双数は対偶にある:双数 -6


      6


 所轄に戻った滝沢刑事は、御厨警部と向かい合っていた。


「裕子に姉はいないって、本当ですか?」滝沢は開口一番に、確認の言葉を口にした。


「ああ、彼女には、現在、身寄りが無いという報告だよ」


「では、姉だと名乗った女性は一体何者なのですか?」


「それが、今となっては確かめようがない」そう言って御厨は、新たな事実を滝沢に話す。


「彼女の両親は十年前に飛行機事故で亡くなっている。その後、彼女は祖母に引き取られた。しかし、その祖母は、一年前に脳溢血で亡くなっていて、現在、その家には誰も住んでいないということだ」


「……」滝沢の思考は、その事実に翻弄される。


「洛西署の連中も、これには参っただろうね。第一発見者で、姉だと名乗った女性の素性が不明ではどうしょうもない。ただ、合鍵を持っていたというのだから、裕子とは親しい人物には違いないが……」顔を顰め、腕組みをしたままの御厨は言う。


「あっ、彼女、もしかしたら中嶋が付き合っていたという女性の中の一人ではないでしょうか?」


「ああ、その可能性もあるな。しかし、そんな女性が合鍵を持っていたとは思えん」


「ああ、確かにそうですね。しかし、犯人の共犯者で、嘘の証言をしたとも取れます」滝沢が可能性を述べる。


「うーん、その線もあるが……」


 とにかく、あの謎の女性が事件に関わっていることは否定できない。

 彼女の証言が嘘であれば、すべてが根本的に崩れる。

 密室でも何でもなく、犯人が簡単に逃げ出すことさえ可能になる。

 彼女が事件の鍵を握っている――。

 滝沢は、そのことを胸奥で呟いた。


「ともかく、中嶋の交友関係から、何かわかったことはないのか?」御厨が、滝沢に確認を取る。


「ええ、彼は、これまで相当女性を泣かせてきたようです。友人連中の間でも、あまり評判の良いほうではないですね。これは、最近はあまり付き合いがないという森下浩司という友人からの情報ですが、半年ほど前、中嶋を入れた五人で西京極の居酒屋で飲み会をしていたところ、後から入店してきた三名の女性グループに、一緒に飲もうと声をかけたそうです。彼女たちは、迷惑そうに断っていたのですが、中嶋が向井孝むかいたかしという友人の一人を誘い、強引に彼女たちのボックス席に座りこんでしまったそうです」


「向井孝?」眉を顰め、御厨が聞き返す。


「ええ、向井という人物は、いつも中嶋と連れ立って遊んでいる悪友らしいです。後に残されたメンバは、仕方なく三人だけで適当に過ごした後、先に帰ったそうです。そういうことが、過去に何度かあったみたいですよ。それに中嶋は、よく向井と二人でドライブに行っては、女性を物色していたらしいとも言っていました。それに、被害にあったという女性の一人からも、何とか話を聞くことができました。彼女が友人と二人で帰宅途中、急に車が止まって、窓から男性が、ドライブに行かないか、と声をかけてきたといいます。話術巧みに話してきて、家まで送るからと言われ、友人と二人で車に乗り込むと、車にはもう一人男性が乗っていたそうです。車内での会話で、声をかけてきた男性が中嶋で、もう一人が向井という名前だとわかったそうです。その後、彼女らは国道沿いのホテルに連れ込まれそうになったのですが、そのときは、何とか逃げ出すことができたと言っています」


「わいせつ目的略取、監禁、強姦未遂等の疑いがあるな。彼女たちは、被害届けを……?」


「ええ、出して貰いました」


「それで、その向井は?」


「もちろん引っ張りました。しかし、彼にとっては、ただの遊びの一環で、女性たちも、それを承知でついて来た。合意の上だった……、と容疑を否認しています。そこで、この件が初めてや無いやろ、と強く問い詰めると、開き直ったのか、自分はただ、中嶋にそそのかされてついて行っただけやと、死人のせいにしだしたんです」


「何や、そいつは! ろくな奴や無い。強がるのも今のうちだけや」御厨が苦虫を噛み潰したような顔をして吐く。


「ええ、それより、彼女らのどちらかが、謎の女性ってことはないですかね?」滝沢が問う。


「ああ、その可能性もある。とにかく、洛西署ですぐに面通しをして貰うように……」


「ええ、わかりました」


「我々のまだ知らない……、裕子から鍵を預けられるほどの人物がいて、その人物が彼女の姉だと名乗って通報したのかも知れない。ともかく、自分の名前を出せないほど事情のある人物には違いない」御厨は、そう言って煙草に火をつけた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!