2-8 深まる謎

 上空で浮遊するドローンは、ゾンビの群れを誘導する緋色の戦士――ユリウスを俯瞰視点で随時捉えていた。当初は初陣である常盤色の戦士――塁を追いかける予定であったが、彼の想定外の不時着から全てが狂ってしまった。

 ステージから大分離れた立ち入り禁止の区画で、ユリウスは柵越しに群がる亡者共を煩わしそうに見遣る。背の高い柵を乗り越えるほどの知性はないものと判断していたが、一人のゾンビが近くにいた同士の背中に乗り上げ、執念で柵を超えてきたのだから戦士は驚いた。

 だが、彼の者の見上げた根性をユリウスは自慢の体術であしらった。彼の性格からして派手に蹴散らすのを隊員たちは想像していたが、緋色の戦士はゾンビを地面に押しつけるだけに留まった。さっきからずっとこの調子だ。ユリウスは迫りくる者たちに最低限の反撃しかせず、生存者のいる場所から彼らを遠ざけることに徹していたのだ。

 緋色の戦士はうつ伏せになったゾンビの腕を極めたまま、ドローンの方を見上げた。


『三登里。屋上付近で他に生存者がいないかそれで探してくれ』

「了解」言葉足らずにも思えたが、三登里はすぐにそれをドローンと理解した。

小向姉こむねえ、あいつの状況は?』

「志藤さんなら、地下一階の食品売り場をぐるぐる逃げ回ってるようです」

『悉く使えん野郎だ』


 無線越しからでもわかるようにユリウスは舌打ちをした。機嫌を損ねているのは彼だけではなかった。おそらく司令室にいるほとんどの隊員は、大和司令の方を振り向くことができなかっただろう。ウェーブのかかった司令の長い髪の毛先が、ぶわっと揺らめいているのが各々の目に浮かぶ。大和の鋭利な殺気が隊員たちの背中をチクチクと、いやザクザクと刺してくるようだった。

 だから小向はこっそりとプライベート通信に切り替えて、小声でユリウスと会話することにした。その小向の怖いもの知らずさに、隣の席の蓮見は呆れを通り越して感心さえしていた。


「それよりもさ、その小向姉っていうのやめてよ。三登里ちゃんだけ呼び捨てでずるい。私のことも瀬奈って呼んでいいんだよ?」

『ごめん、小向姉。ちょっと今忙しいんんだ。悪いけどヒョロメガに替わってくれないか』

「ヒョロメガだと誰かわかりませーん」

『……蓮見隊員に替わっていただけやしないでしょうか』

「はーい」


 声色をコロコロと変えて小向は蓮見と入れ替わり、同時にプライベートだった通信を大和たちにも聞こえるようにした。小向もただのお調子者ではない。あの頭でっかちのユリウスが相性の悪い蓮見と連絡を取りたいと言っている。それはそうしなければならない何か重大な理由があると、小向は瞬時に察知したのだ。


「どうしましたか?」

『ヒョロメガ。今回の襲撃は、本当に新手のヨルゴスの仕業なんだよな?』

「ええ。識別パターンは赤でしたので、十中八九それは間違いないかと」

『じゃあ訊くが、襲ってきた奴等全員に大した外傷がないのはどういう事だ?』

「……え?」


 蓮見を含む他の隊員は耳を疑った。ドローンは他の場所を探索中のため、スピーカーから出力されるユリウスの声に皆が聞き入っていた。


『手当たり次第調べてみたが、どの個体にも噛みつかれたような形跡は見当たらないし、肉体も腐食した様子はない。おまけに心臓ははっきり動いてるときたもんだ。なあ、こいつら本当にゾンビなのか? ……ッ!?』

「ユリウス君?」


 小向は聞き返したが、返事は返ってこなかった。不可解なノイズを最後に、ユリウスとの通信は途切れてしまった。その分だけ、彼の最後の言葉が小向の耳に粘りつくように残ったのだ。しかし、それを吟味している猶予はなかった。


「そんな!?」


 そう叫んだ三登里は青ざめた顔でモニターを見つめた。不規則に揺れる瞳が、感情の揺れをそのまま表しているようだった。三登里は声を震わせながら、報告の任を務めた。


「α―Ⅱ型の来臨形態解除。何者かに意識を絶たれた模様……!」


 有り得ない事態に司令室は騒然とした。実際有り得てしまったのだから、その事実は直視しなければならない。ドローンは探索作業を一時中断し、すぐさま緋色の戦士が元いた地点に移動した。

 そこで隊員たちが見たものは、生身のユリウスを抱きかかえた何者かの背中が、屋上の出入り口から消え去る寸前の映像だった。

 姿を現さないヨルゴス、死んでいないゾンビ、攫われたユリウス。謎ばかりが深まる不測の事態に立ち向かえるのは、現状で一人しかいなかった。未だ地下の食品売り場を奔走する常盤色の戦士。志藤塁に全てが託されたのであった。

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