3.5-6 手荒な歓迎
出入口につながる廊下で、不意にアランが口を開いた。
「ヨナ、エクスはどうした? 姿が見当たらないようだが」
「さあ……。食堂でそわそわしているのは見かけたんですが、それからはさっぱり」
「エクスって?」
「ゼータフォースの一員で、君のファンさ」
アランがそう言い放った後、出入口の扉が開く。すぐに訊き返そうとユリウスが思った矢先の出来事だった。
突如として付近の上空が爆発。意識より先に、体が反射的に防御態勢を取る。直後にも数発――定かでないが十発未満の小規模な爆発が一斉に空を鈍色に濁した。
「な、一体何事だ!?」
尾塚が叫ぶ。腕の中にはジュラルミンケースがしっかりと抱え込まれていた。戦慄の館よろしく、尾塚の背筋には戦慄が走っているようだが、適合者は沈着冷静だった。
あまりにも突然の爆撃だったが、それでいて攻撃性は皆無。まるで何かを始めるための合図、号砲のような――。
大気の震動が徐々に収まりつつある中、ユリウスが感じ取ったのは鋭利な殺気。何者かに向けられた明確な敵意。
「……ッ! 伏せろ!」
「ぐわッ!?」
幾許の猶予もなく、ユリウスは隣にいた尾塚を手で突き飛ばし、自らもまた瞬時に身を翻した。
「ヨナ!」
「きゃ!?」
アランの対応も素早いものだった。咄嗟にヨナに飛びかかり、自らが下になって地面に身を放り投げた。擦り傷がどうのとは言っていられない。英雄の判断は大抵賢明なのだ。
彼らの元いた場所には白くべたつく何かが張り付いていた。傍の地べたには逃げ遅れた尾塚がその何かに足を取られ、息を荒くしてジタバタしている。ケースは無事だった。
白く粘性の強い物体、被食者のように捕らわれた尾塚。それを連想させる生物はすぐに頭に浮かんだものの、ユリウスはこちらに近づいてくる奇怪な音に身構えなければならなかった。
四つの黒い人影が、どこからともなくユリウスたちの前に姿を現す。轟音を立てて着地したのが二体、
ライフルを持ち、顔面にバイザーをつけた陸戦型の一人が哀れな姿の尾塚を見遣る。バイザーに覆われていない下品な口元が、下品な言葉をのたまった。
「チッ、1ヒットかよ。しらけるぜ」
「ちゃんと狙えよ、ジェム。目ン玉ついてんのかい?」
「てめぇの爆撃がクソしょぼかったからだ。ビッチが」
飛行型の女兵士がバイザーの男を煽り、煽られる。とてもマシな教育を受けているとは思えない言葉の応酬に、一連の出来事の真実が隠されていたことを知ると、ユリウスは彼らに負けじと邪悪な笑みを浮かべた。
「へ、随分手荒な歓迎だな」
初めてお目にかかる優男を、兵士たちは特別な眼差しで注視した。彼がゼトライヱの適合者だということは、直前の機敏な動きを見て把握しただろう。ユリウスは名も知らぬ兵士たちに試されたのだ。
そうしているうちに、アランがよろよろと立ち上がり衣服の土埃を手で振り払った。そして、静かな怒りを込めて襲撃者たちの名を呼んだ。
「一体何の真似事だ? デレク、カーリーン、ジェム、ネスタ―」
「御無礼は重々承知です。ですが少佐、何時如何なるときも警戒心を持って行動すべし。貴方から教わった教訓を、適合者が身につけているかどうか知りたかったのです」
屈強な陸戦型の大男、デレクが上司に物怖じしない態度でそう告げた。屈強という言葉は、この男には適切でないかもしれない。まるで歩く冷蔵庫のような、それほどの身体の厚みがあった。身長およそ二メートル、筋肉という鎧の上に強化スーツを着用した姿は、ゼトライヱの見た目とほぼ遜色なかった。
丁寧な物言いとは裏腹に、随分と挑発的じゃねぇか。内心グツグツと煮えたぎるユリウスのことを、大男は涼しげな目で一瞥した。ユリウスはますます気に入らねえと眉間に皺を寄せた。
「だ、誰か助けてくれ。身動きが取れん」
そんなピリピリした空気の中、足を取られた尾塚が情けない声を上げて助けを求めた。意外にも一番に彼のところに行ったのは、飛行型の細身の男だった。
「わたしが取ろう」
細身の男は膝をつき、手慣れた手つきでべたつく何かをナイフで切り捌く。色白で頬がこけ、長い髪を垂らす姿は何とも奇妙だが、その男は献身的だった。彼は背部の推進装置の他にも、珍妙な武装をしていた。ライフルやその類ではない謎めいた長物を、腰のところに立てて装備している。
そこへ、バイザーをつけた例の下品な陸戦型が近づき、舌をベロっと出しながら尾塚に言い放った。
「ヒャハー! どうだい、オッサン? 俺様特製のウェブライフルの味はよぉ」
「ジェム、狙うのは適合者と少佐だけの計画だったはずだ。なぜヨナと一般人にも撃った?」
「あぁん? 誰がてめぇの指図に従うかよ。ちょこまかと蠅みてぇに空を飛ぶしか能のないくせに」
「粘っこいのは武器だけにしろと言っている」
「あんだとォ?」
調子づくジェムを見かねたのか、細身の男は立ち上がり、凍てつくような眼光で彼を見下ろす。誰かが止めねば一悶着あっただろう、デレクが彼らの間に割って入った。
「そこまでだ、二人とも」
「……チッ、わかったよ。おいネスタ―、次の演習は背中に気をつけろよ。どこからか流れ弾が飛んでくるかもしれないからなぁ?」
そう言い捨てて唾を吐いたジェムは、不貞腐れた態度でその場所を後にした。あんな絵に描いたようなチンピラが存在するとは、と呆気にとられるユリウス。同時に、あのチンピラに大した戦闘力はないと判断した。根拠はないが、この勘は当たっているとユリウスは頷く。
「すまない。彼は少々きかん坊でね」
細身の男、ネスタ―は尾塚に手を差し伸べ彼を立たせた。事が済むと、ネスタ―もふらりとどこかへ行ってしまった。兵士然としていないながらも隙のない足の運び。その間に一度も視線を合わさなかったが、ユリウスは彼の強さを認めた。単純な個体の力とか、データ上には表れない強さだ。総じてそれを持った相手とやるのは厄介となる。
ネスタ―の背中を睨むユリウスに、もう一人の飛行型が近寄ってきた。ジェムを煽っていた女兵士だ。
「ねえ、あんたが適合者かい?」
「悪いか?」
女兵士は返事をせずにクスクスと笑い、ユリウスの周囲を品定めするかのようにゆっくりと回った。癖の強い巻き毛にキツイ目つき、香水と煙草の匂い、そして低身長の割に身体は女らしい曲線を描いている。ヨナとは違った意味――悪い意味で兵士らしくない人物だ。兵士を喜ばせる職業の方が向いているかもしれない。ユリウスに第一印象でそう思わせるほど、彼女には強烈なインパクトがあった。戦闘力、という点において語ることはない。恐るるに足りず、だ。
すると、女兵士はユリウスに正対し、溜息混じりに言い放った。
「デレクみたいなごつい男を想像してたけど、期待外れもいいとこ。筋肉のない男に存在価値なんてないじゃん。それに――」不意に顔を急接近させて女は呟く。「メスの臭いがする」
「くッ!」
振り払おうとしたユリウスの手が空振る。推進装置で浮遊した女は、睨む適合者を見下ろして名乗った。
「あたしはカーリーン。あんたのその綺麗な顔が苦痛で歪むところ、楽しみにしておくわ」
市街地の建造物上を悠々と飛び越え、カーリーンは彼方へと姿を消した。ユリウスが何か言いたげにアランの方を振り向く。ネガティブな感情は滅多に出さないアランだが、この時だけはひどく渋い表情をしていた。
人里離れたゴーストタウンを根城にした、曲者揃いのゼータフォース。辺境の山麓にて、得も言われぬ感情に暮れる六波羅ユリウスの姿があった。
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