。

 瞳は、二度ほど、空咳をして電話に出た。

「もしもし……」

「ああ、朝早く、ごめんね。まだ寝てたかな?」


 ――やっぱり、翔琉さんだ。


「い、いえ、起きてました。しかし、こんなに朝早くどうしたんですか?」

「いや、少し、瞳ちゃんにお願いがあって……」

 そう言った後に、近くまで来ているのだけれど、もし迷惑でなかったら、これからお宅にお邪魔してもいいかな、と続けた。

「ああ、いいですけれど……、えっ! 今すぐですか?」


 ――やばい! まだ、パジャマのままだし……、化粧も。


「いや、瞳ちゃんの都合の良い時間でいいよ。それまで、近くの喫茶店でモーニングコーヒーでも飲んで時間を潰しているから、携帯に電話してくれればいいよ。じゃあ、後で」

 翔琉は、それだけ言うと一方的に電話を切った


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