β44 カルキの祭壇★私の記憶をなくして

   1


 奇妙な行進も信者が足を止めた所で終わった。

 玲はしんがりで構えている。


「オオオオ……」


「決意が過るや否や、天守閣の下の辺りに着いた。もう、誰もが進まなくなったな」


 上手く行けば、美舞や消えて行ったむくちゃんと会えるだろう。

 再会へは、細心の注意を払わなければとならないと気を配った。


「オオ……」


「オオ……」


「相変わらず、呻いているな……。先ずは、バレない様に、俺は、息をひそめて信者に潜り込むしかないな」


 玲は、すうっと気配を白にする。


 ガガガガガガガーン!


「――来た! 神だかカルキの登場だ! 再会かよ? 会いたくないなあ。でも、美舞だから、仕方がないな」

 

『吾と吾の祭壇へよくぞ参った』


 玲は、声が少し違うが、美舞だと直ぐに分かった。

 しかし、今は、他の信者と同じく、軽く俯いて、膝を立てている。

 チラリと瞬きをするふりをして前に目をやった。

 カルキの依代となった美舞が、祭壇に座っている。

 大きく五芒星と六芒星が刻まれている黒を主張する大理石でできた高い台の上に、背もたれが、十字架になっている椅子があり、ピシャリと光る三面鏡の衝立ついたてを背にしていた。

 着ているものは、頭のてっぺんからつま先まで黒ずくめで、Aラインワンピースにハイヒールの様だ。

 黒髪もまた思いっ切りたなびく程に伸びていた。

 そして、美舞は、座ったまま祭壇から左手を上げた。

 

『さあ、目覚めよ、醒なる者どもよ!』


 左手で、サークルを描いた。


『……グングニル』


 玲は、直ぐに気が付く。


「男子空手部の試合中に唱えた呪文を今、再びはっきりと唱えた。一体、どんな意味があるのか?」


 そして、左腕を大きく動かして、左の列に向けて、手前から奥へ放った。


 バッバーッ。


 右の列に向けて、手前から奥へ同じく放つ。

 玲は、こちらに潜伏していた。


 バッバーッ。


 すると、信者のろうそくに、次々と火が灯る。

 玲のにもだ。

 辺りが良く見える様になった。

 チラリと再び見渡す。


「むくちゃんはどこだろう……」


 かなり、辛く重く焦燥感に支配された。


「俺だけで来れば良かったんだ……。余計な事をして、本当にすまない」


『吾に供物を捧げよ。崇拝する念の強い者から……。ちこう寄れ』


 美舞は、玲に気付いていないのか、玲はひやっとした。


「オオ…」


 先頭に居たオレンジの服を纏った髪の長い女が、ろうそくを両手で高くかかげる。

 祭壇の真正面にある鏡の長椅子に、歩み寄るつもりの様だ。

 長椅子に座り、ろうそくを左手に持ち、右手で胸に十字を切った。


「これから、何が行われるのか? 供物とは何だろう」


 玲は、目を凝らした。


『これより、供物改めの儀を始める』


   2


『横になるべく参ったのじゃな』


 その女は、凡そ二十代前半に思える。

 指示されたかの様に、長椅子に仰向けに寝そべった。


『ろうそくをかかげよ』


 美舞は、左手を女に向ける。


「オオ……。カルキサマ」


 玲は、信者の女が、カルキと言ったのに、驚いた。


「信仰はしているのか。カルキは、区別がつくのか」


 女は、ろうそくを胸の真上に高々とかかげる。


「カルキサマ。イカニモ」


『……グングニル』


「再び、あの言葉を唱えたのか」


 手に汗を握り、燭台を落とさない様に気を付けた。


『ころりころり、回れ回れ時間よ回れ……』


 美舞は、左手を小さく回した。


「やはり、時間に関する事を言っている様だ」


『この者の時間と如何なる想い出をも吾に授け給え――!』


「何だって? 時間に想い出を奪うとは!」


 玲が、そう思うや否やだ。


 ビカーッ。

 ビカリーッ。

 ビカーッ。


 三面鏡から、各々光が照りつけ、女を照らした。

 椅子の背もたれ部分の十字架の影が、伸びる。

 そして、オレンジの服の胸の上に十字架を描いた。


「何だ、これは。美舞を透明な存在に、背もたれにある十字架の影が、できているのは一体なんだ? 実体がないのか美舞は。もうカルキになってしまったのか? 嘘だと言って欲しい」


 玲は、拳を作って振り下ろし、憤った。


「うう……。俺は、カルキなんかには、負けない! 美舞に、元の可愛い美舞に戻す! 必ずだ!」


 玲は、拳に更に汗を握り、新たに決意をする。


   3


 供物改めの儀は、続いた。


「オレンジの服に焼き付いた十字架は、まるで、神聖と言うより、悪魔のカルマに見えるな」


 玲は、タフだから、信者の様に呑み込まれない自信や気概を持っている。


「あの信者を助けに行くか。放っては置けないな」


 左の列後方から、にじり寄った。


「なあに、二十人位だ。人の背中に入り込みながら、行けるだろう」


 ゆっくりだが、一人二人と越して行く。

 そして、先頭から二人目の背中に隠れた。


「美舞だ……。美舞の顔が見えるか」


 玲は、時間城のせいで、老けていやしないか、死期を向かえていないかと心配している。


「ん、なんか、違うな? 見た事はある顔だが、美舞ではない。寧ろ少し若返った様な……」


 どこか、不思議な感覚を覚えた。


「結婚式より前、高校生がやっとな感じだな。美舞の若い頃とは違う」


 一方、オレンジの服を巻き付けた女に異変が起きた。


「カルキサマ……。ワタシハ、コソダテニ、ツカレマシタ。ソノコハ、イエニ、オイテキマシタ。マダ、ユキモアルノニ。ワタシハ、ツミブカイ。イッソノコト、トオクデ、ヤスマセテクダサイ」


『ならば、吾に任せよ。十字架の中に眠る時間よ、吾に!』


 美舞に似たカルキが、そう叫んだ。


 シュー……!


 硝煙が上がる。


 ガッ。


『左手の五芒星よ!』


 左手をゆっくりと頭上にかかげた。


 ガッ。


『右手の六芒星よ!』


 今度は、右手をゆっくりと頭上にかかげる。


 ガッガッ。


 両手の掌を交差させて重ねと、ヤツが現れそうだと玲は思った。


 ガガガガガガガーン!


 玲は、この時、美舞に似たカルキを見ていたので、信者の様子を観察していなかったが、目をやると、オレンジの目立つ服の女は、ぐったりとしていた。


「しまった! 既に遅かっか」


 女は、ごろんと、長椅子からこちら側に落ちる。

 駆け寄ってみると、浅いけれども、呼吸が確認できた。


「良かった、最悪の事態ではないらしい」


 玲は、額に汗をにじませた。


『ようこそ』


『ようこそ』


 ふいに、玲は、上から声を掛けられた。


『待ちくたびれたぞ、土方玲』


『待ちくたびれたぞ、土方玲』


「美舞が二人?」


 見上げると、美舞いが分裂しているのに驚いた。

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