第6話「水入らずで」

 翌日、ハルフェさんの家の居間。


「あの、二人はまだ書き終えてないんですか?」

「おそらく。まあ今日一日は待ちますよ、あら?」

 僕とハルフェさんが話していると、二人が部屋から出てきた。

 二人共随分疲れているようだ……目の下にクマができているし徹夜したのかもな。

 

 そして

「読んで」

 ミルちゃんはハルフェさんに原稿を渡した。

「はい。じゃあ読むからちょっと待ってて」

 ハルフェさんはそう言ってゆっくりと読み始めた。


「……眠い」

「大丈夫、おう……じゃなかったユカお姉ちゃん」

「うん、ありがとメ、じゃなかったミルちゃん」 

 あ、ユカも本人から聞いたのか感づいたのか知らないけど、わかってるんだ。

 皆まだ知らないと思ってるんだな。

 まあ、本人が言うまで気づいてないフリしてよ。


 しばらくして、ハルフェさんはそっと原稿をテーブルの上に置いた。

「……どうだった?」

 ミルちゃん、いや彼女がおそるおそる尋ねると


「これ、凄く感動したわ!」

 ハルフェさんは満面の笑みを浮かべてそう言った。

「じゃ、じゃあ?」

「いいえ」

 ハルフェさんは首を横に振って言った。


「え、なんでよ!?」

「ちゃんと名乗らないなら合格にしません。気づかないとでも思って?」

 それを聞いた彼女は俯きがちになり、口調を変えた。


「……気づいてたんですね。すみません、終わったらちゃんと言おうと思ってたんですけど」

「最初から言って欲しかったですね、メルさん」

 そう、ミルちゃんの姿をした、いや体を借りているその人はミルちゃんの亡くなった母親、メルさんである。


「ライアスって結構鈍いからお義母様もかな、と思ったんですけど」

「あの子が鈍いのは誰に似たのかしらね。まあいいわ。メルさん、これ本当にいいお話だったわよ」

「あ、ありがとうございます。あたしお義母様があの伝説のJ・ハープ様だとあの世で知って、それでどうしても自分が書いたものを見せたくて……だから」

「さっきも言いましたけど、それなら最初に言えばいいんですよ。私は別に助っ人を呼んじゃいけないと言ってないんですから、もう」

 ハルフェさんは少し怒った表情だった。


「あ、それなら母様やシオリ様を連れて来るって手もあったわ」

 それを聞いたミカが呟いた。

 ミカの母親、カレンさんはユカの母親カレン王妃の異次元同位体であり、「カリーナ」というペンネームで向こうの世界では伝説のBL作家と呼ばれている。


 シオリというのはタケルの姉で、彼女は旅の途中で旅費や生活費を稼ぐ為にBL小説書いていた。

 そして現時点では向こうの世界でNo.1の作家である。

 たしかにその二人ならもしかしたらと、そんな事は置いといて。


「では、これを」

 ハルフェさんはメルさんに宝玉を渡した。

「あ、ありがとうございます。あのお義母様。ひとついいですか?」

「ええ、何かしら?」

「……ミルをよろしくお願いします」

 そう言ってメルさんは頭を下げた。

「ええ。ミルちゃんは私の孫娘なんですから……私がいつかあなた達のところへ行く時まで精一杯愛しますよ」

「お義母様……」

「あ、そうだわ。私もひとついい?」

「え、何ですか?」

 ハルフェさんは返事をせずにメルさんを抱きしめた。

「え?」

「ありがとう。ライアスを愛してくれて、ミルちゃんをこの世に送り出してくれて……できればあなたとも一緒に暮らしたかったわ」

 ハルフェさんは目に涙を浮かべていた。

「……お義母様、グス」

 メルさんも泣いていた。




 僕達も貰い泣きしていた。そして

「そうだ、どうせなら。姉ちゃん、ちょっと」

 ヒトシが姉ちゃんの側に寄り何か耳打ちした。

「あ、いいかもな。だが俺にそこまでできるだろうか?」

「大丈夫だよ。ねえ、力貸してくれるよね?」

 ヒトシはセイショウさん、キリカさん、そしてアマテラス様の方を見て言った。

「ええ、いいですよ」

 セイショウさんは即答したが、他の二人は

「……セイ兄ちゃんってほんと掟なんか気にしてないわね。でもこのくらいいいですよね、アマテラス様」

「そうね、このくらいは……じゃあ優美子さん、私達が力を送るから、二人の側にもいるしそこへ目掛けてね」

 まあなんだかんだ言いながら同意した。

「はい。じゃあ……はあっ!」

 姉ちゃんは手を組んで気を集中した後、ハルフェさんとメルさん目掛けてその気を放った。

 すると……。


「あ、あれ?」

「え!?」

「な……?」


 そこに二十代後半くらいのちょっとごつい感じの男性と、金色の髪に幼さが残る顔立ちのエルフの女性が現れた。

 

 あれって神力で仮初めの体を作る、それの強力版だよな。

 しかしあまりイメージしてなかったけど、あの二人がライアスさんとメルさんなんだな。


 そして

「う、ん、あれ?」

 どうやらミルちゃんの意識が戻ったようだな。


「あ、あ、ライアス……そしてメルさんよね?」

「え、この人達がパパとママ?」

 ハルフェさんとミルちゃんは二人を見て驚いていた。


「な、何故俺達が実体化してるんだ?」

「この気……ま、まさかイザヨイ?」

 二人が戸惑っていると

「違うよ~、それはそのイザヨイの親戚みたいな人、優美子姉ちゃんがやったんだよ~」

 ヒトシが二人に向かって言った。

「そういう事か。あ、皆さんの事はずっと見てましたよ」

 ライアスさんがこっちを見て言った。

「あ、そうでしたか。じゃあ事情は知ってるんですね?」

「ええ。皆さんにはミルが」

「それはいいからさ~、その体は明日の朝までが限度だと思うから、今日は家族水入らずで、ね」

 ヒトシがライアスさん達に言った。

「あ、はい……ありがとうございます」


「ミル……」

 メルさんはミルちゃんの側に寄り、屈んで目線を合わせ

「……ずっと見てたけど、やっぱり実際に見るとまた違うわね……ミル、ごめんね」

「ママ……ぇ」

 ミルちゃんはメルさんの胸に顔を埋めて泣き出した。

 ライアスさんやハルフェさんも二人の側で……。




「……行こ」

 ユカが皆に促して来た。

「ああ。ところでユカ、徹夜してたんだろ? 大丈夫か?」

 シューヤがユカに声をかけた。

 気が抜けたのかユカはちょっとふらついていた。

「大丈……あ」

 ユカが倒れそうになったが、それをシューヤが受け止めた。


「ほら、もう……ユカ、おれにおぶさってよ」

 シューヤはそう言ってユカに背を向けて屈んだ。

「え、でも」

「いいからさ、それともおれじゃ嫌?」

「……ううん、じゃあお願いします」

「はい、……よっと」

 シューヤは軽々とユカをおんぶし、宿屋の方へと歩き出した。


「あっちも水入らずにしとこか?」

「うん、そうだね~」




「どうですかお姫様、おれの背中は?」

「ん、いい……シューヤ」

「何?」

「もしわたしがこの世界の女王になったとしても、側にいてくれる?」

「ああ、ユカが女王様だろうが何だろうが、おれはずっとユカの側にいる。遥かな過去の事はともかく、これからはずっと」

「……ありがとう、シューヤ……ちょっとだけ」

 ユカはそうっとシューヤの頬に口づけした。

「え」

「……今はこれだけ。でもいつかは」

「あ、ああ。うん」

 シューヤは顔は真っ赤だがいつものように倒れたりしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る