3.5-3 ゼータフォース
「たいそうなお出迎えなことで」
リムジンに乗りこみながら、ユリウスは呆れたように呟いた。外装も内装も文句のつけようもない高級感で溢れている。車の座席とは思えないほどふかふかな座り心地は、却って具合が悪かった。
尾塚は日本人がよくやる、片手を上げて何やら謝るような仕草をして乗り込んだ。キャリーバッグは囲いのSPによって仕舞われたが、厚みのあるジュラルミンケースはしっかりと尾塚の胸に抱え込まれていた。
「
「85年産のロマネ・コンティ!? い、いただいてもいいんですかい?」
食いついたのは尾塚だった。身を乗り出した中年はボトルのラベルを凝視する。自分でも聞いたことがある代物とあれば、さぞ貴重なワインなのだろうとユリウスは思った。アランも一応、ノーという返事をわかっていながらユリウスに訊ねた。
「もちろん。君は?」
「俺は水でいい」
「かーッ! もったいないねぇ。極上の逸品だってのに」
「……何か聞きたそうな顔をしている」
「それはお互い様だろう、アラン。 ここの会話は?」
「安心してくれ。盗聴器はあらかじめ取り払ってもらった」
「そりゃいいや。ようやくくつろげるってもんだ」
背もたれに体を委ねて、ユリウスは言葉通りリラックスな姿勢を取った。しかし、と尾塚は肝を冷やす。豪奢な移動の裏で監視されていたのだとすれば、ゼトライヱの適合者が如何に特別で、合衆国にとって関心の高い存在なのかを思い知る。そして、彼の存在に安らぎを与えるアランの思慮の深さたるや、敬服ものだ。
車の発進に合わせて、アランは待ちわびたようにワイングラスを上げた。
「まずはユリウス、君の日本での活躍を祝して」
ひと口でグラスを空けたアランとは対照的に、尾塚の飲み方は貧乏性が露になるものだった。唇につけるだけでその芳醇な味わいを楽しんでいるようだが、ユリウスにとっては愉悦を覚える中年の表情や、自分のところに置かれた水の入ったグラスなどてんで興味のないことだった。
ああそうだ、と切り出してアランは続ける。
「SRフライトの映像は見させてもらったよ。蝗の群生相を一掃、さらに落下するType―Ⅲの救出劇。実に見事なものだった」
「現場は歓声が鳴り止まなかったですわ! ユリウス、お前さんにも聞かせてやりたかったなぁ」
先日のペタルダ撃退の話を受けて、ユリウスはまんざらでもない気分だった。特に、尾塚は現場に居合わせていたから、そういった民衆のリアルな反応を知っているのだろう。事情通で目尻に皺の多い中年の顔は、アルコールの影響で見る見る赤くなっていった。
それを横目に、ユリウスは件の話にオチをつけ加える。
「でも、ルークを傷物にした所為で、司令には大目玉食らったけどな」
「相変わらずだな、ユウコは」苦笑したアランはさらに続ける。「ところで、ユウコとヤツシロは元気にしているか?」
「ええ。大和司令も仙石主任も、いつ寝てるのかってくらいの働きぶりで」
「それはいけない。休むことも仕事の内だと言っておいてくれ」
「ええ、そのように」
「司令と主任を名前で呼ぶのはあんたぐらいだよ。いつから知り合いなんだ?」
「そうだな……。彼女たちが成人する前になるか」
アランは少し間を置いてそう答えた。あの二人に少女だった頃があるのか、とユリウスは疑念を覚えた。人というのは精神的に変化する生き物だと知っているけれども。
「なあ、二人の若い頃はどんな感じだった?」
「どうしてそんなことを聞く?」
「単純に気になったから聞いただけだ。二人とも結構……変わってるじゃん?」
「君からはそう見えるかもしれないな。だけど、ユウコは笑顔がとてもチャーミングで、ヤツシロは本を読んでいる姿が凛としていて美しい。環境は変われど、人間の本質的な部分は変わらないものさ」
「……俺には何を言っているのか、さっぱりわからねぇ」
心の底からの本心がユリウスの口から漏れ出た。盗聴器の有無を確認していなかったら出てこなかった言葉だ。大和司令がチャーミングで、仙石主任が凛としている? アランが嘘をついているとは思えないしなぁ、とユリウスは頭を捻るばかりだった。
そんな他愛のない世間話から一転、
「さて、ユリウス。早速だが本題に入ろう」アランの声音が遊びのない真面目なものになる。「概要は書類にて確認済みだと思うが」
「ああ。特殊部隊編成における兵士たちの最終調整、だろ?」
静かに頷くアラン。さらに尾塚もグラスを置き、目の前に座る英雄に向かって訊ねた。
「するってえと、ようやく出来上がったわけですかい。準適合者の精鋭部隊、ゼータフォースが」
「一九五名」アランは低い声でその数字を告げた。「十年以上探し回って育て上げ、残ったのがたったの一九五名だ。その金と時間があれば、ヨルゴスに宇宙旅行をプレゼントできただろうと上官に皮肉られたよ」
口角を上げてそう言うアランだったが、その眼に微笑みはなかった。
――実際に奴等と対峙したことがないからそんなことが言えるんだ
そのような心の声が、まるで聞こえるかのように。
〈ゼータフォース〉とは、地球外生命体ヨルゴスの撲滅を目的とした、アメリカ合衆国の特殊部隊である。目的を同じとする日米対ヨルゴス機関とは異なり、この組織は合衆国独自の、そして陸海空軍のどれにも属さない兵士たちで構成されている。
ゼータフォースの提唱者であり発起人はアラン・ハンクス。ゼトライヱの能力を模倣した戦闘スーツを装着して、アランは先の戦いでヨルゴスとの激闘を繰り広げ、辛くも退けることに成功した。その功績が認められたアランは、名誉ある殊勲十字章授与のスピーチの場で国民に強く訴えかけた。
彼の生命体は非常に攻撃的であり、地球を侵略しようとしている。勇敢な兵士たちとゼトライヱによって一時は退けたが、いずれヨルゴスは第二波第三波をこの星に送り出してくるだろう。従来の戦術や兵器は、異端の来訪者によって過去の産物になってしまった。
そこで、来たるべき未来に備え、我が国は迅速な対策を取るべきだ。知っての通り、奴等は神の力にも似た能力を持つ。ハリケーンや津波に、人々の住む都市は耐えうるだろうか。答えはノーだ。ならば、奴等に立ち向かえる戦力を増強する他ない。
人類同士で争う時代は二十世紀で終わった。宇宙からの侵略者を退けた今こそ、新時代の幕開けなのだ。Force is power! ヨルゴスに対抗するための新たな軍隊を創ろうではないか!
そのような演説をもって、合衆国はゼータフォースの設立に踏み切ったが、現実はそう上手くいかなかった。自分もアランのような英雄になりたいと門戸をたたく者は大勢いた。それこそ従来の軍に入隊する人数よりもだ。しかし、そのほとんどが戦士としての適性が不十分とみなされ、門前払いとなった。
人がゼトライヱに来臨するためには、可能性の源であるP.Zを多大に保有していることが前提となっている。ひとたび来臨形態になれば、P.Z残量がゼロになるか危機が去るか、もしくは意識を失うまでその姿が変わることはない。すなわち、P.Zの器の大きさがゼータフォースの戦士適性の可否を決める基準となっているのだ。
話を戻すと、その基準を満たし、アランの厳しい訓練から逃げずに耐えた者がこの十年で一九五名しか出てこなかったと、そうアランは言っている。彼が自嘲気味に笑っているのはこのためだろう。少数精鋭と言葉では取り繕えるが、実際問題、従来の軍隊を強化すればよいのではという懸念の声をかき消すことはできなかった。ゼナダカイアムもそうだが、ゼータフォースもまた組織解体寸前まで追いつめられていたのだ。
日本でのヨルゴス再来を受け、合衆国は危機感といったものすら感じさせなかった。けれども、アランはいち早くゼナダカイアムと連絡を取り合い、適合者であるユリウスとの接触を計って、現在の状況があるというわけだ。
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