第25話「全てを忘れてしまう」

 姉ちゃんとシューヤが隆生をベッドに寝かせた後、僕達は客間の方に向かった。

 客間には長テーブルがあり、席についた後でキリカちゃんが皆にお茶を出してくれた。


「ヒトシ、隆生はいったい?」

「姉ちゃん、無理かもしれないけどなるべく静かに聞いてね」

「あ、ああ」

 僕はお茶を一口飲んだ後、ゆっくりと話し始めた。



 あれは隆生がミカちゃんユカちゃんと出会う前だった。

 いや、ずっと以前からその予兆はあったけど、気のせいだとかついうっかりだと思ってすぐ忘れてたようだね。


 隆生は家族の名前が思い出せなくなった。

 いつもは一瞬だったけど、その時は携帯に登録してた名前を見るまで。

 不安になった隆生はすぐに病院に行ったんだよ。

 そして告げられたのは


「え、もしかして」

 姉ちゃんが思い当たったみたいだね。

「うん。記憶障害の疑いがあるって。断定はされてないけどね」

「そ、そうだったのか……隆生は」


「待って。これはあくまでお医者さんがわかる範囲での話だよ」

 僕は姉ちゃんを制した。


「どういう事だ?」

「人間がわかる事ならとっくに僕が治してるよ。でも実際はそうじゃなかったんだよ」

「じゃあ何なんだ!?」

 姉ちゃんが立ち上がって叫ぶ。


「僕にもわからないんだよ。症状は記憶障害と似てるんだけど、どうやっても、アマテラス様ですら治せないんだよ」

「え?」

 姉ちゃんは驚いてアマテラス様の方を見た。


「ごめんなさい。最高神だなんて言ってもできない事、わからない事があるのよ」

 アマテラス様は俯きながら言った。


「姉ちゃんは知ってるよね、隆生はどっか抜けてるとこがあるって」

「ああ。だがそれは隆生の個性だろう……そう思っていたが、実際はか……。ところで隆生はこの事をヒトシにだけ話していたのか?」

「ううん、僕はこの事を直接聞いた訳じゃないよ。僕は隆生の前世、同じ魂の存在だから知ってるんだよ。そして他に知ってる人も、本人からはっきりと聞いた訳じゃないからね」

「他に、というとやはり神様であるアマテラス様やキリカ様、セイショウ様?」

 シューヤが尋ねると

「あたしも知ってるわよ。あたしは分神精霊だし少しは見えるのよ。あとイオリとサオリも知ってるわ」

「ええ。後はカルマ、セリス、イザヨイ、ミユキ、そして勝隆さんね」

 ランとアマテラス様が続けて言った。

「そうか、父さんなら心が読めるからわかるよな」

 うん、おじいちゃんも辛かっただろうね。


「あの、ミユキさんとイザヨイさんはわかる気がしますが、カルマさんとセリス君は何故?」

 シューヤがまた聞いてきた。

「我はお前達の力でこの姿になっているからか、皆の記憶が少し見えるのだ」

「ボクは最初会った時にわかったよ。見ればわかるよって思ったけど、それはボクだけなんだよね」

 そうだよセリス。君の心の力は相手の未来すら見える時があるからね。


「あの、オイラ前に隆生さんから聞いた事あるけどさ、意味がわからなかったんだ。それにいつか言うから黙ってて、って言われたんだよ」

「わたし達もそれを偶然聞いて、チャスタと同じく黙っててと」

 あ、そうだった。チャスタやミカちゃん達に少し話したって言ってたな。


「なあヒトシ、隆生はどうなるんだ?」

 姉ちゃんの目には涙が浮かんでいた。

「死なないとは思うけど、おそらくもう何も考えられなくなり、やがて全てを忘れるんだよ」

「そんな……なあ、本当にどうやっても治らないのか?」

「……方法はない事もないけど」

 すると

「治す方法があったの!? ならあの時に教えて欲しかったわよ!」

 いきなりキリカちゃんが怒鳴った。

「え?」

「あ、ごめんなさい。あの時はお父さんがいたわけじゃないのに、つい」

 キリカちゃんは我に返って謝ってきた。

「いいよ。でもってどういう事?」

「それは……さっき話したユイに関係あるの」

「え? もしかしてユイ、ミカちゃん達のご先祖様も」


「そうよ。隆生と同じ症状だったのよ……うぇ」

 キリカちゃんは大粒の涙を流して泣き出した。


「そうなんです。ユイさんは旅の途中で突然記憶障害になりました。私も他の方々の力を借り、あらゆる手を尽くしましたが回復せず……彼女は世界が平和になった後、シルフィード王国建国後に長女を産んでからは寝たきりになり、数年後に二十六歳の若さで」

 セイショウも当時を思い出してか辛そうに語った。


「そうだったんですか。ご先祖様、ユイ様も。初代女王なのに公式記録がほとんど残ってないのはそれで」

「それだけじゃないんだけどね。ユカ、ユイの夫って誰だったか知ってる?」

 キリカちゃんがユカちゃんに尋ねた。

「いえ、知りません。そういえば伝わってない?」

「ええ。だって彼女は結婚してないもん」


「え、あの? じゃあわたし達はユイ様の子孫じゃない?」


「いいえ、あなた達はユイの子孫よ」

「どういう事ですか?」

「あ、もしかして何か理由があって、お相手と結婚できなかった?」

 ミカちゃんが手を上げてキリカちゃんに尋ねた。

「そうよ。だから夫というのは変かな……ユイの相手は」

「俺だよ」

 キリカちゃんの後ろから声がした。


 そしてそこにいたのは、え?

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