β21 約束☆負けたからするの

   1


「……が勝ったら。……を。……聞いて下さい」


 玲の声だ。

 何か聞き覚えのあるセリフだと、美舞を擽った。

 運命のシナリオの様な大切なもの。


「――うん?」


 何だろう。


「もし、俺が勝ったら俺の言う事を一つ聞いて下さい」


 美舞の中で声がしていた。


「うん――」


 何だろう。

 美舞はそう再び思う。

 桜の花を開く様に静かに瞑っていた瞳を咲かせた。


「玲君……?」


 半分ぼうっとして話している。


「あ、美舞。起きたのね?」


 日菜子はぴょんと跳ねてから、医務室で眠っていた美舞を覗き込んだ。


「あ……。ひなちゃん。玲君……」


 美舞は周りを見て少々驚いていた。


「大丈夫? 美舞」


 ベッドの傍から両手を握ろうとしたが、美舞のぐるぐる巻きにされた両手を見ると可哀想になって止めた。

 包帯で五芒星と六芒星の痣を隠したのは玲だ。

 その処置は手早く、医学の心得がある事が伺われる。


「気を失っていただけみたいですね」


 玲は心配したにしても大袈裟にはしない主義だ。

 事実を述べて安心させると言う方法を取る。


「ああ、そうなんだ」


 美舞は長い一日について頭を巡らせた。

 やっと少し思い出しながら納得する。


「もう、美舞ったら日本一なのは空手だけではなく、心配を掛けるのもだわ……」


 日菜子につんとおでこを突かれた。


「ひなちゃん、ごめん。それから、玲君にも心配掛けたね」


 美舞は心からそう思ってお礼を述べた。

 そして、ゆっくりとベッドから起き上がる。

 もう大丈夫と微笑んだ。


「いや、俺は心配していなかったですよ」


 いやに静かな美舞に玲が不意を衝いて言う。


「え?」


 作戦はそのまま美舞を襲った。


「信頼していたからです」


 玲のあたたかい眼差しで、先程の無礼を詫びる様に頭を垂れた。


   2


「な、何を信頼って……?」


 美舞は、玲と会話をしていると自然とドキドキするのが不思議だ。


「美舞先輩は強さだけでなく、つよさもあるって事ですよ」


 強さと毅さ。

 備え持つ者は本当につよい。

 テレパシーがあるかの様に玲も同じ考えだった。


「その台詞! ぼ、僕も同じく考えていたよ」


 図星で、喉が詰まり、胸をとんとんと叩き出して痛い。

 再びドキドキが止まらなくなった。


「そうなのですか」


 玲はしれっとする。


「あ! そう言えば、大会は? 僕、負けたんだね……」


 美舞は、初めて両親以外で負けたので、実は少し落ち込んでいた。


「ああ、美舞、大丈夫よ。何か……。そう、ちょっと意地っ張りが玉に瑕なだけなんだから」


 日菜子のエールとフォローは、いつもあたたかかい。


「勝たせて貰いましたよ。でも、俺の力で勝った訳ではなかったのですがね」


 例の力の暴走の事だ。

 ある程度、玲も予想していたので、その辺りは大丈夫だったが。


「そう」


 段々思い出して来た。


「あー!」


 美舞の奇声に、日菜子の方がびっくりした。


「何? 美舞!」


「約束があったよ」


 美舞は、玲の顔を上目使いにじいっと眺めて呟く。


「ああ、『もし、俺が勝ったら俺の言う事を一つ聞いて下さい』のゆびきりげんまんですか?」


 玲は、にこにこしていた。


「あのさ。倒れていた間にうなされて聞こえて来たよ」


 美舞は先程の声の事をじわりと思い出した。


「はは、それは光栄だな」


 軽く照れ笑いで返されてしまう。


「そうなの? 美舞、言う事聞くって、用件をよく訊くのよ」


 日菜子は、学園のアイドル的存在でも今までボーイフレンドをかわして来ただけに、余計にそう思っていた。


「うん、分かった」


 美舞は基本素直で正直だ。

 それが玉に瑕になる事もあるが。


「玲君、どんな用事なのかな」


 思い切って、美舞は玲の顔をしっかりと見て訊いた。


   3


「結婚を前提にお付き合いをして下さい」


 玲が真顔で美舞を見つめる。

 暫く間があった。


「は、はあ?」


 日菜子の驚きは、美舞より早かった。

 美舞の目は、丸くどんぐりの様になっている。

 頬は次第に紅潮して来た。

 結婚を前提にするのも驚きだったが、お付き合いそのものも驚きだ。

 全てが、ぽけっとした頭で整理が付かない。


「は……。はい」


 美舞は、ショックの余り、こくりと頷いてOKの返事をした。


「先ずは、デートですね」


 心躍る玲が可愛い。


「デート、ですか……。デパートの間違いかな」


 美舞の口からデートなんて言葉が出るなんて、自分でも信じられなかった。


「ええ! デート? 美舞が?」


 日菜子が口を尖らせた。


「以前からお願いしたかったのですよ。でも美舞さんは強いタイプがお好きだとかで、この大会が終わってから申し込もうと思っていたのです」


 告白は計画的にすると言う玲の慎重さは、石橋を叩いても渡らないクラスだろう。


「い、行くの? 美舞」


 信じられないのは日菜子も同じだった。


「うん。約束だし」


 素直な判断の美舞らしい答えだ。


「結婚を前提にとか言っているよ」


 日菜子は狭い医務室なのにぼそぼそと耳打ちする。


「僕だって、約束は守らないといけないと思っているんだ。闘ってみて分かった事が沢山あるし」


 素直過ぎる美舞の可愛らしさに、日菜子が卒倒しそうだ。

 おでこに熱冷まし用の張り薬が欲しかった。

 玲もそうなのか。


「じゃあ、来週の日曜日でいいですか?」


 早速、誘われてしまう。


「何でも来いだよ」


 包帯を付けたまま両拳を小脇に寄せる様に引いた。


「場所は、学園の近くで。徳乃川とくのがわ神宮じんぐうの近くと参道のウランストリートでいいかな?」


 玲の怜悧な雰囲気も和らいでいる。


「OK、玲君」


 美舞は順応性が高い様だ。

 こうして、美舞は初デートを決めた。

 結婚を前提にしてのお付き合い、そして、高校生だが、大丈夫だろうか。

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