双数は対偶にある:対偶 -5


      5


 ――三日後、『紫桐探偵事務所』に滝沢がやって来た。


「えっ? 小川優子の死体が見つかった……?」

 翼は、口を大きく開けたまま滝沢を見詰めた。


「ええ、大山崎の家で発見されたのですが……、死後二、三日経ってしていました。薬物を大量に摂取したことによる自殺です。それともう一体、優子と手を繋いだような状態で遺体が発見されました。その遺体のほうは、死後三ヶ月ほど経過しているということです」


「その死体は……、誰だったの?」翼が詰め寄る。


「もう一体の遺体のほうは、DNA鑑定の結果、妹の裕子だと判明しました。遺体は、布団に綺麗に化粧された状態で寝かされ、部屋にはエアコンが稼働していて、良い条件が重なったのでしょうか、優子が常に遺体に気を使っていたのでしょうか、ともかく白骨化した部分が最小限の状態でした。それと、その遺体が、妊娠していた事実も判明しました」


「えっ、妊娠していた……? それで、裕子の死因は?」翼が質問する。


「ええ、自殺だと思われます。彼女の場合は、首を吊っての頸動脈洞圧迫による縊死です」


「えっ? 三ヶ月前に裕子が自殺していた……? じゃあ、裕子になっていたのは優子だったというわけ? それだと、妹が亡くなったときから優子は、姉と妹との二人の人格を使い分け、二重生活をしていたというのね」


「それと、現場には彼女の日記がありました」


「日記?」翼が興味ありそうに眼を見開く。


「ええ、裕子は半年前、帰宅途中、車に乗った中嶋に声をかけられ、突然、クロロホルムを滲み込ませたハンカチで口を塞がれて気を失った。そして、その後強姦されたと書かれています。彼女の胎児のDNAから、それが中嶋の子だと判明しました」


「胎児のDNAから、父親が特定できるの?」


「ええ、子のDNAは、父と母から一対ずつ受け継がれるため、それを利用し親子鑑定を行ないます。現在、用いられている検査の方法は、DNAの塩基配列そのものではなく、四塩基を一単位とする繰り返し数を持つ部位、つまりDNA多型領域を検査します……」


「ふーん、よくわからないけれど。それで?」


「ええ、日記によると、強姦され気がついたとき裕子は、ショックと頭痛で、自分が今、何処にいるのかもわからない状態だったようです。ある日、裕子は自分が妊娠していることを知りました。その後、裕子は自殺を計ったようです。一方、姉の優子は、三ヶ月前に京都に出て来ると大山崎の家に向かいました。そこで、妹の裕子の遺体と日記を見つけました。そのショックから、優子の中に裕子という人格が住みついたのだと思われます。日記はそこから、筆跡が変わります」


「筆跡が変わる?」


「ええ、裕子の人格になった優子は、強姦した相手を探したのだと思います。そして裕子を強姦したのが中嶋だと確信したところで、裕子の人格のまま優子は中嶋に近づきました。中嶋のほうは、いくら双子だといっても髪型も化粧も違う優子の顔を見たとき、何処かで見たことのある女性だなあ……、とそれぐらいにしか思わなかったのでしょう、気づかなかったようです。それより、美人の彼女が自ら自分に言い寄って来たことに、有頂天になって友人に紹介した思われます。優子は中嶋の彼女になって、一体何をしようとしていたのでしょう?」


 滝沢の話は、溜息の中で終えた。


「やっぱり、優子は妹の復讐のために中嶋に近づいたのかも……」

 翼が力無く呟いた。「あーあ、でも、結局犯人は森下と言うことだったのね」


「ええ、二人とも自供しました。翔琉さんの推理で大筋は合っていました」


「優子と裕子は一心同体だったのね。まあ、どちらがどちらでも、結末は同じだったのかも知れないわね……」


「そうですね……。あっ、それと、事件があった日ですが、偶然にも星座で言うと、〝ふたご座の最後の日〟だったんです」


「えっ、そうなの……」


 それまで机に向かって、何やら書類らしきものを書いていた翔琉が、「優秀の『優』、裕福の『裕』――どちらも『ユウ』とも『ヒロ』とも読めるよね」と呟くように吐いた。


「えっ? まさか……、二人の名前は同じ〝よみ〟だったの?」翼が眼を見開いて滝沢に詰め寄る。


「ええ、僕も初めて知りましたが、戸籍の『名』には、読み方は含まれませんし、記載もされません。名前の読み方は、公に登録されないのです。住民票に便宜上、事務上読み方をふっている自治体はありますが、それも名前の読み方を証明するものではありません。なので、同じ〝よみ〟でも戸籍には何の関係もないため、命名することができるのです。しかし、実際には、日常的にややこしいと思ったのでしょうか、便宜上、妹は『ヒロコ』、姉は『ユウコ』と呼んで言い分けていたみたいですね。住民票では、どちらも『ヒロコ』と記載されていました。ただ……」

 滝沢の言葉を翔琉が、後を引き継いで言う。


「果たして、本当に彼女が、姉なのか、それとも妹なのかは、現時点ではわからないと言うのだね。まあ、今となっては、どちらがどちらなのかは関係無いがね。それに……、たしか、一卵性双生児の場合、互いの手相は違っていても、DNAは一緒の場合がほとんどだというしね」


「えっ、じゃあ白骨化した遺体が、裕子でない可能性もあるわね」

 翼は、翔琉を見遣ったまま返答を待つ。


「ああ、しかし僕は、中嶋を殺害したのは、やっぱり裕子だと思うよ。双数は対偶にある」そう言って、翔琉は書類に眼を落とす。


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