第一章 双数

双数は対偶にある:双数 -0

  

   *

     

 アッシュグレィを基調にしたお洒落な外観を持つ七階建てのワンルームマンションの前で、彼女は腕時計に眼をやる。


 ――十九時二分前。


 彼女は風除室に設置されているオートロックシステムのテンキーで部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押した。

 間もなくして、インターフォンのスピーカから応答があった。


 ――はい。


「あっ、私」


 ――ああ、今開ける……。


 しばらくすると、ロックが解除されエントランスのドアが開き、彼女はエレベータホールに向かった。そこにはエレベータが一基と、すぐ横に避難階段への扉があるだけの簡素な空間があった。


 彼女は乗り場インジケータが〝5〟とデジタル表示されているのを確認し、ボタンを押してエレベータが到着するのを待った。

 エレベータが降りてくるとドアが開き、中からマンションの住人であろうと思われる若い女性が降りてきた。その女性に軽く会釈をして、彼女はエレベータに乗り込んだ。


 最上階である七階でエレベータを降りると、彼女は奥の角部屋を目指して黙々と共用廊下を進んだ。

 通路には蛍光灯が点り、外壁の色を怪しく照らし出していた。

 蛍光灯の灯りには、小さな虫の群れが飛び交う。


 七〇一号室の前に立つと、彼女はインターフォンのボタンを押した。

 インターフォンを睨んで、しばらく待つ。


 しかし……。

 返答がない。


 もう一度押してみる。

 睨みつけたインターフォンからの返答は何もない。


 ――あれ、どうしたのかしら……?

 彼女は、訝しげにドアをノックした。


 名前を呼んでみる。


 返答がない。

 今度は、少し強めに。

 やはり、室内からは、うんともすんとも返事がない。


 ――どうしたのかしら? 変だわ。


 彼女は、ドアノブに手をかけた。

 部屋は施錠されていて、ドアはビクリとも動かない。

 彼女はもう一度、部屋の番号を確かめた。


 ――間違いない……、どうしたのかしら?


 あっ、そうだ――。


 彼女は急いでポケットを探った。

 そしてポケットの中から、一本の鍵を取り出した。

 鍵は、この部屋の住人から預かっていた合鍵だ。

 彼女は合鍵を使って、玄関のドアを開けた。


 ドアを開けると、室内は照明が消され、静まり返っている。


 ――え、何故?


 名前を呼んでみる。

 返事がない。


 彼女は照明のスイッチを探した。

 壁際にそれを確認すると、スイッチを押し、玄関の照明を点灯させた。

 彼女は名を呼びながら、恐る恐る室内に上がった。目の前に短い廊下が続く。

 その廊下を挟んで、右側には洗面所と浴室へのドア。

 そして、トイレのドア。左側には真新しいシステムキッチンが備え付けられている。


 彼女は、名を呼びながら廊下の奥へと進む。

 正面のドアの向こうには、リビングがある。

 彼女は、リビングに通じるドアを開けた。

 リビング内の照明も消されている。


 ドアの近くの壁にあった室内の照明のスイッチを押し、明るくなった室内を見渡した。

 リビングの奥の面は、ハイサッシのガラス戸となっており、カーテンは閉じられている。


 彼女は、部屋の中を見渡す。

 窓際には、テレビ。テレビに繋がれたゲーム機。その横に扇風機。テレビの前には小さなテーブル。そして二人用のソファ。テーブルの上には、スナック菓子の袋と飲み干した缶ビールが二缶。それと、キーホルダに繋がれた鍵。


 誰もいない……。


 彼女の視線は、部屋の中を移動する。

 そして、その視線は手前に置かれたソファ。


 ――えっ?


 ソファの陰になって、チラッと見ただけでは気づかなかったが、テーブルの下に敷かれたラグの上に、人の足が覗いて見えた。


 彼女は、不審を感じながら近寄っていった。

 ソファを回り込んだところで、彼女の足が、声が、眼が、静止した。


 そこには――


 そこには……、

 見知らぬ男性が真っ赤な血を流し、俯せになって倒れていた。


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