β17 修羅☆闘いは飽きることなく・前

   1


「こうなったか……」


 美舞が試合会場を見つめる。


「準々決勝の結果残ったのは、玲君を含む一年六人と二年の美舞、三年の山下功先輩になったね」


 栄誉マネージャーが用紙にチェックを入れながら言う。

 日菜子は、この大会でもテキパキと働いていた。


「山下先輩は男子部で一番強いのだから、順当と言っていいよね。しかし、一年が六人全部残るとは予測している者は希少だよ」


 美舞は唸ってばかりだ。


「美舞や玲君は予測できたでしょう?」


「そうだね、ひなちゃん」


 美舞は自らの頬をパシンと叩いた。


「第一、徳川学園の空手部と言えば、日本でも指折りの空手家や格闘家が揃っている事で有名なのだもの。その先輩部員が新入部員に負ける事を予測するのは難しいよね」


 日菜子もそうだろうと、美舞は目配せをした。


「うん」


 日菜子が少し向こうへ行って、パタパタと帰って来る。


「それで、抽選が決まったよ、美舞。取り敢えず、準々決勝は美舞と火野君、玲君と木田君、水城君と金山君、月代君と山下君という組み合わせになったからね」


「うん、ありがとう。ひなちゃん」


 それは、いよいよ、この会場にある各闘技場で行われる。

 先ずは、美舞の一戦だ。


「がんばるね!」


「行ってらっしゃい」


『第一闘技場 三浦美舞 対 火野光輝』


 美舞の相手は光輝だ。

 オールマイティの美舞に対してボクサー上がりの光輝は異才を放っている。

 光輝はボクサーとは言っても小柄で百六十五センチ、六十七キロしかない。

 それでも美舞より大きいのだから有利だ。

 美舞の実力を知っている者はそのハンデも美舞には関係ないという事を知っていたが、それでも美舞が敗れる可能性を否定する事はできない。

 光輝はこの体格差と自分の実力を加味した上で敗れる可能性は無いと思っていた。

 光輝はこの学校を選ぶに当たって自分のボクサーとしての力を認めて貰える事を前提にしている。

 中学生にしてかなりの実力をもっていた光輝は実力主義のこの学園を自分を伸ばす場と考えていた。

 だから、この学園で最も強い人間が集まっている空手部の門戸を叩いたのだ。

 美舞は試合の直前まで日菜子と話をしていた。

 試合前の緊張には程遠く、緊張よりも楽しさを恐怖より歓喜を感じている。


「ひなちゃん。今回も勝てそうだよ」


「そう? でも、油断は禁物よ」


 日菜子は美舞よりしっかりしていた。

 普通の女の子と言っても、少し大人びた所もある。


   2


「そうだね」


 美舞はしっかりとエールを受け取った。

 日菜子も美舞とのこの時間を大切にしている。

 美舞が闘いの前に必ずある種の雰囲気に包まれる事を知っている唯一の人間だから尚更だ。


「ねえ、美舞」


「ん?」


「大丈夫よ。絶対勝てる」


 女の「勘」か、日菜子の断言は心強い。


「うん、ありがとう」


 そう言うと、美舞は闘技場に登った。

 そこには光輝が立っている。

 そして、審判が一人立つ。


「それでは両者、前へ」


 審判のその声に二人は前へ進み出た。


「礼」


 続く審判の指示に従い、さっと二人は頭を垂れる。


「よろしく」


 美舞は光輝に向かって手を差し出した。

 光輝はそれを一瞥すると、ふっと笑った。


「こちらこそ。先輩が女だからって手加減しませんよ」


 光輝は美舞の手を握ってそう言った。


「お手柔らかに」


 美舞は苦笑いしながら、光輝を見、そして構えた。


「それでは始め」


 審判の合図に二人は気を込めた。

 二人の間に緊張が走る。

 美舞の間合いは光輝のそれよりも少し短かった。

 二十センチの身長差があるとリーチの差もかなりのものだが光輝がパンチしか使えないのに対し、美舞は蹴りが使える。

 それで殆ど間合いの差はなくせるだろう。

 お互いそれを知っているから、迂闊には手が出せない。

 光輝はボクサーらしく小刻みにステップを踏んで、美舞の間合いを掠めた。

 それには反応する事なく、美舞はじっくり光輝の動きを見つめている。

 光輝は自分の間合いで小刻みにジャブを繰り出した。

 それは空しく空振りするだけだったが、牽制としては十分だ。

 だだし、ジャブはグラブなしで当たっても大したダメージではない。

 美舞は光輝のジャブで間合いとタイミングを測っていた。

 そして、光輝が攻撃に移る一瞬を捉えて右中段回し蹴りを繰り出した。

 それは光輝が右フックを出そうとして踏み込んだ左脇腹にカウンターで入った。


「ぐっ」


 光輝は苦悶の表情で低い声を漏らしたが、すぐに体勢を立て直した。

 そして、再びステップを踏み始める。


   3


 タタタン、タタタン。

 一定のリズムを刻んでいる光輝のステップは、光輝がただ者ではない事を端的に示していた。


「ふっ」


 光輝が一瞬、息を吸い込むと突然、美舞の視界に複数の光輝が見えた。

 タタタタタタタタ……。

 ステップの音が変わったと美舞が思った時には、美舞のガードしている腕に二発、ガードをすり抜けた右フックが左脇腹に、その一撃で下がったガードの上から左ストレートが美舞の頬を捉えていた。

 その勢いで、軽量の美舞は文字通り飛ばされ、闘技場に仰向けに倒れる。


「痛い!」


 美舞はそう言うと右頬をさすり立ち上がった。

 右頬にはうっすら痣ができている。


「お嫁に行けなくなったらどうすんの」


 美舞は本気とも冗談ともつかない言葉を発した後、構えた。


「なめていた訳じゃないけど、ここまで完璧に食らうなんて」


 光輝は無言を通した。


「結構、効いたかな。でも、負けないよ」


 そう言うが早いか、美舞は右上段回し蹴りを放った。

 しかし、空しく空を舞う。

 その蹴りに合わせて光輝が反撃しようとしたが、続いて飛んで来た左上段後ろ回し蹴りによって阻まれた。

 そして、続けて右下段回し蹴り、左裏拳、右フック、右中段回し蹴り、左後ろ下段回し蹴りと繰り出す美舞の攻撃に光輝は防戦に回らざるを得ない。

 光輝が左後ろ下段回し蹴りを躱した時、一瞬の油断が生じた。

 次の瞬間、光輝の顔面に美舞の右ストレートが見事に入る。


「があ!」


 光輝は低く呻き声を発するとふらふらと三歩は後退し、片膝をついた。

 打たれ強いボクサーの光輝でも結構効いている。


「あ、こりゃあ、本気でやらなきゃな」


 そう言うと光輝は立ち上がり、構え直した。

 そして、再びステップを始める。

 正確に三秒ステップした後、美舞は体の自由が利かなくなる程のパンチを食らった。

 そして、スローモーションでうつ伏せに倒れた。


   4


「何……。今の」


 美舞はそう言うのが精一杯だった。


「ギブアップした方がいいぞ。次は本気で入れる」


 光輝の誘いだ。


「はっ、冗談。僕は負ける訳にはいかないんだ」


 負けじ心なら誰にも負けない。

 マリア譲りの自信があった。


「じゃあ、俺は手加減しない」


「望むところだよ」


 美舞は立ち上がり構えた。

 その構えは一切の無駄を省いた、完璧なものだ。

 一方、光輝もステップを踏んで、気を溜める。

 一瞬の勝負だ。

 二人の間に緊張が走る。

 先に動いたのは光輝だった。


「F.P.M.P.」


 一瞬、光輝の右拳が光ったかの様に見える。

 パンチは、正確に十六発繰り出された。

 誰もが、その全てが美舞の体に吸い込まれるものだと思った。

 美舞を除いてはだが。

 美舞にはその全てのパンチが見えていた。

 そして、その攻撃を全て躱しざま、美舞は攻撃に移る。


「――グングニル」


 美舞がそう呟くが速いか右ストレートを放つ。

 それは美舞のリーチを無視したかのように光輝に届き、吹き飛ばした。

 光輝はそれから五分は気を失ったままとなる。


「勝者は……。三浦美舞!」


 そう放送されると会場が大きく沸いた。

 光輝は医務室に運ばれ、美舞はその場にへたりこんだ。


「大丈夫? 美舞」


 日菜子はしゃがんだ美舞を覗き込んだ。


「ひなちゃん」


 ほっとした顔で見つめた。


「美舞も女の子なんだから程々にしないと。ね?」


 日菜子はいつもちょっとお姉さんだ。


「うん。気を付けるよ」


 美舞の顔は腫れ、痣だらけとなっていた。

 腕にも痣ができている。

 体育館の隅で、日菜子に治療されながら、美舞は苦笑した。


「まさか、こんなに苦戦するなんて……。少し油断したかな」


 美舞にしては珍しく反省の色が濃い。


「そんな事ありませんよ。彼はかなりの実力者です」


 背後から玲が声を掛けた。

 いつもの柔和な表情で、美舞の心を落ち着かせるように。

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