2-5 大勇のままに
『識別信号は赤。微弱だが反応が出ている。間違いなく相手はヨルゴスだ』
「早速のおでましか。しかも今度は都内、調子づいてやがる」
午後二時一〇分、出撃命令を受けた六波羅隊員と志藤隊員は、滑走路とは別の屋外でその時を待っていた。大和司令の堂々とした声が、装着したZレガシーから耳に届く。
『今回はカタパルトを用いたZグライダーの単独飛行をおこなう。志藤塁のフォローは任せたぞ、ユリウス』
「足手まといなら放っておくだけです」
ユリウスは、自身の左腕に装着した緋色のZレガシーをまじまじと見つめた。Zレガシーは右腕と左腕の二つがあり、右腕の方は塁が扱うことになった。必然的に、ユリウスはもう片方を装備しなければならなかった。
晴天に向かって伸びる物々しい鋼鉄製のレールを横目に、ユリウスは今にも膝から崩れ落ちそうな体勢の男にひと声かけた。
「おいタコ、いつまでへばってるつもりだ?」
「ユリウスさん、俺もう体力の限界っす……」
塁は情けない弱音を吐いた。ここのところしばらく、早朝から日没まで訓練の日々が続いていた塁は、出撃を前にしてたっぷりと疲弊していたのだ。ゼトライヱの適合者といっても、そのポテンシャルを引き出すためには相応の訓練が必要となる。
ヤタガラスとの戦闘以来、志藤塁が訓練の中でα―Ⅲ型としてのスペックを最大限引き出す瞬間はついに訪れなかった。戦士として未熟であるためと仙石主任から説明されたが、ユリウスにとっては当然納得のいくものではなかった。突然現れた適合者に対してユリウスが心を開くわけもなく、むしろ日に日に彼の扱いが雑になっていったのだ。
まずは自分の呼称を統一させることから教育は始まった。
「俺のことは先輩と呼べっつっただろ、あほんだら」
「お、押忍。先輩……」
塁はふらふらと立ち上がり、今一度気合いを入れ直した。
だが、先輩の不自然な様子を前にして、訊ねずにはいられない塁であった。
「先輩、ポケットがこんもりしてますけど、何か入ってるんですか?」
「集中しとけ、バカ!」
「あだッ!?」
反射的に飛んできた肩パンをいなすことは叶わず、塁はそれをもろに食らった。結局、ユリウスのポケットの中身はわからず仕舞いだったが、今はもう他の事に気を割いている場合ではなかった。
小向隊員が、仕事向けの大人っぽい声音で命令を出す。
『適合者各位、来臨形態へ移行開始』
「了解! はぁぁぁ……!」
低い唸り声を上げて気合いを入れるユリウス。緋色の赤い粒子が戦士の左腕から発せられる。後輩が見ている手前、来臨に手こずるようなことはあってはならないと、その瞳には並々ならぬ熱情が宿っていた。
その熱い想いが実ったのか、数値の伸びは前回よりも良く、来臨推奨値に到達するまで幾ばくもかからなかった。三登里はユリウスに要らぬ負担をかけぬよう、速やかに報告した。
『適合値六十三、いけます!』
「ぐ、おぉ……!」
指先から手首にかけての骨が粉々に砕け散るような――無論イメージに過ぎないが――猛烈な痛みと共に、ユリウスの全身に英雄的感情がほとばしる。何物も恐れず、何物も憎まず、悪という概念そのものを打ち払う精神。
それは大勇。六波羅ユリウスは大勇のままに、己の姿を戦士に変える態勢に入った。
「来臨……」ゆらりとなびくブロンドの髪。暴れまわる緋色の左腕。それを抑えていたユリウスの右腕に変化が始まる。烈火を身に纏うような熱い衝動が、戦士の腕へと成って現れる。抑え込まれた左腕はいつしか胸の前に伸び、ユリウスは手の平から何かを放つような姿勢で叫んだ。「ゼトライヱ!」
宝石のような赤い粒子が煌めいて、ユリウスの全身を覆った。目を眩ませた塁が次に見たのは、依然目撃した緋色の戦士だった。伸ばした腕をゆっくりと下ろし、肩で息を吐く動きさえ、もはや人間離れした気配を醸し出す。ゼトライヱα―Ⅱ型がここに来臨を果たしたのだ。
『適合値七十一。志藤さん、来臨です!』
傍に立つ戦士に見惚れる間もなく、塁に命令が下される。自分もあんな風に格好良くできるかはわからないけれど、手足の動作はあれと決まっている。勇気を一番奮い起こせるシーンを想像してと言われたら、塁の答えは死ぬまで変わらないだろう。
球児なら誰もが目指す夢の舞台で、バッターボックスに立つことだ。
「来臨……」バットを構えるまでの一連の動作をしてそう呟くと、常盤色の光が右腕に集まる。ずっと見ていると引き込まれそうな光。悪意や雑念の入る余地のない純粋な輝き。白球を遠くまで飛ばすイメージは飛躍し、ただの青年を戦士の姿に変えさせるほど凄絶な様だった。「ゼトライヱ!」
突き出した左腕は常盤の光を帯びて、指先から英雄の姿に変貌していく。闘志に燃える塁の顔つきと眼差しを見て、ユリウスは不覚にも息を呑んだ。その気迫は疑いようもなく、大勇を持つ者の存在感を放っていたのだから。
常盤色の戦士、ゼトライヱα―Ⅲ型がここに来臨を果たした。
ユリウスは塁に何か言いたげだったが、彼を一瞥してすぐに出撃の準備に入った。
円形の台座がある方向に回頭し、レールの角度も微調整される。背部の固定部が予想よりきつく締められており、訓練通りといかないよなとユリウスは内心ぼやいた。しかし、何よりも大切なのはヨルゴスを倒すと自分を鼓舞する。
『1番カタパルト、発射用意』
大和の号令によりレールは静止し、発射の準備が整う。飛行モジュールとその下部に固定された緋色の戦士を、塁は不安そうに見つめた。来臨形態と言えども結局は生身で飛行するのだから、その不安を拭い去ることはできなかった。
『発射!』
塁があれこれ心配しているうちに、Zグライダーは上空へ撃ち出された。充分な推進力を得たZグライダーは、安定した飛行を見せている。敷地を飛び越えて遠ざかる様子を見守る間もなく、塁の番がまわってきた。心配する暇があったら、俺の後についていくことだけ専念しろ。先輩の優しいお言葉に塁は従うことにした。
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