滋賀2

素数は無限にある:滋賀2-1


     1


 翼が、部屋に戻り一時間ほど経った時、廊下のほうで人の騒ぎ声が聞こえた。

 ドアを開けると、隣の部屋から同じように蘭が顔を覗かせていた。


「何があったの?」翼が聞く。

「いや、ようわからへん……」蘭が小声で言う。


 階段の向こう側にある部屋の前に、数人の人が集まって騒いでいる。

 翼は、その部屋に駆けつける。


「どうしたの?」

 部屋の前に居た綾音に声をかける。


「ああ、翼。何か変なの」

 翼の背後からは、岡田蘭と森川瞳がついて来ていた。


「この部屋には誰が?」

『204』のプレートが付けられている部屋の前に立ち、翼が尋ねる。

「郁子さん」ドアノブを左右に回しながら、綾音が短く答える。


 綾音の横には、父親の正明と広中数馬。その後ろに吉田峰子と仲井知乃がいた。望月は酔いつぶれて、リビングで眠っているらしい。


「いくら呼びかけても、郁子さんから返答がないの。部屋には鍵が掛けられたままだし、内線に電話をしても音沙汰がないの、もし何かがあったら大変だと思って……」

「シャワーでも使っていて、聞こえないのでは?」

 瞳が、自分もよくあるから、と付け加えて言う。


「郁子さん、郁子さん!」翼がドアを叩いて叫ぶ。

 そこに山本夫婦が、マスターキーを持って現れる。

 正明がその鍵を受け取り、部屋のドアを開けた。


 翼と綾音は、正明の後について部屋に入る。

 窓にはシェードが下ろされ、室内は薄暗く、様子がわかりにくい。

 正明が部屋の灯りを点ける。

 ドアの外から他の連中が覗き込む。


「あっ!」綾音が声を上げる。

 同時に翼の眼に飛び込んできたのは、床の上に仰向けになって倒れている郁子の姿だった。


「郁子さん!」綾音よりも早く、翼が郁子の傍に行く。

 翼は、彼女の手首に手を添えて脈搏を確認した。


「死んでいる……」翼が告げる。


「何っ? 死んでいるって?」背後から、正明が駆け寄る。

「い、郁子……」

 そう呟いた後、正明は郁子の姿を見下ろし、ただ眼を見開いたまま呆然と立ち尽くす。


 正明の背後から綾音が、覗き込んでは悲鳴を上げる。

 峰子が死体を見た後、口を押さえて廊下に飛び出す。

 瞳と、蘭も口を押さえて黙りこんでいる。


 その時、廊下から、「あっ、知乃!」と峰子の叫び声。知乃が倒れたとみんなに告げる。

 瞳と蘭が、廊下に飛び出て、広中に抱えられている知乃を確認すると「大丈夫。ただ気を失って倒れたみたい」と言った。

 みんなが、ホッとしたのも束の間。


「誰か、警察に電話を!」翼が叫ぶ。

「OK!」廊下に出ていた蘭が、元気よく返事をする。


 広中は知乃を抱きかかえて、彼女を隣の『205』号室まで運んで行った。


 翼は、落ち着いていて室内の様子と、遺体の状態を観察した。

 テーブルの上には、空になったコップと、『Erimin』と書かれた真っ赤なパッケージが無造作に置かれ、投げ出された郁子の左手の中には、部屋の鍵が握られているのを見た。


 そして、その中指には指輪が……。


 翼は、すぐに兄に連絡を取った。


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