双数は対偶にある:対偶 -2


      2


 大山崎町は、京都府の南部。大阪府との境に位置する町だ。

 一五八一年、豊臣秀吉が、明智光秀を討伐した山崎の戦の舞台があったところだ。


 翼は、阪急電鉄京都線の大山崎駅で降りた。ホームから遠くに天王山が見える。

 左側に眼を移すと、そのふもとに大手洋酒メーカの工場が建っていた。


 駅を出て翼は、依頼書の住所を頼りにその場所を探した。

 三十分ほど探し回って、漸く目的の家に辿り着いた。

 同じような造りの三階建ての住居が、四棟並んでいる。

 そこを通り過ぎると、垣根で仕切られた一戸建ての家が、二棟並ぶ。

 その一番南の家。

 ここが、小川優子と名乗った人物が依頼書に記した家だ。

 周囲には、まだ田畑がいくらかは残っているが、すぐ近くには、新しいマンションが建設中だった。


 翼は、玄関の表札を確かめた。

「小川……、ここだわ」翼はチャイムを押す。

 応答が無い。


「すいません!」翼は、玄関のドア越しから声をかける。「すいません。どなたか、いらっしゃいませんか?」翼は、玄関横の台所らしき窓の下に回って、もう一度呼びかける。


「お隣は今、誰もいないよ」

 突然、何処からか声がした。


 声がしたほうを覗き込むと、垣根で隔てられた隣の家の庭に、怪訝な顔をした老女が翼を見詰めていた。


「どちらさんかね?」老女が問う。


「ああ、あのう私……」翼が、言い淀む。


「ヒロコちゃんの、お友達やね?」


 ――えっ、ヒロコ?


「え、ええ……」翼は曖昧に頷く。


 すると、その老女は、こっちにおいでよ……、というように翼を手招いた。

 老女の支持するままに、垣根を辿り回り込んでいくと、老女のいる場所に出た。


 翼が、頭を下げて近づくと、老女は、「私は、ここの久保田というモンやけど……」と名乗り、翼を縁側に座るように言って、奥の部屋に消えた。


 しばらくすると、お茶とお茶菓子を乗せたお盆を持って来て、翼の隣に腰かけた。


「おばさん……、いや久保田さんは、ここには永く住んではるんですか?」


 翼が質問すると、「おばあちゃんで、ええ。おばさんという年齢としでもないやろ」と言って可愛く笑い「そや、嫁いできてから、ずっとここや」と、お茶を翼のほうに差し出し答えた。



「では、おばあちゃんは、裕子さんが生れたときからいてはるんですね」

「ああ、昔はこの辺、みんな田んぼでなあ。それが、何や、隣に新築の家が建ったと思うたら、すぐに若い夫婦が引っ越して来たんや。それが……、ここの小川さん夫婦や。若いんやけど、しっかりしてはるし、二人ともホンマええ人やったわ」


 翼は、微笑みながら話を聞いた。


「ほんで、一年後ぐらい経ってからやったかな? 子ができたんや。双子や。それも一卵性双生児やで。ソーセージいうても食べるやつちゃうで」久保田はそう言ってニヤリとする。


「じゃあ、裕子さんには姉妹がいたのですね」


「そうやで。妹さんやったか姉やったか……? どっちがどっちだかようわからんかったけどな」久保田は懐かしそうに微笑んだ。


「あのう、その、もう一人って優子さんておっしゃいませんか?」


「ユウコ……?」久保田は腕を組んで首を傾げた。「そんな名前やったかいな。もう年齢としやし、よう覚えてへんわ」


「その優子さんは裕子さんの姉だというのですが、彼女の消息はご存じではありませんか?」翼は詰め寄って尋ねる。


「ああ……」久保田が、お茶に手を出す。「お嬢ちゃん。お茶、早う、飲みや」


「え、ええ、頂きます」翼は湯呑みを持ち、息を吹きかけながら口に運ぶ。


「あ、熱っ!」


「ははは、気いつけて飲まんと火傷するで……。ばあちゃんには丁度ええんな」


「お、お婆さん、それ……、もしかして洒落ですか?」


「えっ、何が……?」呆けたような顔をして見返す。

 翼は、その顔を見て思わず噴き出した。


「何や変わった子やな。あんた」

 そう言って久保田は、お茶を美味しそうに飲んだ。


「えーと、ほんで何やったかいな?」


「ええ、優子さんのことですが……」


「そや、そや、それや」久保田は、少し考えて話し出した。


 その後、翼が久保田に聞いた話では……、

 姉妹が十歳のときに、両親はともに他界したと言う。

 それは、飛行機事故による死であった。

結婚式を挙げず新婚旅行にも行っていない父母のためにと、宇治に住んでいる父方の祖母が二人にプレゼントした旅行だった。

 旅行中、幼い彼女たちは祖母が預かった。

 しかし、その旅行の帰りの飛行機が、エンジントラブルを起こして太平洋海上に墜落した。両親は、その事故に遭遇して逝ったのである。


 その葬式の席で、親戚連中が姉妹の今後のことを話し合った。

 祖母は痛く責任を感じ、二人とも引き取ろうとしたのだが、園部の伯父には実子がいなくどちらか一人でも養女として引き取りたいと申し出た。そのとき、祖母は一人暮しの状況で、経済的にも二人引き取るのは大変だろうとの意見が出て、姉妹が離れ離れになるのはかわいそうだが、この際は仕方がないと、伯父と祖母で一人ずつ引き取ることになった。大山崎の家は売却せずに、不動産業を営んでいる伯父が買い取り、その代金は祖母に渡した。


 それ以来ここは空き家同然の状態だったのだが、今年の三月ごろに突然、京都市内の短大に合格したとかで裕子がこの大山崎の家に戻って来たらしい。それからは、時折、姿を見かけたくらいで、あまり顔を合わすことはなかったと言う。

 また、もう一人のほうについてはまったく音沙汰も無く、今、どうしているのか久保田にはわからない――という内容であった。


 ――優子は何故、ここの住所を記入したのか? 


 しかし、久保田の話ではここに来ていたのは裕子の方だ。裕子は西京極のマンションと大山崎の家を行き来していたのか?


 ――いや、ここに来ていたのは優子の方だ。

 何となくだが、翼はそう思った。


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