番外編「メルとライアス」

「ユカ王女、早く!」

「嫌! お父様とお母様も」

「御免!」

 戦士ライアスは彼女を担ぎ上げるとそのまま走り出した。




「行ったね。ライアス、元気でね。姫様、あたしがあげた本大事にしてね。王妃様に教わって書いたあの本を」

 遠ざかる二人を見つめながらそう言ったのは、金色の髪に幼さが残る顔立ちで耳が尖ったエルフの女性、メルだった。

「ごめんね、ママに付き合わせちゃって……産んであげられなくて」

 メルは自分の腹をさすりながらそう言った。

「まだ三ヶ月だから見た目じゃわかんないよね。ライアスがもし知ってたら私達も連れて行こうとしたでしょうね。でもそれじゃ逃げ切れず最悪全員」

 メルが呟いていたその時


「王と王妃、王女はどこだ!?」

 武装した男達がやってきた。

「知らないわよ。それよりあんたらさあ、自分が妖魔に憑かれてるのわかってる?」

「妖魔? 何だそれは? まあいい。言わぬならその体に聞くまでよ……へへ」

 男達は下卑た顔でメルに近づいていった。


「今のあたしに魔法力は残ってない、けどこれなら……クニカラクチシチスイノチミラカチモイミニニミラカニテラトナカイスナノラカラモラチスナ」

 メルは目を瞑り、呪文を唱え始めた。


「げ! そ、それは!」

「そうよ……自己犠牲自爆呪文!」


 メルの体が強く光り、稲妻が落ちたかのような大爆発が起こった。

 そこにいた男達は皆その爆発に巻き込まれて消えていった。

 彼らに憑いていた妖魔もろとも……。




「あ、あの光は……メル、すまん」

「……メル」

 ユカとライアスは自分達が来た方角を見て涙を流していた。

「王女様、そろそろ」

「……うん」

(兄さん、ユカは必ず守るよ)

 ライアスは心の中で兄であるヴィント、ユカの父親に語りかけた。

 

 ライアスはユカの祖父、先代王の愛人の子であった。

 だがこの世界では王族といえども側室を持つ事が禁止されている為、公に親子と名乗れず、彼は先代王が最も信頼していた重臣の子として育てられた。


 ライアスは幼少の頃は己の境遇を恨んでいたが、兄が心底自分を心配し大事に思ってくれているとわかってからは、兄の家臣として力を尽くそうと思うようになった。

 そして……。




「あれ? ここどこ? あたし死んだんじゃないの?」

 そこは真っ白で何もない場所だった。 

「いや、死んどるぞい」

 メルに声をかけてきたのは白髪頭の老人だった。

「え? あなたはいったい?」

「儂はここの番人、神の眷属じゃ。それよりそこを見てみい」

「え? あ、ああ!?」


 メルの前に赤ん坊が浮かんでいた。

 どうやら女の子のようだ。


「この子はもしかして、あたしとライアスの?」

「そうじゃ。……来たようじゃな、旦那も」

「え?」

 メルが振り返ると

「そ、そうだったのか……メル、言ってくれよな」

 そこにライアスがいた。

「ライアス……そう、あなたも来ちゃったのね」

「ああ、途中で深手を負って……なんとかユカを勇者ジニュアの元へ連れて行ってからな。これで安心して……あいつロリコンだけど大丈夫だよな?」

「そんな人に王女を預けないでよ! てかあいつがロリコンだったなんて知らなかったわ!」

「そうか? あいつ『メルさんは幼い顔つきでいいですねえ、貧乳だったらもっとよかったのに』とかぼやいてたぞ。知らなかったか?」

「知ってたら精霊女王の秘術で無限地獄に落としてやったわ」


「おーい、あまり時間はないので話進めていいかのう?」

「あ、はい。あの、私達の子はどうなるんですか?」

「本来ならあんたらと一緒にあの世へなんじゃがな。元の世界で生きるのは無理じゃが、とある世界に送ってあげるぞい」

「え、その子は生きられるんですか!?」

「ああ……メルさんや」

 眷属はすまなそうな顔で語りかけた。


「は、はい?」

「辛かったじゃろ、親として子を道連れにするしか方法がなかったのは」

「……ええ」


 そして今度はライアスの方を向き、

「ライアスさんや、あんたも辛い人生じゃったの」

「……いえ、たしかに辛い事もありましたが、兄はたとえ兄弟と公言できなくても俺を大事にしてくれました。それに共に戦った仲間に、愛するメルに出会えて……幸せでした」


「そうか……じゃがのう、そんなつもりはないじゃろけどの、あんたら二人は全ての者が幸せへと進める道を作る礎となってくれたんじゃよ」

「え?」

「それどういう事ですか?」

 ライアスとメルが尋ねると


「それはの、ユカ王女はいずれ全ての世界を救う者の一人となるのじゃ」

「あ、もしかして大魔導師様が言ってた途轍もないものが本当に?」

 ライアスが記憶を辿って言った。

「そうじゃ。それが何なのかは儂にもわからんが、それに立ち向かえる者の一人が王女なのはわかっておる。じゃから王女を守ったというのは、全ての世界の未来を守ったのと同じ事じゃ。なのに二人はともかく娘さんは何もないままあの世へ」

 ライアスとメルは眷属の話を黙って聞いていた。


「これではあまりにも二人に報いておらん。せめて娘さんは生かしたい、たとえこの身を消されても……と、まあこれは儂個人の勝手な思い。じゃからもし二人が望まぬなら手出しはせんが、どうじゃろか?」

 眷属は二人に尋ねた。


「……お願いします。私達の子供をどうか!」

「俺も娘には生きて欲しい、どうかお願いします!」

 メルとライアスは眷属に頭を下げた。


「わかった。では、おおそうじゃ、一緒には暮らせんがせめて名前をつけてやったらどうじゃ?」

「あ、はい!」


「なあメル……この子の名前、ミルってどうだ?」

「いいわね。ミル、育ててくれる人の言う事よく聞いて、いい子に育ってね」

 二人はゆりかごの中で眠っているミルに語りかけた。


「もういいかの? ……では」

 眷属が杖をかざすと、ミルはゆりかごごとどこかの世界へと飛んでいった。


「……ミル、あたし達はいつでもあなたを見守っているわ。あ、ゆりかごの中に入れといた本、大事にしてね」




 眷属はミルの事が容易にわからぬようにと、その時から五年前のある世界に飛ばした。

それでもすぐ最高神アマテラスにバレたが、それまでの功績でお咎め無しとの事だった。

 

 その後アマテラスは呟いた。

「このくらいいいわよね」と。

 大っぴらには言えないが彼女も眷属と同じ思いだった。




 そしてミルは送られた世界でまたそことは別の世界から来た老人、仁志勝隆によって育てられた。

 

 それから十年後。


 ミルは隆生やユカ達に出会い、そして。

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