数学は遊戯する:差/Difference


      ◇ 


本館の吹き抜けのホールで執り行われた打ち上げパーティで、もう一度、新人作曲家マルモ磯田のピアノ演奏で、新人女優の水沢リオナが歌うテーマ曲が披露された。

 その後、マルモ磯田のピアノ演奏によるインストゥルメンタルが会場に流れる。


 歌い終えた水沢リオナが席に着くと、新人作家の田月学とその友人で吟遊詩人のシンジンが駆け寄る。


「試写、観ました。イメージどおりの名演技で感激しました。それより、女優さんでありながら、歌もお上手なのにも吃驚です」と田月。

「あっ、先生。私なんかまだまだですけど、一生懸命にやらせていただきました。ありがとうございます」と謙遜するリオナ。


「彼女は、マルチプレイヤなんですよ。歌も芝居もモデルも熟すマルチアイドルタレントを目指しています」水沢リオナのマネージャの戸倉文孝とくらふみたかが横から口を挟む。


「マルチですか。そいつはいい」

 そう言って、シンジンが莞爾として笑う。


「あのぅ」

 リオナが、そのシンジンに声をかける。


「はい。何でしょう?」

「三つばかり質問して良いですか?」

「どうぞ」


「シンジンと言うお名前は、本名ですか?」

「あなたはどうです?」

「えっ? はい、私は芸名です」

「僕もです」

 二人は顔を見合わせ微笑む。


「それと、吟遊詩人ってどんなお仕事をなされているのですか?」

「詩を歌わない旅人です」

「旅人……?」

「所謂、彼は放浪者ですよ! つい最近、帰国してきたばかりの自由人なんですよ」田月が補足する。


「あっ、はあぁ……?」


「あのぅ、よろしいでしょうか?」

 そこに、水沢リオナにサインの懇願を求め、惣司沙耶香が栗花落つゆり美雪みゆき藤堂とうどうかおるの二人を連れて現れた。


「友人の二人にサインをお願いできませんか?」と惣司沙耶香が用件を切り出す。

「お話を中断させて、誠にどうもすみません」と、栗花落美雪が何度も頭を下げ、シンジンと田月に突然の無礼を謝る。


「あっ、いえいえどうぞ。皆さん、リオンさんのファンなんですよね」とシンジン。

「ええ、薫がどうしてもって……、いえ、もちろん私もそうです」と栗花落美雪


 リオナは、快く二人の申し出を受け、差し出されたノートにサインを書いた。


「わぁ、嬉しい。ありがとうございます。できれば、握手もお願いできますか?」と藤堂薫が感極まった表情を見せる。栗花落美雪は、その後ろで恥ずかしそうに立っていた。


 三人は念願のスターと握手を交わせたことの喜びを隠せぬまま「お邪魔しました」と、シンジンと田月、リオナと戸倉とに、交互に頭をさげてその場を去って行った。


「で、最後の質問は何ですか?」


「ああ、そうでした。あのぅ……、シンジンさんは……、ど、独身ですか?」


 その時、マルモ磯田のピアノ演奏が止んだ。それを機に、当主の惣司彬が、「私はそろそろ退席致すことにしますが、皆さんはどうか納得いくまでご自由に宴を楽しんでください」と言葉を残し、牧野知子の介助で椅子からから車椅子への移乗が行なわれた。


 惣司は家政婦の知子に 「後はいい。君はここにいて皆さんのために出来ることをしてあげなさい」と、自ら電動タイプの車椅子を操作し、エレベータのあるロビィへと向かった。


 惣司彬が退席するのを見送った後、萩本祐樹が知子に、「毎日、介護は大変ですね」と声をかけた。


 知子は「いえ、お仕事ですから……、それに私は介護の経験もありますから」と言った。


 横から、マルモ磯田が「馴れもありますよね」と同意した。

 その横で、出版社の片桐未瑠が首肯うなずく。


 そして、その宴は深夜まで及び、そして、明日の仕事に差し障りがないという数名の者だけが、この惣司家の屋敷に泊まることとなった。


 惣司家の家族とは別に、この夜、屋敷に宿泊した面々は――


 映画監督の萩本祐樹。

 作家の田月学と、その友人で吟遊詩人のシンジン。

 出版社の片桐未瑠。

 女優の水沢リオナと、そのマネージャの戸倉文孝。

 それに、作曲家のマルモ磯田。

 それとは別に、その日は、惣司沙耶香の大学の友人、栗花落美雪と藤堂薫の二人が、夏休を利用して泊りがけで遊びに来ていた。


 ――そして事件は、その翌朝に起こる。


 美雪と薫の二人が、この事件の第一発見者となった。


 ここからの事件の概要は、第一発見者の栗花落美雪の調書を基にして話していきます。


 翌朝、美雪と薫は、三階に割り当てられた二人部屋で眼を覚まし、洗面所で一通りの身嗜みを終えた後、階段から一階のロビィへと降りた。


 階段の横には、彬専用のホームエレベータが設置されていて、これに乗ると四階の彬の部屋まで行くことができる。

 美雪が何気なく見上げたエレベータ上部に設置された表示ランプは、この時無灯の状態であった。


 二人は、早朝の散歩と洒落込み、外に出てみることにした。


 ――外の空気がとてもおいしく、少し肌寒かったという。


 そして、どちらからともなく門の外に出てみようということになり、表門まで行くが、門は硬く閉ざされた状態だったので、仕方なく敷地内を三十分ほど歩き回って(そのとき裏門も閉まっているのを確認)二人は再びロビィに戻った。


 ロビィでは、マルモ磯田が一人でソファに腰掛け、コーヒーを飲みながら朝刊を読んでいた。


「おはようございます。昨夜のソロ演奏、最高でしたよ」と美雪が声をかけると、マルモ磯田は、「ありがとう。しかし、早朝の散歩とは、若いのに二人は早起きだね」と少し驚いたように言った。


 ――そこに家政婦の知子が現れ、二人にもコーヒーを運んでくれたという。

 

その時彼女が、「どなたか今朝早くエレベータをご使用なされましたか?」と三人に訊いてきた。


「いいえ」と、美雪は薫と顔を見合わせる。


 マルモ磯田もそれに合わせて顔を横に振り、「昨日業者が来てエレベータのメンテナンスしていましたが、まだ、どこか調子が悪いのですか?」と訊く。


「いいえ、そうではありません。ただちょっと……」と首を傾げ、その後、「あぁ、私の勘違いかも……」と小さく呟き、「失礼します」と言って後席を外した。


 しばらく三人は一緒に、ロビィのソファに座って、コーヒーを飲みながら雑談をして時間を過ごした。

 そのあと、「私、一度自室に戻る」と薫が言いだしたのをきっかけに、翼も席を立った。


 二人がエレベータの前に来たとき、薫が唐突に、「ねえ、エレベータに乗ってみようか?」と言ってきたので、美雪はすぐに、エレベータ上部の緑色に点灯された『使用可』の表示ランプを仰視し、その下にある階数ランプからそのエレベータが現在四階にあるのを確認した。


 翼は興味本位も手伝って、了解の意味で首肯うなずくと同時ぐらいに、薫は既にボタンに手をかけていた。


 エレベータが動き出し、暫くしてエレベータ内から、ガクンという衝撃音が聞こえた。


「何だろう?」薫が、美雪の顔を見て聞いた。


 美雪は一瞬、エレベータが故障したのではないか――と思ったが、昨日点検したと聞いたばかりのところだったので首を傾げた。しかし、そのあとすぐに、何事もなかったかのようにエレベータは動きだし、そのままゆっくりと一階と下降してきた。


 ――それまで美雪と薫は、ドアの上の階数表示ランプを見ながら到着を待ったと言います。


 そうしてエレベータが無事に、一階に到着した。

 そして、ドアが開く。


 悲鳴――。


 二人が眼にしたのは、血の海と、切断された胴体と首――。


 二人は、顔を背け、ショックのあまり呆然と立ち尽くす。マルモ磯田と知子が何事かと駆けつける。


 エレベータの中で転がっている首の主に、美雪は見覚えがあった。


 その首は――。


 この屋敷の当主、惣司彬のものであった。


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