第二章 客観は主観にある/Objectivity is in the subjectivity

数学は遊戯する:和/Sum


        ◇


 ――京都市の北部、五条の橋の上で武蔵坊弁慶と戦った牛若丸が、武技の修行をしたといわれる鞍馬山の入り口にあたる鞍馬口の、とある屋敷がこの事件の舞台である。


 その屋敷は、西陣で織物業を営む、惣司そうしあきらの屋敷で、彼が生業とする商売とは相反する中世の西洋館をイメージして建てられた四階建ての建物は、コンドル設計ともいわれ、その中央の屋根の上には風見鶏もみえる。


 この屋敷が、来春上映予定のミステリー映画『緑陰りょくいんの怪 ~鞍馬の天狗館殺人事件~』の撮影現場として使用された。

 

 この作品は、新進気鋭のミステリィ作家田月たづきまなぶのデビュー作『緑陰の殺意』が原作本となった。


 この作品の舞台にぴったりだと、映画監督の萩本はぎもと祐樹ゆうきが、自ら惣司彬と交渉をし、資金提供(スポンサー契約)と期限付きで屋敷を借り切るのことができたのが、半年前であった。


 元々、惣司、萩本の二人は大学入学当初からの親友で、ともにミス研に席を置いていた。そういう関係であったため、交渉には、さほど弊害は無かったという。ただ、惣司家の日常生活に支障をきたすことのないようにとの条件提示とそれに伴う配慮を求めた。


 そういう経緯から半年間におよぶ撮影期間を経て、約束どおり一週間前にクランクアップしたのであった。


 惣司家には主人の彬のほか、長男のすぐると長女の沙耶香さやか、そして家政婦の牧野知子まきのともこの四人が住んでいる。


 当主彬は、五年前に妻を助手席に搭乗させた車で、彬の過失による対向車との交通

事故を起こしている。

 被害者側の車を運転していたのは斎藤孝明さいとうたかあきという人物で、その車には斎藤の妻と子供二人も搭乗していた。

 

  被害者とは、その後、保険会社の事故担当者と弁護士が間に入り、示談交渉が成立し、当事者側に多額な保証金や慰謝料が支払われた。

 その事故の一年後、この事故の後遺症かは不明だが被害者側の中の一名が亡くなっている。


 また、この事故により、彬自身も車椅子での生活を強いられる躰となり、妻はその事故で生じた胸部圧迫が原因で、数日後に亡くなっている。


 その後すぐに、この屋敷には車椅子の彬のためにと、ホームエレベーターが設置された。


 その日――。


 映画関係者や招待客を集め、マスコミに対しての、ミステリ映画『緑陰の怪 ~鞍馬の天狗館殺人事件~』の、『完成報告記者会見』と『完成披露試写会』が、この屋敷の別棟にもともと設置されている八十人ほど収容可能なホールに少しばかり手を加えた、即席会場にて執り行われた。


 その後、テレビ各局、雑誌社の芸能関係の記者やレポータが見守る中、監督を筆頭に出演出演者の面々が順番に挨拶で幕は開き、レポータからのインタビューとお馴染みの光景が一通りあった。


 記者会見も終盤を迎え一同が見守る中で、この映画のテーマ曲を作曲した新人作曲家のマルモ磯田いそたのピアノ演奏で、ヒロイン役を演じた新人女優の水沢みずさわリオナが挿入歌を披露し、最後に、萩本監督による簡単な締めの挨拶で記者会見は滞りなく終了した。


 終了宣言を機に、早々に報道機材は撤去され、マスコミ関係の面々が屋敷から退去していった。


 その席上、司会者から新作映画のヒットを祈願して映画関係者のみの打ち上げパーティなる宴を、一時間ほど後に、本館の吹き抜けのホールで催す、との告知があった。当主彬の粋な計らいによるものであった。


 取り敢えず、仕事の都合上どうしても残れないという関係者の一部や、一旦その場を離れるといった面々は早々に引き上げて行った。

 残った連中は、打ち上げパーティが始まるまでの休憩時間を、軽い飲み物を手に応接間や庭園にて各々自由に過ごすこととなった。


 家政婦の牧野知子の話では、打ち上げパーティのために雇った業者や料理人が準備を進めているこの休憩時間を利用して、ここ二日ほど調子が悪く、記者会見が始まる前に使用禁止にしていたホームエレベータの点検作業が行われたという。

 この時、メンテナンスのために契約しているエレベーター保守管理会社の作業員二名が訪れ、機械室に入って、点検、グリスアップ、清掃、調整するとともに、 消耗品(かご内蛍光管、押しボタンスイッチ、パイロットランプなど)の交換をした。

 打ち上げパーティが始まるころには、すべての点検が終わり無事にメンテナンスは完了した。

 頃合いを見計らって、パーティ会場の準備が整ったことを告げにその場に行った彼女は、『これで当主の朝食を運ぶのに苦労しないで済む』と、集まっていた連中の笑いを誘ったという。


 そして、告知どおりに打ち上げパーティが、本館の吹き抜けのホールで盛大に執り行われた。


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