β48 ジーンアブダクション再び★まーまの夢

   1


「聖と魔の話をしよう」


 美舞が、切り出した。

 玲は、むくちゃんを抱いたまま頷く。

 よく眠れる様に、とんとんとしていた。

 美舞は、人のぬくもりを宿した瞳だ。

 大丈夫だろうと、玲も踏む。


「X染色体のみに乗る聖の力を持つ人類、つまり、マリア母さんみたいに、左手に痣として五芒星が表れるのが、稀にある。そして、これも稀だけど、Y染色体のみに乗る魔の力を持つ人類、つまり、ウルフ父さんみたいに右手に痣として六芒星が表れるのが、まあ、普通なんだ」


 美舞にとっては、はいはいしているときから見て来た光景で、至極普通のことだ。

 だから、玲は、美舞の事を否定する気はない。


「しかし、マリアとウルフの二人の結婚により、僕には、一つのX染色体に聖の力をもう一つのX染色体に魔の力を持つ事になったのは、知っているよね」


 勿論、何もかも墓場まで持って行く覚悟で連れ添っていた。


「ジーンアブダクション、遺伝子の革命的拉致が突然変異を起こしたんだ。Y染色体にね」


 玲のように男性であれば、少なからずもY染色体の力が表出して、それに乗った魔の力のみが出現する。


「Y染色体の遺伝子が、神の力で組み換え遺伝子の様になってしまった。僕の場合、ウルフのY染色体に乗っていた魔の力が、遺伝子の革命的拉致により、わざわざ乗せられ、六芒星が表れたと思うよ」


 二人で避けていた訳ではないが、ジーンアブダクションの話はして来なかった。

 だから、美舞も美舞なりに考えていたのだと、玲にひしひしと伝わる。


「むくちゃんは、女の子だと思うかい?」


 まさかと思う様な美舞からの質問に、玲は戸惑った。

 美舞もこの頃は、自身の武道の話よりも、我が子の事を考えて妊婦向け雑誌『えがおのたまご』などを読み始めたので赤ちゃんの話題がかなり増えており、思考もゆるやかに変わって、落ち着いている。


「おむつの時、普通に見ていたよ。医師のたまごだけれども、生別は女性だろう」


 むくちゃんのぱーぱだから、がんばっていた。


「処女懐胎なんだ」


 まーまの口から零れるとは思えない。


「愚かな事を言うなよ。あり得ないだろう?」


 玲の率直な疑問が虚しく空を切った。


「僕もそう思っていたよ。子孫に繁栄の危機感を示そうとしたらしい」


「誰が?」


 玲は、かなりばかばかしく思えて、しらけている。


「神が」


 この世界に疑問を持たない美舞は、ぶつりと小さく口にし、顔をそむけた。


「ああ、“吾”か。あれな。神のガガガガガガガーン! 何故、むくちゃんが……。キリスト? そんな話もあったな。キリストならば、うーん、マリア様が自己増殖して、X染色体に聖の力、Y染色体にも組み換えて聖の力を持たせたとかか?」


 玲の推理は、むくちゃんを調べなくては証明出来ない。


「イエス・キリストが磔刑たっけいにされて亡くなった後にその遺体をくるんだ真の聖骸布でもあれば、DNA解析ができるが、ないだろう? 難しいな。美舞は、聖母マリアではないから心配しないでな」


 玲も頭を捻った後、宗教と科学について詳しい事を伝えられた。


「僕は、不貞はないよ! 付け加えますけど」


 急におかんむりになった美舞、玲は手を焼く。


「まあ、まあ……。信じているし、ずっと二人で見守って来たお腹の赤ちゃんじゃないか。なあ、むくちゃん」


 むくちゃんの顔を覗き込み、ゆらゆらさせて、玲は、ひょっとこの顔をして、小さく笑った。


「まだ、笑わないか……」


   2


「美舞は、お産の後、アレになった様だね?」


 一応、確認した。


「知っていたの?」


 美舞は、カルキの件を我慢して隠さなくても良かったのかと、今更、思う。


「夫ですから。当然」


 にやりと、流し目をした。


「再び、両手に痣が出来て、辛かったのだろう? 様子がおかしいまま家出されて、そりゃあ心配したさ。その後、新興宗教みたいにアレとしてこの城におさまっていたし、助けに行かないとならないって思ったよ」


 だから、こうして、来たのだ。


「実は、むくちゃんの飛翔術で、天守閣から、入ったのだよ。しかし、俺は失敗して落下。むくちゃんは、アレに痛い思いをさせられているのかと思ったよ。どうなっていたんだい?」


 二人にどんな秘密があったのか、訊きたかった。


「驚かないで」


 美舞が、少し俯いて目だけちろりと玲を見上げる。


「今更、何を?」


 玲は、からっと笑った。

 

   3


「これから話すのは僕の夢だ。多分夢なんだ」


 話すのに、迷いや後ろめたさが美舞にある様だ。


「まーまのむくちゃんとの夢か……」


 玲は、むくちゃんを優しくとんとんして抱いたまま聞き始めた。


「そうなるね」

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